194 <白き乱入者>
「よっと」
その場の雰囲気に似つかわしくない声が聞こえ、いきなり目の前に白いものが現れた。
いきなりのことに、魔法が中断してしまった。
「…………」
兵士たちも突然の来訪者に固まってしまっている。
「…………」
目の前に現れた白い――全身が白い少女はキョロキョロと辺りを見回し――。
「……やっと見つけた。近くにいると思ったのに、すごく遠くまで来てる」
「……シ……ロ?」
それは数日前に出会った妖精の子供だった。
「また魔力を……。って、怪我、してる?」
無感情だったシロの表情に陰りが差す。
「あ、あぁ……これは」
説明しようとした矢先、シロが何かに気がつき後ろを振り返る。
その目の前には大勢の王国兵。
――そして、再び私を見る。また、王国兵……私、と。
「…………ふーん」
普段無表情のシロがニヤリと、わずかだけど笑みを浮かべ、王国兵に向き直る。
「……どういう状況かわからないけど」
両手を前に突き出し――。
「わたしのご飯に手を出すなんて、いい度胸してる」
私はあんたの餌か何かかよ。
心の中で突っ込みを入れている間に兵士たちが再起動する。
「なっ……妖精!? なぜ妖精がこんなところに!?」
ザワザワと騒然となる兵士たち。
「うろたえるな! 魔力障壁の展開! いそげっ!」
指揮官の一声で態勢を変更し、魔法使いを前衛に障壁を張り出した兵士たち。
「……無駄」
シロがそうつぶやいた瞬間、王国兵の張った障壁がガラスのようにヒビ割れ、音も無く崩れていく。
「なっ――!」
粉々になった障壁は景色に溶け込むよう消えていった。
……あれは、障壁を魔力に分解し、吸収している?
妖精ってそういうこともできるのか。
「矢を放てっ!」
背後に控えていた弓兵から雨のように矢が降り注ぐ。
「……無駄」
シロが指先で円を描くと、弧を描いていた矢が軒並み空中で落とされていった。
あれは……風魔法? でも、魔法を使ったような気配は無かったけど……。
「ま、魔法兵っ!」
指揮官の指示により、背後にいた魔法使いから火の玉や氷の塊、石つぶてが飛んでくる。
「……無駄」
シロの一声で目の前に障壁が一瞬で現れる。
私たち二人を覆っても余りあるくらいの障壁が――。
王国兵の魔法攻撃は障壁に阻まれ、まったくのノーダメージ。
「な……。くぅ、突撃っ!」
号令により、一人の剣士が飛び出してくる。続いて、二人、三人と――。
「……無駄」
障壁を解除したシロは、斬りかかってくる剣士に手の平を向け――剣士が倒れた。
一人、二人、三人……五人、十人と続いていく。
その速度は徐々に上げ、扇状に王国兵が倒れていった。
「なっ……! て、撤退、撤退だ……」
指揮をとっていた王国兵の人間も指示を出し切る前に沈黙した。
「……ふん」
シロが手を下ろしたその先には百人はいたであろう王国兵の全員が横たわっていた。
「……シロ、すごいね」
純粋にすごい。
シロは余裕そうにしているけど、妖精の魔力吸収というものは複数人に使えるものでもなく、瞬間的に意識昏倒するまで吸収できるものでもない。
せいぜい、時間をかけて数人の魔力を空にするのが精一杯のはず。
魔力吸収の最中は無防備になるはずなのに、矢を払い落としたりもしていたし。
「別に。これぐらい普通」
これが普通……って。相変わらず規格外なんだから。
でもまぁ、なんだかんだ言って助かったよ。
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「……それより、まだ生きているけど、どうするの?」
「あー、そうだね。どうしようか……」
周りを見渡すと百人以上の王国兵たちが横たわっている。
「死んでは……いないんだよね」
シロぐらいの妖精であれば絶命させることもできたはずだけど。
人や動物、生き物にとって魔力は無くてはならないもの。
その魔力を根こそぎ奪い取ったら死んでしてしまう。
普通の妖精じゃそこまでの魔力を奪うことができないけど、シロであれば……。
「殺したら、二度と魔力吸えない、から」
そういうことかいっ。
まぁ、妖精だしたな……。仕方がないか。
「えーと、あの男はどこに行ったのかな」
気を取り直して、この惨状の元凶となった男を探す。
「……男って、あれ?」
そう言ってシロが倒れている兵士たちのさらに向こう側を指差す。
シロの指先を追いかけると確かに一人だけ離れたところで倒れている男がいた。
「……一人だけ逃げだそうとしていた」
あれは……距離的に真っ先に逃げ出したな。
危機察知能力は一流といったところか。
まぁ、今は放っておいても問題ないか。
「とりあえず、なんとか無事、かな」
そう言ってその場に座り込む。
ずっと動きっぱなしだったから疲れちゃった。
「……大丈夫?」
妖精のクセに心配なんてするんだね。
「ん。なんとかね。助かったよ、シロ」
ホント、ギリギリだった。
「……ご飯が無くなったら困る」
ポツリ、とこちらを見ることもなく、シロがつぶやく。
その表情は見えないが、どこか安心したような、ホッとしたような口振りだった。
「……さて、新たな追っ手が来る前にちょっと移動しようか」
疲れは全然取れていないけど、あまりここに長居するわけにも行かない。
倒れている王国兵が目を覚ますかもしれないし、新たな追っ手が来るかもしれない。
それ以前にこの惨状を誰かに見られたら言い訳どころではない。
まぁ、すでにお尋ね者だからいまさらか。
「ん。……帝国に、行くの?」
シロがこちらを振り向き訪ねてくる。
この方角的にそう思うのも必然だろう。
「うん。もう、王国にはいられないかな、って思って」
私を魔女と言っていた男。
口振り的に、このポスメル国と深い繋がりがあるように思える。
そんな男に狙われたのじゃもうこの国には居られないよね。
しかも、これだけの人数を返り討ちにしたんじゃ極刑ものだ。
私が悪くなくても、なんだかんだいちゃもん付けて罪悪人にされるだろうし。
そんなことを考えながらも立ち上がり、とりあえず二人して移動する。
追手の心配はしばらくないだろうけど、油断はできない。
日が暮れる前に国境を越えて、野営の準備をしたいところではあるが――。
「シロはこのあとどうするの?」
「……わたし?」
「うん。私は――まぁ、帝国行って、しばらくはそこに住もうかなと。悔しいけどちょっとした当てもあるし」
「……考えていない」
会話はいったんそこで途切れる。
珍しくシロがうんうんと唸っている。見た目では非常にわかりづらいけど。
妖精のわりに人間ぽいよね。
出会ったときは妖精らしく感情が読み取れなかった。
最近はというと、見た目どおりの少女になってきている。
本人はどう思っているのかわかんないけど。
「……決めた」
考え事していたらシロが唐突に口を開いた。
「わたしも一緒に住む。そうすればいつでもご飯に困らない」
「餌からちょっと離れようね。一緒に住むって、森から出てこられるものなの?」
「それは問題ない。魔力――ご飯が森に沢山あるから、みんな森にいる。でも、わたしじゃどのみち足りない」
あ〜普段の魔力吸収量を見ても、森の魔力だけじゃ足りないのか……。どんな大食らいだよ。
「まぁ、好きにしたらいいけど、居候する分、ちゃんと働いてもらうからね」
「……?」
働くと言っても別に仕事してもらうわけじゃないし。
ま、それは追々伝えるか。




