191 <招かれざる客>
「んぅ……。朝、か?」
目が覚めた。覚めたけど……。
「暗い……。さすがに朝じゃないわな」
暗闇のなか手を伸ばし、枕元のランプへ火を点ける。
「ん〜〜っ。はぁ、さすがに寝過ぎたな……」
大きく伸びをしたところ、お腹の虫が自己主張してきた。
昨日……というより今日か。
ギルドから帰ってきてそのまま寝てしまった。
結局、終日何も食べていない。
「……まだ、酒場は開いているかな」
疲れていたとはいえ寝過ぎだな……。
でもまぁ、これぐらいなら大丈夫だろう。
そう思い、とりあえず出かける準備をする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カララン、と軽快なベルの音とともにギルドの中へと入る。
ギルドの方は閑散としているが、併設している酒場はいつもどおり賑わいを見せていた。
そのまま男たちの合間を縫っていつもの席へ。
「お? シャロじゃねぇか。今日はえらい遅いな」
「そうだな。どうした? まさか盛大に寝坊でもしたのか?」
「するか」
まったく、こいつらときたら、私をなんだと思っているんだ。
近くのウェイターにいつもどおり注文し、周囲を見渡す。
……いつもの受付嬢はいない、か。
特に何かを期待しているわけではないが、あの館の案件、その後どうなったか知りたい。
半日程度で進展しているかどうかはわからないけど。
「辛気くさい顔してどうした?」
「寝起きのようだけど、まさか本気で寝坊したわけじゃないよな?」
「あんたら、いい加減それから離れような?」
怒る気力もなくいい加減に言葉を返す。
「……本当、調子悪そうだな」
「そうだな。いつもならナイフの一本や二本、飛んできてもおかしくないんだけどな」
「……ほぅ、あんたらが私のことをどう思っているかわかったよ」
お望みどおり的にしてあげよう。
「まてまて、ほんの冗談だ」
「そうだぞ。元気がなさそうだったからな。ちょっとした元気づけだよ」
……そう言われたなら仕方がない。
言い方は別として、こいつらも悪気があったわけじゃないだろうし。
渋々と取り出したナイフを収納へとしまう。
そこへちょうどウェイターがエールを持ってやってきた。
「おし、それじゃ元気よく乾杯だな」
「おう――乾杯!」
「かんぱい」
私の掛け声に呼応するようそこら中からコップのぶつけ合う音が聞こえてくる。
はぁ、まったく。
いつもどおりというかなんというか、酒場にいるだけでいろいろな悩みがバカらしくなってくる。
ま、考えても仕方がない。
とりあえず腹ごしらえでもしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「シャロット・マルティはいるか!」
カララン、とギルドの扉が開くと同時に、良く通る声でそう叫ぶ訪問者。
声の方を見ると……王国の兵士?
そこにいたのは見覚えのある鎧に身を包んだ男だった。
街の門番もそうだけど、この国の兵士は全員共通の鎧を着込んでいる。
そんな兵士が私に何の用だ?
しん、とする室内。
その合間に何人もの兵士が次から次へとギルドの中へ入ってきた。
これは……素直に名乗り出るか、どうするか……。
「あんた、いったい何者だ? シャロに何の用がある?」
逡巡していたら、入口近くで座っていた冒険者が代わりに訪ねてくれた。
「シャロット・マルティは禁忌を犯した! 国家反逆罪で連行する!」
はぁ……? 国家反逆罪?
なんでそうなってんの?
禁忌……って、心当たりが無いわけじゃないんだけど、なぜ私?
(おいっ! シャロ、何やったんだよ)
隣の冒険者が小声で話しかけてくる。
知らんよ。そう視線を送ると兵士は言葉を続ける。
「隠し立てすると貴様らも同罪とするぞ!」
その内容にザワつく室内。
さすがにそれはやり過ぎだろう。
国家反逆罪なんて罪をきせられたら一発で死罪。
弁明の余地もあるかどうか……。
だけど――。
「いないのか! ならば仕方がない、ここにいる奴ら全員を――」
「私がシャロットだけど、なに? 連れて行かれるような心当たりはまったくないんだけど」
席から立ち上がり、入口へ向かって歩いていく。
「うるさい! この罪人め! ついて来い!」
大声を上げる兵士が伸ばした手を反射的に転移でかわす。
「なっ……! 歯向かう気か!」
「そんなつもりはないし。ついて来いって言うならついていくけど、自分で歩けるよ」
「くっ……! 減らず口を……。今に見てろ! 行くぞ!」
そう言ってギルドから出て行く兵士。
私の周囲には他の兵士も取り囲んでおり、逃げ道はない。
はぁ、仕方がない。とりあえずついて行くか。
「シャロ!」
冒険者たちから声をかけられる。
まぁ、ただの誤解だろうし、さっさと説明して解放してもらおう。
すぐに戻って来るよ。
そういう想いを込め、冒険者たちの顔を見渡す。
そのほとんどがこちらの行く末を見守っており、心配そうな表情をしている。
……いつの間にか私もこの場所の一員となっていたのかね。
そうならさっさと戻ってこないとな。
「早く進め」
背中から突っつかれるように促される。
「わかってるよ」
カララン、といつもと同じ音色のはずが、まるで別れの合図のように鐘が鳴り響いていた。




