184 〔少女と受付嬢の出会い〕
代わり映えのないいつもの冒険者ギルド。
そこの窓口にはいつもの受付嬢が座っていた。
(これでひととおりは終わりかな〜)
朝から多くの依頼受け付けを処理し、一息ついたところである。
今日もそれなりの依頼があり、大部分は顔馴染みの冒険者が受け持っていった。
朝の忙しい時間帯が過ぎ去り、このあとはポツポツとやって来る依頼人の対応や、途中断念した冒険者の相手だけである。
時たま非常時の緊急依頼が舞い込んでくる場合もあるが、ここ最近はそういったこともなく、平和そのものである。
依頼処理が終わったギルド内にほとんど人は残っていない。
この時間帯、ギルド内にいるのはよっぽどの暇人か――。
カララン、っとギルド内の静寂を破り、誰かが入ってきた。
受付嬢はギルドの扉へと目をやる。
(またいつもの子ね〜)
朝のひとときの時間、というには遅すぎる時間に少女は現れる。
毎日とは言わないが、ほぼこの時間にやってきて残り物の依頼を受ける。
もしくは、依頼を受けずに何かしらの獲物を狩ってきて納品する。
少女はそんな生活を何年も続けていた。
受付嬢はいつものことだと、特に気にすることなく仕事へと戻ろうとした。
カララン、っと再び扉の開く音がする。
受付嬢が扉へ視線を移す前に、入ってきた人物が口を開く。
「すまん。緊急だ。街道の近くに魔物が出たらしい。今のところ被害は出ていないが、通行に支障がでている。すぐに討伐依頼を出したい」
緊急という割には落ち着いた声で説明をする、街の門番と同じように鎧を着込んでいる男。
その男に受付嬢は見覚えがある。
「あら〜。ロンソンさん。緊急とは言いましても、今はどの冒険者も出払っていますよ。どのぐらい猶予はありますか〜?」
ロンソンと呼ばれた男は受付嬢の間延びした声も気に介さず言葉を続ける。
「できれば日が沈む前にケリを付けたい。街の治安維持部隊を向かわせているが、魔物との実戦経験が乏しいため、あまり期待はできない」
受付嬢はその説明を受けて考える。
考えるが、冒険者がいない以上どうしようもない。
とりあえずやれることだけはやろうと再び口を開く。
「わかりました。近隣の残っている冒険者に当たってみます。少し時間はかかりますが……。ちなみに、どんな魔物が出たのですか?」
「……岩巌駝だ」
岩巌駝――討伐ランクAの非常に厄介な魔物だ。
姿はずんぐりむっくりとした鳥のような姿で動きはさほど速くはないが、厚い羽毛に覆われているため、よっぽどの武器でなければ傷をつけることもできない。
ただ、戦闘力はほとんど無いため、近づかない限り脅威とならはならないが、特殊な能力を備えており、討伐ランクはAとなっている。
「ナザールリッチとはまた厄介な魔物が出たものですね〜」
「まったくだ。できれば被害が出る前になんとかしたい。頼む」
そう言ってロンソンと呼ばれた男はギルドをあとにした。
「ん〜仕方がないわね〜。……アンヌちゃん。空いている冒険者に連絡を取ってくれる? 緊急の依頼ということで」
受付嬢はカウンター内にいた別のギルド職員にそう声をかける。
アンヌと呼ばれた女性職員は返事をすると、棚に収められていた冊子を手に取り、ギルドから出ていった。
受付嬢がその後ろ姿を見送り小さくため息をつく。
他に冒険者がいないかギルド内を見渡すも誰も残っていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
緊急の依頼が舞い込んできてから数時間が経過した。
アンヌはすでにギルドへ戻ってきているが、そんなに都合よく冒険者なんて見つかるわけがない。
あとは、早めに戻ってくる冒険者に期待するしかないが……。
いまだ対応の取れていない依頼を前に、受付嬢は落ち着かない様子でいた。
(ん〜、このままじゃ日が沈むまでに対応できないかな〜。う〜ん……最悪、私が行くしか――)
「失礼する。先ほどのナザールリッチの件だが――」
カララン、と音が鳴ると同時にギルドへ入ってきた男が口を開く。
受付嬢は考え事を頭の片隅に追いやり、扉へと視線を移す。
その男は門番と同じように鎧を着込んでいるが、先ほどのロンソンとは別の男のようだった。
(伝令? 状況が変わったのかしら〜。それとも催促かしら)
受付嬢が結論を出す前に、男が言葉を続ける。
「――無事、冒険者に討伐された。感謝する」
「――へ?」
珍しく困惑した声を上げる受付嬢。
それもそのはずである。
ギルドはいまだ依頼を受けてくれる冒険者を見つけていない。
それに討伐ランクAの魔物は一筋縄ではいかない。
ギルドランクが同じAだとしても、一対一で討伐できるほど甘いものでもないからだ。
一体誰が……。
受付嬢は上の空になりつつも、依頼人である男から依頼完了のサインを受け取る。
「冒険者はナザールリッチを始末したあと、必要部材のみ切り取ってすぐいなくなってしまった。かなり距離を取って監視していたため、冒険者の姿まではよく見えていないしな。急いでいたからか、依頼完了のサインも受け取らずその場を離れてしまったからな」
もし、戻ってきたら礼を言っておいてくれ。――男はそう言ってギルドから出ていった。
「…………」
受付嬢は困惑している。
(いったい誰がナザールリッチを討伐したの? 正直、このギルドに所属する冒険者じゃナザールリッチは手に余る。複数人で挑んだとしても、そんな簡単に討伐できるものでもないのに……)
うんうん唸りながらも、無事危機が去ったことに、胸をなで下ろす受付嬢であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これ、買い取りできる?」
夕方、複数の冒険者で賑わうギルドの中、窓口へやってきたのは――いつもの無口な少女。
朝、というより昼ごろに依頼ボードを見ていた少女だ。
「いいわ……よ?」
いつもどおり、森で何かしら狩ってきたのだろうと思い、カウンターに視線を落とすと、受付嬢はそこで言葉を詰まらした。
「…………」
カウンターに置かれていたのは、長いクチバシと岩肌のような色合いをした少し大きめの眼球が二つ。
受付嬢はこれがどんな魔物の一部か当然知っている。
なぜなら、先ほどまでその魔物のことで頭を悩ませていたのだから。
……たしか、この少女の名前は――。
「シャロちゃん〜。これをどこで?」
「…………」
少女は答えない。
冒険者への詮索はご法度で、冒険者自身も答える義務はない。
無言がその答えと判断したのか、受付嬢は諦めて買い取り作業に取りかかる。
(……クチバシも眼球もついさっき採取したかのように状態がいい。やはり――)
受付嬢はある程度正確に把握してはいたが、正面から問いただしても答えてくれないものだろうと考えていた。
(この子のランクは確か……Cランクだったかな。それなら……)
「本当は良くないんだけど……特別に依頼受注したことにしようかしら〜。Cランクじゃ受注できないんだけど、指名依頼ってことにすればその分評価も上がるしね〜」
「いい。余計なことはしないで」
「…………」
受付嬢は口を紡ぐ。
ギルドからの決して悪くない提案を即座に断る少女。
冒険者にとってギルドの評価は喉から手が欲しいものだ。
それを躊躇することもなく断るとは……。
受付嬢は心の中でため息をつきつつも、会話の内容から、やはり少女が例の魔物を討伐したことについて確信を持った。
(冒険者の中には変わっている人がいることもわかっているつもりだったけど、この子は特に変わっているわね〜。それに、Aランクの魔物を討伐できるCランクの冒険者。……非常に興味があるわ〜)
考え事をしながらも査定の手を止めない受付嬢。
(ギルドランクに興味がないのなら、別のことで交渉しようかしら〜)
伊達に長いことギルド職員をやっているわけではない。
優秀な冒険者は、あの手この手で繋ぎ止めておきたいと思うものだ。
「はい。これが査定額よ〜」
「…………」
カウンターに積み上げられた金貨の量に訝しそうな顔をする少女。
「……相場より、かなり多い」
「ふふふ〜。私の気持ちも上乗せしているからね〜」
嘘ではない。素材の買取額に、本来依頼達成で受け取るであろう成功報酬も上乗せしているのだ。
ちなみに、査定額も最大限まで色を付けてある。
胡散気に受付嬢と金貨を交互に見た少女は――。
「……ありがと」
微かな笑みを浮かべ、金貨に手を伸ばす。
「その代わり、また困ったことがあれば相談に乗ってくれるかしら〜」
笑みを浮かべていた少女の表情が強ばり、三白眼となる。
伸ばした手も途中で止まっている。
「そんなに警戒しないで〜。別に難しいことでもないわ〜。今回のようにちょ〜っと厄介な依頼を受けてもらいたいの。もちろん報酬は最大限支払うしギルドランクの貢献度にも影響はさせない。どうかな〜」
普通であればあり得ない提案をする受付嬢。
ギルドランクを上げることは冒険者にとって一種の目標といってもいい。
それをあえてギルドランクに影響の無いように取り図る行為。
まったくもって理解できない提案であるが――。
「……それならいい。できるだけ目立つことは避けたい」
少女はその提案を受け入れた。
「ふふふ〜。それじゃ、これからもよろしくね〜」
受付嬢も満面の笑みでそう答えた。
こうして受付嬢と少女の密かな繋がりが誕生したのであった。




