182 <静かな宴会>
受付嬢の言いなりになるのも嫌だけど、それを見越されて臆病者扱いにはなりたくない。
結局、癪だけど、いつものようにギルド併設の居酒屋へと足を運ぶのだった。
「お、シャロじゃねぇか。今日も引きこもって来ねぇかと思ったぞ」
「やっぱりアリシアがいないとダメ人間になるな」
「うっさい」
中に入ると見知った顔が声をかけてくる。
そのまま奥にあるいつもの席へと陣取る。
シロは対面へと座らせる。
「おや? 今日はいつものねぇちゃんじゃねぇな。誰だ?」
「友達」
受付嬢へ答えたときと同じように答える。
「ないな」
「あぁ、それはない」
「嘘をつくぐらい追い詰められていたのか」
「大丈夫だよ……。俺が友達になってやるよ……」
「あんたら……」
思い思い好き放題言う奴らに睨みをきかせる。
何か言ってやろうかとしたところ、先ほど頼んだ飲み物がテーブルの上へと置かれた。
私とシロに一つずつ。
「はぁ、とりあえず乾杯、かな」
「?」
シロはわかっていないからか、フードの中で首を傾げる。
「ほら、コップを持って」
何を飲むかわからなかったから、とりあえず子供向けの果実水をシロには頼んでおいた。
別に妖精だから、魔力しか取らないってわけでもないだろうし。
「乾杯」
なかば無理やりにコップをぶつけ、一仕事を終えた一杯で喉を潤す。
シロも私と同じようにコップへと口をつけていた。
「ふぅ〜、やっと一息ついた感じだね」
周りを見ると、すでにいい時間だからか盛り上がっている。
「それにしても、妖精って人が食べるようなもの食べられるの?」
声をひそめ、目の前の少女に聞いてみる。
「ん。問題ない。体内で魔力に変換して吸収される」
へー。そうなんだ。
ある意味、魔力がご飯の妖精らしい。
ん? 魔力に変換されるって、それならトイレとかどうなるんだ……。
……いいや。変な想像をしそうになったので、首を振って追い出す。
「おぅ。シャロと『仮称』友達ちゃんよ。呑んでいるか?」
「何が『仮称』友達よ」
横から声をかけてきたのはいつもの冒険者。
名前は覚えていない。
「それにしても友達は小せぇな。子供か?」
フードを覗き込むように確認する冒険者。
――っ。
フードの中に垣間見える紫眼と冒険者の目が交差する。
「なんだ、子供じゃねえか。力は無さそうだし、魔法使いか?」
「ホントだな。どこで拾ってきたんだか」
そう、好き放題言う冒険者たち。
……気づかれていない?
まぁ、確かに。こんなところに妖精がいるとは思わんしな。
それに、人と一緒にご飯を食べることもあり得ないだろうし。
「よし、俺が飯を奢ってやろう。おぉい!」
大声で店員を呼ぶ冒険者。うっさい。
シロは果実水を飲み干していた。
私も一緒にエールを注文する。
「シロは好き嫌いのようなものあるの?」
「……よくわかんない。普段食べないし」
まぁ、そりゃそうか。
でも、先に頼んでいた料理には黙々と手を付けているし、問題無さそうだよね。
「味とかわかるの?」
「それは大丈夫。好みの違いはあれども人と同じ味覚は持っている」
ふーん。妖精も食べる妖精は食べるのかな。
「…………」
「ん? なんて」
ポツリとシロがつぶやいた気がした。
「……わたしは、甘いのが好き」
……そっか。
「じゃ、この店とっておきの料理を頼もうか」
「……?」
ここの料理人は何か目指しているのか、どの料理にも特盛りと言うものが存在する。
それに、酒飲みしかいないこの店に、なぜか存在する甘味の料理。
注文している人を見たことないから、もしかしたら存在しないのかもしれないけど……。
近くの店員さんを捕まえて、注文する。
一瞬、驚かれていたが、シロの方を見ると納得し厨房へと消えていった。
シロは先ほどからフードを外している。
他の冒険者たちも気にする素振りも無いし、ご飯も食べづらいしね。
遠くでやたらとニコニコとしている、例の受付嬢だけが気になるが……。
まぁ、それでも男たちは愉快そうに呑んでいるし、心なしかシロも楽しそうに見える。
ご飯のおいしさに惹かれているだけかもしれんが。
そうやってしばらく呑みながら食べ続ける。
テーブルの料理が一段落したところで。
「お待たせ〜」
「……なんで、あんたが運んでいるの?」
「ふふふ〜。滅多に出ないこの料理、食べた人の感想を直接聞きたいじゃないの〜」
暇人か。
薄目で見ている私のことはお構いなしに、テーブルの上へ例の甘味を置く。
両手でやっと持てる大皿に、小麦で作った柔らかなパンがのり、その上に木の実や果物が並んでいる。
そこにミルクを原料に作ったクリームや甘いソースがかけられ、それが何層にもなって大きな山となっている。
ちなみに、作る手間もそうだけど、材料費もそれなりに高いため、これ一つで数日分の食費にはなる。
でも、まぁ、たまにはいいよね。
目の前に甘い匂いのする甘味を置かれたシロは、微動だにすることなく膠着している。
周りも滅多に出ない料理を目の当たりにして、静かに様子を見ている。
その中でシロはゆっくりと私を見る。
「ふふ、食べていいよ」
そう言うとシロはスプーンを手に取り、甘味の山を少し崩す。
普段食べる堅パンとは違いすぎる弾力に、周囲の男たちも固唾を飲んで見守っている。
シロはゆっくりと自分の口元へと持っていき――パクリ、と。
「…………」
そのまま、反応を数秒待ち――。
「…………っ!」
シロの目が大きく開かれ、二口目がすぐに放り込まれた。
その後三口目、四口目と無言で手を動かす。
「ふふふ」
受付嬢だけではなく私の口元も緩み、その様子を眺める。
周囲の男たちも娘を見るかのような優しい目をしている。
……いや、強面の男たちはどんな時でも怖い絵面になるわ。うん。
目の前のシロは、どこはかとなく喜んでいるようにも見える。
そんな和やかな雰囲気の中、ゆっくりとのんびりとした時間が過ぎていく。
たまにはこんな夜もいいよね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今夜はどうするの?」
珍しく静かな宴会が終わり帰路につく途中、シロは森に帰るのか聞いてみた。
結局シロはあの量の甘味を一人で食べていたし、その間もずっと魔力を吸い取っていたから、だいぶ魔力は貯まっているだろう。
……そういえばギルドの中でも魔力吸い取っていたな。
まぁ、何も言われなかったし大丈夫か。
見逃してくれただけかもしれないけど。
「ん。家、行く」
まだ魔力は足りませんかそうですか。
家に帰ってきてそのまま寝る準備。
シロはコートを脱いで部屋の中に立ち尽くしている。
「また一緒に寝るの?」
「ん」
なんとなくそんな気はしていた。
妖精の魔力吸収は物理的な距離に比例して抵抗が増してくる。
そのため、戦闘は遠距離での攻撃か近距離にしても短時間で終わらせる必要がある。
そのことも配慮すると、やっぱり一緒に寝ることになるんだろうなぁ。
「……まぁ、いいや。じゃあ、服脱いでこっち来な」
できれば一人で寝たいけど魔力の借りがあるし、さっさと返してチャラにしよう。
「ん」
「……って、なんで下に何も着てないの?」
服一枚脱いだだけで、なんで裸なんだよ。
「必要ないから」
妖精ってそういうものか?
はぁ、まったく……。
ため息をつきながらも、朝と同じく物置となっている棚を漁る。
「ほら、とりあえずこれでも着てな」
お古の服をシロへと渡す。
なるべく寝やすそうな薄めの服を。
「ん」
そう言って受け取った服へ袖を通すシロ。
あとは大丈夫だろうと、先に布団へと入る。
はぁ、やっと一人になれたと思ったのに、また人と寝ることになろうとは。
まぁ、シロは人ではなく妖精ではあるが。
ごそごそと布団に入ってくる音と振動が伝わってくる。
目をつむり、あとは寝るだけだ。
そう思っていたが――。
「……なんで、そんなにくっつくの?」
抱きしめるかのように手足を回してくるシロ。
外ではそんなに引っ付いて来なかったでしょうに。
「身体的接触は魔力吸収率を向上させる」
「……寝づらいんだけど」
「ちなみに、接触部を潤すと、なお効率が上がる」
「これ以上何かしたら追い出すからね?」
酔いも覚めるぐらいの不穏さについつい身構える。
「…………」
隣を見ると幼い少女の瞳と視線が交差する。
妖精とは思えないあどけさに毒気を抜かれた気がする。
はぁ、まぁ、いいや。
何も言う気力が起きず、抱き枕のような状態で目をつむる。
寝づらい中、疲れとお酒のせいで徐々に夢の中へと落ちていく。
ふぅ……おやすみ、なさい。




