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181 <初めての詠唱魔法>

「魔力は無いし、()()剣もない。完全に手詰まりか……」


 あの剣も作るのが大変だからって、まだ手に入れられてない。

 鍛冶屋の店主も新たな剣を探しに行くと言って居なくなったし……。

 うーん、どうしたものか。

 いまだにこの障壁を破壊しようと、腕を振るい続けている三体のタイガーベアー。


「……魔力なら、ある」

「え?」


 その言葉に聞き間違いかと思い聞き返す。

 シロの方へ向き直ると右手を差し出された。

 こちらを見る目は特に感情を含んでおらず、意図が読めない。

 いつまでもそのままにしているわけにもいかず、よくわからないまま右手を取る。


「……これは?」

「シャロの魔力。貰った分、少し返す」


 ……マジか。

 私の保有魔力よりも比較にならないほどの魔力がこの子から感じられる。

 しかも、同じ魔力が……。


「……こんなやり方で魔法を使ったことなんてないけど大丈夫……?」


 理屈はなんとなくわかる。

 シロの魔力は間違いなく私の魔力。

 その魔力が私の意思に応じて流れを変える。

 ……試しにやってみるか。


焔槍(ひやり)


 自分の中にある魔力が消費され、それでも足りない魔力がシロの右手を通して流れ込んでくる。

 普段の私では唱えることが出来なかった魔法を、いとも簡単に唱えることが出来た。

 これは……すごい。

 顕現(けんげん)した(ほのお)の槍はシロの障壁に(はば)まれ消滅する。

 ……この魔法でビクともしないって、どれだけ障壁に魔力を込めているんだよ。

 その魔力が誰の物か、嫌な考えが湧いてきそうになったので、頭を振って追いやる。


「と、とりあえず魔法の使い方はわかった。これで……コイツらを殲滅(せんめつ)できる。シロ、詠唱完了とともに障壁を消せるかな?」

「ん」


 シロの返答を受け、悪い笑顔が出そうになるのを押さえながら次の魔法を唱えていく。

 さっきの借り……返すよ。


天籟(てんらい)のように静寂を打ち破る風よ――」


 右手をかざし、魔力を練っていく。


「軽風から颶風(ぐふう)へと移り変わり――」


 今までの自分の魔力とは比較にならないほどの魔力を。


九天(きゅうてん)より振り下ろす斬奸(ざんかん)の刃――」


 これは……病みつきになりそうだ。


「静かに撫でろ――科戸之風(しなとのかぜ)


 手を身体の前で一振り、詠唱が完了し私の魔力はもちろん、シロからの魔力も相当量消費した。

 ――瞬間、障壁が消滅し穏やかな風が一撫でする。

 暴れていたタイガーベアーも、時が止まったかのように、ピタッと動きを停止する。

 ――しばしの沈黙。

 葉擦れの音と遠くの野鳥の声だけが、静かなこの場所に響く。


「魔力込めすぎ」


 その静寂を破ったのはシロの一言だった。


「え……?」


 言っている意味がよくわからず、疑問の声を上げる。

 次の言葉を紡ごうとした瞬間、時が動き始めたかのように、視界が()()()()()

 タイガーベアー三体が胴体で上下に分かれ、周囲の木々も同じように倒れていく。


「あぁ……」


 そのまま周囲だけに収まらず、徐々に前方の視界が広がっていく。


「や、やりすぎてしまった……」

「あれだけの魔力を込めたらそうなるでしょ」


 シロが呆れた声を出す。

 いや、だってさ、初めて詠唱魔法を唱えたんだから仕方が無いじゃん。

 どれだけ魔力を込めればいいかなんてわかんないし。

 木の倒れる振動が徐々に遠ざかっていき、やがて静かとなる。


「ま、巻き込まれた人はいないかな……」


 遠目に見る限り、()()をしたものは見えない。

 それだけでもせめての救いか……。


「使った分の魔力はまた貰うから」

「……仕方がないよね」


 何が仕方がないのか、イマイチ自分でも釈然としないが、そう答えるのが精一杯であった。

 はぁ、小さくため息をつく。

 とりあえず討伐証明を取る……か……?

 あ……れ?

 世界がまわ――る?


「ひぶっ!?」


 あだ、あだだだ……いったい何が……って、顔面を打ち付けてしまったのか?

 なんで……?

 なぜか倒れてしまった身体を起こそうと、腕に力を入れるが……。


「おひあひゃえない……?」


 はぁっ!? 呂律(ろれつ)も回んないんだけど!?

 くそっ……とりあえず治癒魔法を……。って、魔力もまともに練れないんだけど!?


「……魔力酔い、だね」


 呆れたような感じで頭上からそう声をかけられる。

 魔力……酔い?

 あれか、魔力量の多い人が大量の魔力を一気に消費したら発症するというあれか。

 でも、大魔法を使うならまだしも、この程度の魔法で魔力酔いになるなんて……。


「普段から魔力慣れしていない人には辛いかもね」

「ひあっ!?」


 ちょっ、触んないで……全身が痺れというか、敏感になっちゃっている。

 くそっ……こんな副作用聞いていないぞ……。


「ひゃめ、て……」


 こらっ! ツンツンすんなっ!



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、しばらくうつ伏せに倒れていたら全身の痺れも取れてきたので、治癒魔法をかけながら起き上がる。

 まったく、災難だった……。

 今度からシロの魔力を使うときは気をつけよう。


「はぁ、まぁ、(なげ)くのはあとにして、とりあえず討伐証明だけ切り取っておくか」

「……? これ、そのものはいいの?」


 無言でたたずんでいたシロからそう言われるが、人も魔力も無い以上持って帰ることなんてできない。

 素材になる爪ぐらいなら持って帰れるだろうけど。


「あまり収納するだけの魔力も無いしね。仕方がないから置いていくよ」

「そう」


 ということで、耳を切り取る。

 このタイガーベアーの証明部位は耳なのだ。

 大きいけど軽いし、変に血が通っていないから汚れないし。

 いつもの短剣を解体用のナイフへと持ち替える。


「ねぇ……。もし、全部運んだら、もっと魔力くれる?」

「え……? そうだね。別に私が損するわけじゃないし、魔力をあげるぐらいはいいよ。これだけの素材なら相当な報酬になるし」

「そう……。それなら――収納」


 シロは手を掲げ、そうつぶやく。

 地面に横たわっていたタイガーベアー、しかも成体している三体が、シロの収納へと吸い込まれるように消えた。


「……デタラメだ」


 いやいやいや、こんな大物の魔物が三体も収納できるって、どれだけのバカ容量の収納よ。

 いや、わかっている……。収納は魔力量に比例するって。

 てことは、この妖精の少女は、それだけの保有魔力を持っていると……。


「……そんな、化け物を見る目で、見ないで」

「別にそんな目で見てないし。むしろ、その収納がデタラメ過ぎることに驚いているだけだし」


 妖精らしからぬ言葉と表情をされて、ついついそう答える。

 ついでに頭を撫でてやる。


「……子供扱いもしないで」


 妖精の少女はそう言うが、どこはかとなく嬉しそうであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、森をあとにしてギルドへと戻る。

 少々遅くなってしまったため、ギルド併設の居酒屋はすでに盛り上がっていた。


「あら〜シャロちゃん。無事だったのね。良かったわ〜」


 いつもの窓口にいつもの受付嬢。

 コイツはホントいつもいるな。


「ふふふ〜。シャロちゃんが心配だったからね〜。でも、大丈夫? 誰の仕業かわからないけど、森の一部が刈り取られたって聞いたの。巻き込まれなくて良かったわ〜」

「…………」

「ん〜? どうしたの?」


 ニコニコしている受付嬢は、知ってか知らないのか、何も気にすることなく、そう聞いてくる。


「それより、報告を聞こうかしら〜」

「……その前に、解体所で出したい物がある。信用できる人だけ連れてきて」

「ん〜、わかったわ〜。それじゃあ、準備しておくわね」


 そう言った受付嬢は何かを察したのか、何も聞かずに席を外し、別の受付嬢が窓口へと座る。

 私もそのまま外に出て、ギルドの裏手にある解体所へと向かう。

 少し歩いて辿り着いた解体所には、先ほどの受付嬢だけが待っていた。


「解体所のおっちゃんは?」


 いつもは口やかましいおっちゃんが解体所を仕切っているはずなんだけど。


「ふふふ〜。シャロちゃんって他の人を信用しないでしょ? だから〜、席を外してもらったの。私ならいいかな〜って思って」

「……そう」


 確かに、この受付嬢は胡散臭いけど、今まで私に不利益となることはやっていない。

 持ちつ持たれつの関係であるから、信用しているのとはちょっと違うけど。


「それで〜? 何を出すの?」


 周囲の気配を探るけど、特に人の気配はしない。

 これならいいか。


「シロ、出せる?」

「ん」


 そうひとこと言葉を発し、手を上げた先へ収納に入れたタイガーベアー三体が出てきた。


「これは……」


 いつもはのほほんとしている受付嬢が珍しく真剣な眼差しで、山積みにされたタイガーベアーを見つめている。


「三体一緒に襲ってきた。変異種の可能性もある」

「……そう、これは調べさせるわね。それより……」


 タイガーベアーを見つめていた真剣な目のまま、私へと視線を移す受付嬢。


「?」

「さすがSランク顔負けの冒険者ね。Aランクの魔物とはいえ、三体同時はSランク以上の脅威となるわよ」

「別に、私だけの力じゃないし」


 隣にたたずんでいるシロを横目で見る。

 フードを被っているため表情は見えないが、相変わらず興味無さそうにしている。


「ふふふ〜。謙虚なシャロちゃんも好きよ〜。報酬は明日でいいかしら。素材の買い取り含めて査定しちゃうわ〜」


 言いたいことは言い終えたのか、再びのほほんとした雰囲気に戻る受付嬢。

 どういう基準で切り替えているのかわからないけど、口調が変わるだけで、別に大した問題ではない。


「わかった。任せる」


 もうここでの用事は済んだからと、(きびす)を返し解体所を出て行こうとする。


「あ、せっかくならご飯も食べていったら? 大丈夫よ〜。他の冒険者たちには()()()()()()()

「…………」


 背中越しに受付嬢を薄目で見る。

 相変わらずニコニコとしており、考えが読めない。

 隣のシロは何も気にしている様子はないし。

 受付嬢の意味深な一言を無視し、そのまま解体所をあとにする。

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