18 おやつ交換
「しおりの~三ページ目に公園のことが書いてあります~」
説明が始まりだしたので手元にしおりを開きつつ聞き流す。
正直書いてあるし、同じ説明されても面白味はない。
ふと、隣を見るとリンちゃんも同じような状態で、興味なさげに外の景色を見ている。
「ポリポリ」
「さっきからお菓子ばっかり食べてるけど大丈夫? 太るよ」
「大丈夫、大丈夫、成長期だし、運動するし」
「成長期……ねぇ」
リンちゃんを上から下まで眺めるけど、まぁ子供体型だわな。
「コトミも人のこと言えないでしょ。それよりクッキーいる?」
ずいっと、持っていた袋を近くに寄せてくる。
ほのかなバターの香りが鼻をくすぐる。
「いいの? リンちゃんの分がなくなっちゃうんじゃない?」
袋を受け取り、中身を覗き混む。
指先で摘まめるサイズのクッキーが大量に入っていた。
「いっぱいあるから大丈夫だよ」
「確かにいっぱい……って、おやつは小銀貨三枚までじゃなかったっけ」
手の平に数枚取り出し、残りは返す。
「手作りだからね。材料費で言えばそんなに高くないよ」
「材料費でおやつ代を計算する人、初めて見たよ」
若干あきれつつも、うまいことやるもんだと思う。
原価であれ、小銀貨三枚以内なら文句は言われないだろう。
いや、文句は言われるかな? あの先生だし。
文句と言うより、泣き言になるような気はするけど。
「それより、味はどうかな。おいしいよ?」
ひとつ、口元に持っていきかじる。
「……おいし」
甘さ控えめだけど、バニラの芳醇な香りが鼻に抜けてくる。
焼き加減も絶妙で、香ばしく深い味わいになっている。
これなら確かにいっぱい食べられそうだ。
「ふふん、気に入ってくれたようで何より。まだあるよ」
ずいっ、と袋を突き付けてくる。
「う……いいのかな。作るの大変じゃなかったの?」
「大丈夫だよ。作ったのママだし」
ママかよっ!
「リンちゃんじゃないんだ」
「ワタシは食べるの専門だしね。作るのは得意な人に任せるの。適材適所ってやつよ」
どやっ、て顔して威張っているけど、あまり自慢にならないからね。
「そういうコトミはどうなのよ。料理するの?」
「私? うーん、お菓子は作れないかな……。普通に食べるものであれば作ること出来るけど」
「え? 料理出来るの? すごい」
「焼く、煮る、に限る。蒸す、は修行中」
前世でも必要にかられれば料理ぐらいはした。
超アウトドアで肉の塊をそのまま木の枝で刺して焼いたり、適当に摘んだ野草を鍋でまとめて煮たりする程度だったけど。
それを料理と言っていいものかどうかは別として、作ることはできる。
「なんか、原始人みたいだね」
「失礼な」
ホント失礼な子だね。
若干あきれながらも、二つ目のクッキーを口に運ぶ。
ふと前を見ると先生が変わらず遠足のしおりを読み上げていた。
「まだかかりそうね。先生ってのんびりしているから話が長いんだよね。そのわりには中身が薄いし」
辛辣だね……。
「リンちゃん、先生が聞いたらまた泣いちゃうよ」
実際、リンちゃんの言うとおりなのでまったくフォロー出来ない。
のんびりしているし、よく泣くし、生徒には好かれているんだろうけど、どうやったら先生業務が勤まるのだろう、って思う。
「コトミも大概、先生に厳しいよね」
「……口に出していないだけマシだよ」
心を読むな。
三つ目のクッキーを口に含んだところで思い出す。
「あ、そうだ。私もお菓子持ってきているから、あげるよ」
バッグの中からお菓子の袋を取り出す……振りをして、収納から取り出す。
なぜお菓子を収納にいれているかというと、
「ル・モンドのチョコレート? これって高いよね。一粒小銀貨一枚以上はするんじゃないの?」
取り出した袋の中身をまじまじと見る。
「大丈夫。お裾分けで貰ったものだから、実質タダみたいなもの。リンちゃんの理屈と一緒」
袋から一握り取り出し、リンちゃんの手の平にのせる。
「さすがにそれは屁理屈だと思うけどな。ってこんなにもらっていいの?」
山盛りのチョコレートを見ながらそんなことを言う。
「いいよ。もらったクッキーのお返し。さっきのクッキーにはそれだけの価値がある」
「あはは、ママが喜びそうだね。伝えておくよ、ありがと」
暑くないとはいえチョコレートは熱に弱い。
手の平にのせているだけでも溶けていくため、おいしいうちに食べた方がいい。
取り出したチョコレートの包み紙をほどき一粒口に運ぶ。
リンちゃんも同じように口に運ぶ。
「んん~、やっぱりここのチョコレートは格別だね。カカオが香ばしく鼻に抜けていく。適度な甘さはカカオの香りを引き立てるのに一役買っているし、ミルクがチョコレートのまろやかさを際立てていくよ」
「どこの評論家よ」
笑いながらもう一粒食べる。
「さすが有名ブランド、おいしいね。でも、それより気になったんだけど」
チョコレートを口に含みながらリンちゃんの方を見る。
「んー?」
「暑いわけじゃないけど、チョコレートって熱に弱いよね。なんで溶けていないのかなって」
「……ないしょ」
収納は便利だけど、この世界に魔法は無いから気を付けなきゃ。
熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいままで劣化もしない。
収納量は魔力量に比例しちゃうから、私はあまり多くの物を収納できないんだけどね。
収納すればするだけ、魔力上限が下がってしまう。
少ない上限がさらに削られるというひどい状態。
一番相性の悪い魔法かもしれない。
それでも習得が難しい魔法なだけ利便性はいい。
基本的には軽くてかさばらない物や、表に出せないものを普段は収納している。
ナイフやお金、ちょっとした小物とか。
あまりいっぱい収納すると咄嗟の時に魔法が使えなくて困っちゃうし。
いや、今でもたまに魔法を使うんだよ。
滅多にないけど、いざという時の転移とか。
何回か車が突っ込んできたことあるし。
いや待て、何回もって、よく考えたら普通はあまりないよね。
引き寄せ体質なのか……。
「ふーん」
少し考え事してしまったようで、目の前にリンちゃんの顔が迫っていた。
「な、なに?」
長いまつげに、大きく綺麗な目、整った顔は同姓の私から見ても、十分可愛いと思う。
……別に羨ましくなんかないんだから。
「コトミってホントわかりやすいよね」
何を言ってくれてるかな、この子は。
「そんなこと言う人にはこのチョコレートあげない」
手の平のチョコレートを取り上げようとすると――、
「あ、ウソウソ。分かりやすいのはウソじゃないけど、嫌がらせしたいわけじゃないから。ね、仲良くしよ」
ウインクしながらそんなことを言う。
「はぁ、そんな言い方されたら断れないじゃん」
伸ばした手を引っ込める。
「ふふふ、ありがと。だからコトミって好き」
「……誤解されちゃうからあまりそういうこと言わない方がいいよ」
眩しい笑顔を直視できず目を反らす。
「あはは、そうだね。でも、誰にでも言うわけじゃないからね」
…………。
子供の気まぐれとは言え、ストレートに好意を向けられるのは、悪く、ないかな。
昔も、そんな率直な子がいたっけな。
ウソや騙しあいが苦手な単純なバカが。
ホント、バカだったよね。
変なところで真面目で抜けていて、自分が貧乏くじ引くだけってわかっているのに、それでも自分の信じるものだけは曲げなかった、そんなバカが。
でも、悪い奴じゃなかったかな。
ふと、そんな心境に浸っていたところで先生の大きな声が響く。
「それでは〜以上となります~。目的地にはもうすぐ着きますが〜先生の言うとおりにしてくださいね~」
あの先生、一人で延々と説明していたのかな。
他の子たち、誰も聞いていないんじゃないの?
まぁ、本人が満足しているならばそれでいいか。
ふと、横を見るとリンちゃんがチョコレートを舌鼓を打ちながら食べていた。
満足いただけたようで何より。
リンちゃん越しに外の景色が目に入る。
流れる景色は街中にあるような人工的な建物ではなく、地平線まで見渡せる大地が目の前に広がっている。
麦畑や放牧がちらほらと見え、徐々に自然豊かな景色へと移り変わってきた。
「今日も楽しい一日になりそうだね」
ポツリとつぶやく。
道中他愛もない会話をしながらバスの旅を楽しむ。
たまに外を見たり、おやつを食べたり。
途中に休憩をはさみながら、目的地に向かってバスは進んでいく。




