177 <白い少女再び>
ゆっくりと扉を開けていき、部屋の中が覗けるところでいったん止める。
見慣れた部屋の中、ベッドに腰掛けるように一人の少女が座っていた。
「……誰?」
敵意は感じられないが、油断することなく短剣を構え、少女へと声をかける。
薄暗い部屋で少女がゆっくりと、こちらを振り向く。
……誰だ?
正直、人の顔を覚えるのが得意ではないため、仮にどこかで会っていたとしても判断がつかない。
「……久しぶり」
……だから、誰かわからんて。
とりあえず敵意は無いし、会話は成り立ちそうだから構えていた短剣を下ろす。
「……誰?」
同じ質問を少女へとぶつける。
カギのかかっている家へと入れるからには魔法使いか、それとも――ん? 白い、少女?
「もしかして、妖精?」
だとしたら、どうしてここへ?
妖精といったら森の奥深くで生息しており、人と相容れることはない種族。
それがなぜ人里――というより個人の家に押しかけているのか。
次から次へと湧く疑問に頭が混乱しそうになるが、このままでは拉致があかないため、質問を重ねる。
「妖精がなんで私の家に?」
敵意が無いとはいえ、妖精である以上油断はできない。
せめて、目的さえわかれば――。
「……魔力。魔力をもらいに来た」
そう話した妖精はゆっくりと立ち上がり、私に向き合う。
背丈は一般の大人よりかなり低く、顔立ちも幼いため、妖精の子供に見える。
そんな妖精の子供がどうして私に?
…………あ。
妖精、子供、魔力……今、繋がった。
「あなたは……あの時の? どうして、ここに?」
魔力をもらいに来たと言っていたけど、わざわざ?
そもそも断りを入れて魔力をもらう妖精なんて、聞いたこともないけど……。って、前回もそういえばそうだったか。
「おいしい魔力、もらいに来た」
「わざわざ森を出てまで来るものなの?」
本来、妖精族は森の奥深く、魔力濃度の濃い所で生活していると聞く。
「忘れられない味。誇りに思ってもいい」
「それはちょっと……嫌だなぁ……」
なんだよ。忘れられない味って。
とりあえず敵意は無いようだし、ある意味借りもある。
ここで揉め事を起こすことはないだろう。
そう判断し、短剣を収納へとしまう。
よく見たら妖精の姿はドラゴン討伐の時と同じ服装だった。
妖精も服を変えるのか?
そんな疑問が湧いたが、頭を振り余計な考えを追い払う。
「それで? 魔力はいいんだけど、私に見返りはあるの?」
魔力なんていくらでもあるから別にいいんだけど、やっぱりタダ売りはしたくない。
かといって、妖精たちが人のお金なんてものを持っているわけがなく――。
「ん。はい、これ」
取り出したのは妖精の魔玉。
確かに、あの時言ったけどさ。
そんなにポンポン出してもいいんだろうか。
「……まぁ、これならそれなりの値が付くし、私としても問題ないけど」
我ながら現金な奴だとは思う。
今回は、小ぶりな大きさだけど、それでも十分な大きさではある。
これだけで数ヶ月は過ごせるんだよね。
アリシアが戻って来るまでに何回か依頼を受けなきゃ、って思っていたけどこれで楽ができる。うしっ。
「そんなにこれっていいもの?」
妖精の少女が首をかしげ聞いてくる。
「そうだね。人間の世界ではなかなか手に入らないかな? 妖精たちに出会えないのも一つの理由だけど、あなたたちも、タダではくれないでしょ?」
「とうぜん。等価交換」
ちょっと意味は違うんだけどなー。
でも、まぁ、これをくれるなら見返りとしては十分かな。
「ちなみに、どのぐらい魔力欲しいの?」
「これを作れる分と、もう少し欲しい」
妖精が私の手にある魔玉を指差しながらそう答える。
「……それってどのぐらい?」
さすがに、魔玉を作るのにどのぐらい魔力が必要かなんてわからないよ。
「んー、普通の魔法使いなら二、三日で大丈夫」
「に、さん……にち……? ……二、三日!? え? どういうこと?」
二、三日ってホントどういうことよ。
ずっと魔力吸い続けられるのか?
それはさすがに嫌だな……。
「あなたの魔力量がどのぐらいかわかんないけど――」
詳しく聞くと、人の魔力量には限界があり、限界以上に吸い取ることはできないという。
うん。卒倒しちゃうからね。
だから、必要な量を数日に分けて吸い取るそうな。
妖精ってそんな器用なことやっているの?
「わたしは特殊。森の魔力も一気に吸い取れないから、いろいろな場所を巡る必要がある」
はぁ、妖精には妖精の大変さがあるんだね。
理由はわかった。
二、三日続くのはちょっと勘弁だけど、要は十分な魔力量があればいいんだね。
とりあえず試してみようか。
「それじゃ……今回も手の平から取る? 面倒だからあなたから吸い取って欲しいんだけど」
「……前にも言ったけど、わたしは細かい調整が苦手。人間の魔力程度だと、気をつけてもすぐ空にしてしまう」
……まじか。
普通の妖精が魔力を吸い取るとしても、そんな一気に吸い取れるわけではない。
吸い取られたとしても、攻撃するなり逃げるなりで回避はできる。
それがすぐ空になるって……。
どんだけのバケモノだよ。
「でも、ちょっと試してみようか。私もどうなるか興味はあるし」
魔力が枯渇しなくなってから、かなりの年月が経過した。
そんな私でも妖精に魔力を吸い取られたらどうなるのか。
単純に興味が湧いた。
「……いいけど。どうなっても知らないよ?」
どのみち今日はご飯を食べて寝るだけだ。
最悪、気を失ってもなんとかなる。
それでもいきなり倒れることは避けたいので、帰ってきたままの格好から着替えてベッドに腰掛ける。
「うし。それじゃ、試そうか」
「はぁ、どうなっても知らないよ?」
妖精にも呆れられ、同じ言葉を繰り返される。
「――魔力吸収」
ベッドに腰掛けている隣の妖精が、私の手に触れ一言つぶやく。
……おぉっ?
その瞬間、勢いよく魔力が流れ出ていくことがわかった。
確かに、この子の言うとおり魔力の流れが凄まじい。
自分の魔力量が少なく、放出力も人並みだから、こんなに勢いよく魔力が放出されるのは初めてだ。
吸い出された瞬間は少しビックリしたけど、慣れるとなんてことはない。
常人だと確かに、魔力がすぐ底をつきそうな吸い取られ方だけど。
私はすぐに回復しているから、結局は変わらないんだけどね。
隣の妖精が少し困惑している。
「……平気、なの?」
「うーん、すごい吸い取られていることはわかるけどね」
拍子抜けというかなんというか、案外平気なことに自分でも少し驚いている。
相変わらず規格外……反則と言われても仕方がない身体をしているな。
そのまま魔力を吸い取られ続ける。
特に会話もなく、やることもなく、ぼーっとする。
隣に座る妖精も魔力の流れ以外に動きはなく、表情もなんというか、無表情のままである。
白く腰まで伸びた髪に色白な肌、出会ったときにも思ったけど、全体的に白い。
それに加え、白色のワンピースを着ているから、なお白い。
紫眼の瞳が神秘さを際立て、整った顔立ちは美人というより、幼さが残っている分可愛らしく感じる。
……妖精とはいえあまりジロジロ見るものでもないか。
顔を背けそのまま数分間魔力を吸い取られ続ける。
「……別に大丈夫そうだし、寝ててもいい?」
我ながら唐突もないことを言っているもんだと思う。
いや、だってやることないし暇じゃん。
ご飯食べに行こうにもこの妖精を連れていくわけにもいかないし。
「……魔力の残りは?」
「うーん、あまり気にしなくてもいいかな」
一瞬で空にはなっているけど、すぐ回復しているし。
なんか、拍子抜けではある。
「……規格外」
自分でも思ったけど、他人に言われるのはなぁ……。
「あまり無理して倒れられては困るから、今日はここまでにしておく」
そう言って立ち上がる妖精。
「ん? そう?」
まだ魔力的には大丈夫なんだけどね。
まぁ、本人がそう言うならいっか。
「また明日来るから、それまでに頑張って回復しておいて」
明日……? ――って。
「また来るの?」
さすがに明日も吸い取られるのはいやだなぁ……。
「それの分ぐらいは欲しい」
そう言って私のポケットを指差す妖精。
……これって、魔玉か。
うーん、まぁ、特にデメリットはないし、仕方がないか。
「はぁ、いいよ。でも、暇だから、朝のうちに来て。寝てても勝手に吸い取っていいから」
私の言葉に何か思うところがあったのか、少しだけ眉をひそめる妖精の少女。
だけど特に何も言うこと無く背中を向け――。
「じゃあね」
その一言だけ残し、姿を消した。




