175 少女の命
痛い……。
意識が朦朧とする。
何が、起きた……?
生暖かいものがベッタリと顔に付いている。
血……怪我……? は、無意識に治したのか?
それでも、これだけ出血していたら、起きられなくなる可能性はあるんだけど……。
状況を確認するため起き上がろうとしても、身体が動かない。
硬い地面に寝転がっているのはわかる。
……? けど、背中には柔らかい何か。
少しずつ意識がハッキリとしてくる。
直前の出来事を思い出す。
カレン……? まさか……。
自分の傷は無意識のうちに治癒魔法によって回復している。
でも、背中の……カレンは。
考える前に背中に覆っているであろう、カレンに向けて治癒魔法をかける。
カレン……生きてさえいれば……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
狭いガレキの下、何とか身体を捻り、カレンの身体を胸に抱く。
頭を強く打ち付けたからか、べっとりとした何か――恐らく血が顔中に付着している。
治癒魔法は発動した。
カレンの傷は全て塞いだ。
でも、死んでしまっていたら……。
私のことを姉といい慕っていた少女。
短い付き合いだったけど、本当の家族のように過ごしてきた。
こんなところで、死ぬんじゃないよ。
これから、ずっと、一緒に生きていくんでしょ。
心の中で祈りながら目をつむり、カレンの心音を探す。
カレン……どうか……。
そのまま、息を止め、かすかな音も聞き逃さないよう、意識を集中させる。
「…………」
――トクンっと、小さく今にも消えてしまいそうな心音。
それでも、腕の中にいる少女の心臓は、確かに動いていた。
「――っ、はぁぁ〜〜、よかったぁぁ〜〜……」
大きなため息を付き、全身の力を抜く。
ガレキの下は狭く、一人がやっと入り込めるほどの空間であった。
こうやって身体を密着させなければ、入りきれないぐらいに。
「カレン……」
無事とは言えないけど、生きていて良かった。
カレンの身体を抱き締める。
子供の割に体温の低いカレン、出血した影響でさらに体温が下がっている。
……暖めてあげる。
冷たくなっている身体をさらに引き寄せ、密着させる。
「バカ……」
そのまましばらく、カレンが回復するまで抱きしめる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
この状況で出来ることは限られる。
魔力量の少ない私ではガレキをどけることも、この場所からの脱出もできない。
出来ることと言えば――カレンの血を拭うぐらいか。
自分の無力さに嫌気がさしてくる。
「ぅ……」
「――っ、カレン?」
頭を揺すらないよう気をつけながら声をかける。
「ねぇ、さ……」
「カレン、大丈夫?」
「姉さん――愛して、います」
「…………」
ぺちっ、と額を叩く。
「あたっ……ね、姉さん?」
「目、覚めた?」
「ワ、ワタシは……ここは? って、姉さん、さすがに近いんですが……」
場所が狭く、近くなるのは仕方がない。
カレンの息が鼻にかかる。
生きている――。
それだけで感極まる。
「あの、姉さん、怒っています……? って、泣いて、いるんですか?」
「泣いてない」
「え、でも……わぷ」
「……バカ」
カレンを引き寄せ、強く抱き締める。
「ね、姉さん、痛いですよ……」
カレンの苦情は耳にせず、そのまましばらく落ち着くまで待つ。
「姉さん、落ち着きました?」
私の胸に頭を埋めながら上機嫌に話すカレン。
「うっさい。死にかけは死にかけらしく、おとなしくしていなさい」
ホント、さっきまで生死の狭間を彷徨っていたのに、目が覚めたらすぐこれだ。
「姉さん、ありがとうございます」
「……はぁ、怒りたい気持ちもあるけど、結果無事だったから、いいよ。でも――」
カレンの両頬を掴み引っ張る。
「二度とあんな無茶しないで」
「いひゃい、いひゃい、です。ねぇ、ひゃん」
「はぁ、まったく。カレンが私を心配するように、私もカレンを心配するんだから、ね」
「ふぁ、ふぁい」
はぁ……。
頬から手を離してやり、治癒魔法をかける。
「それより、身体は大丈夫?」
「はい……だいぶダルイですが、動けるとは思います」
相当出血しただろうからね。
ホント、生きているだけでも不思議だ。
「あまり無理はしないで。心配するんだから」
「うっ、はい……」
少しバツの悪そうな声をするカレン。
万全な体調とは言い難いが、魔眼も問題なく熾せるということで、今の状態を少し見てもらった。
「周囲には見張りの兵士が数人だけいますが、追い討ちをかけてくるような感じではないですね」
まぁ、これだけのガレキに埋もれちゃ、普通は生きていられないわな。
それでも、念のための見張りなんだろう。
「りょーかい。それなら少し休もうか。カレンも少し休みな」
位置を少し調整し、密着するようにカレンを抱き締める。
「……姉さんが少し積極的になっている」
「なにバカなことを言ってるのよ。狭くて仕方がないからよ。それに、カレンの体温が低いから暖めているの」
瀕死の重傷から目は覚ましたが、カレンの体温はまだ低い。
手も私の服の中に入れて、暖めてやっている。
「姉さん、ありがとう、ございます」
「……ふん」
目と鼻の先にカレンの魔眼がある。
私の気持ちなんて知れ渡っているんだろうね。
無意味だろうが照れ隠しの意味も含め、目を閉じる。
疲れているからか、こんな状態とはいえ眠くなってきた。
耳を澄ますとカレンの呼吸と心臓の音が聞こえる。
それだけのことで強ばっていた身体から力が抜けていく。
カレン……生きていて、ホント良かった。
そんなことを思いながら、ゆっくりと意識を手放すしていく。




