174 〔流れる走馬灯〕
先を急ぎすぎた。
自分の能力を過信しすぎたか。
順調に進んでいたことに油断をしてしまった。
もっと、慎重に事を進めていれば……。
後悔したところでいまさら遅い。
詠視も併用しながら進んでいたが、あの倉庫の中ほどに来たときに、先が詠めなくなった。
今思えば、詠めるのは自分が感知出来るときだけだったのだろう。
詠めなくなるとき――自分が死んだときがきっとそうなんだろう。
唐突な不安が広がり、操視している兵士を念視で詠み取る。
そこには、倉庫ごと爆破する計画が詠み取れ――。
咄嗟に声を上げたが遅かった。
姉さんの腕に引かれ、庇われる。
――っ、姉さん、ごめんなさい。
操視で姉さんの動きを制し、立ち位置を入れ替える。
自分の責任で巻き込んでしまった。
姉さんだけはどうにか生き長らえて欲しい。
自分の未来はもう視えていないのだから。
覆い被さるように姉さんを守る。
音と光と衝撃が身体を襲う。
倉庫が崩れ、ガレキが身体を押し潰そうと降り注ぐ。
効果を限定し眩視と詠視と悠視でガレキの隙間を見つけ出し、少しでも生存の可能性を上げる。
その中で、何とか一人分の空間を見つけ出し、姉さんを滑り込ませる。
安堵すると同時に身体を衝撃が襲う。
――っ!
気を失いそうになるが、痛みで意識を引き戻される。
頭を打ったのか、視界が歪む。
暖かい何か、血が――視界を奪う。
下に庇った姉さんのことを魔眼で視る。
姉さんの身体の中を魔力が渦巻いていた。
良かった……。
気を失ったようだけど、治癒魔法の効果で姉さんの傷が治っていく。
ほっとしたことで気が緩み、意識が遠のいていく。
姉さん――姉さんだけは、どうか生きて――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
姉さんと出会ってからの数日間は生きてきた人生の中でも一番充実していた。
この人のためであれば命を賭けてもいいと、そう想えるぐらいに、この人と居ることが楽しくなってきた。
出来ることであれば、もう少し、ほんのもう少しだけ一緒に居たかったんだけど――ごめんなさい。
生きて帰えられなくて――ごめんなさい。
最初に出会ったときは不思議な少女だと思った。
付いていったワタシもワタシだけど、いきなりホテルへ連れ込まれて、怪しい儀式をさせる少女。
その後、嫌いな鏡を渡された。
今までは自分の眼が好きじゃなかった。
忌み嫌われる紅い瞳の眼。
だから、その時も鏡を覗くのに抵抗があった。
でも、そこに映っていたのは忌み嫌われる瞳の少女ではなく、どこにでもいるような翠眼の瞳をした少女だった。
……この時からこの人に付いていこうと、一生を捧げようと、決めたんだったね。
ウルバスの構成員にいちゃもんをつけられたときも、身を挺して守ってくれた。
お金のこともそうだけど、大の大人にも負けないその強さが、かっこ良かった。
姉さんに選択を迫られたときも、最初から答えは決まっていた。
自分に力が有っても、無くても、付いていきたい。
そう思っていた。
でも、姉さんは魔法が使えるということを明かしてくれて、魔眼の能力についても教えてくれた。
……一緒に付いていくための、能力を授けてくれたんだ。
姉さんはワタシ自身の能力だと言ってくれたけど、間違いなく姉さんのおかげだよ。
姉さんから両親が死に、一人ぼっちになったと聞いた。
申し訳ない気持ちとは裏腹に、少し嬉しくなった自分がいる。……姉さん、ごめんなさい。
でも、ワタシは二人きりの姉妹と言われて、嬉しかったです。
いろいろと魔眼の能力について教えてくれる姉さん。
少しでも早く姉さんの役に立ちたい。
その気持ちを糧に次々と習得していく能力。
姉さんが呆れているが、ワタシにはまだ力が足りない。
もっと、もっと、力を――。
油断した……。
個人識別カードを取るための鉄道移動中、さらわれてしまった。
あの時のワタシは変わらず無力だった。
姉さんに迷惑をかけてしまった。
でも、助けてくれた姉さんはやっぱりカッコ良かった。
こんな時でさえ嬉しくなってしまった。
ご飯を食べ過ぎて呆れられたこともあったな。
控えようかと思ったこともある。
でも……ワタシが食べている姿を、姉さんはいつも微笑みながら、愛しく見ていたんだよ。
その姉さんの気持ちが嬉しかった。
一緒にお風呂へ入る時は恥ずかしがる姉さん。
嫌だと言われるも、なんだかんだ言ってワタシのお願いを聞いてくれる姉さん。
口にはできないけど、すべすべつるつるふにふにの姉さんは抱き心地が最高だった。
一緒に寝るときは天国と地獄だった。
何が地獄かは言えない……。
コレばっかりはワタシもお墓にまで持っていかなければならないと思った。
初めて自分の力で敵を制した。
フードコートでの出来事であった。
その後、姉さんと鬼ごっこという名の模擬戦を行った。
姉さんの動きが詠める。わかる。ゆっくりと流れる。
この能力なら、きっと姉さんと同じ場所に――。
って、さすがに魔法は勘弁してください……。
その頃から姉さんの表情が時たま強ばる時があった。
きっと、南にあると言われている傭兵組織。
もし、姉さんが行動に移すとき、ワタシも付いていくつもりだ。
だから、早く、もっと力を付けなければ……。
また、やってしまった……。
姉さんの力になるため、認められるために、張り切りすぎてしまった。
大切な姉さんの身体に傷を付けてしまった……。
姉さんは気にしていないようだったけど、気を付けなければ。
反面、やっと、ワタシにも戦える力が付いてきたと、少し嬉しくなった。
姉さんに見つめられた。
……そんな生やさしい視線じゃなくて、久し振りに死の危険を感じる視線だったけど……。
それでも、ワタシの想いが伝わったことに嬉しく思う。
姉さんは巻き込まれ体質?
本人は違うと言っていたけど、それにしてはいろいろと巻き込まれている。
銀行強盗の時に初めて姉さんの力になれた。
火事の時にも役に立てた。
やっと、やっと、姉さんの力になれる。
遠かったその背中に少し追いつけたような気がする。
ついに、乗り込むことになった。
あの、傭兵――テロ組織へと。
楽観的に考えていたつもりはない。
それでも、やっぱり、数の暴力は手強かった。
姉さんの力も借りながらも、順調に突き進む。
魔眼の能力をいくつも併用し、自分にも自信が付いてきた。
……ワタシは姉さんと同じ場所に立つことが出来たのかな。
そう、思ったのも束の間……やってしまった。
走馬灯のように、姉さんと出会ってからのことが目の前を流れていく。
……ふぅ。少しは、恩返しが、できたかな。
短い間だったけど、楽しかった、です。
先に向こうで、待っています、ね――。
暖かい――。
そのまま意識が遠くなっていく――。
「姉さん――愛して、います」




