172 戦争を止めるための戦争
「……姉さん。ここはちょっと面倒です」
通路も半ばへと進んだところで、カレンがそう声をかけてくる。
「と、言うと?」
「待ち伏せしている兵士たちが爆弾のような、ミサイルのような物を持っています」
あー、今までの銃じゃ効果が無いと気づいたか。
さすがに爆弾となると、まとめて吹き飛ばされるだろうしなぁ。
どうしたものか。
「とりあえず炎弾撃ち込んでおく?」
「それはそれで一つのやり方ではありますが……」
カレンが呆れた顔で見てくる。
そうは言ってもどうするか。
普通に突撃するかなぁ。
そんなことを考えていると――。
「姉さんっ!」
カレンが叫び、腕を引いて身体を寄せてくる。
――っ、反射的に障壁を張り、衝撃に備える。
直後、破裂音と目を覆うような閃光で視界が奪われる。
なっ――、目潰しか!
すぐに治癒魔法をかけたが、奪われた視力はなかなか戻らない。
そうこうしているうちに周囲が騒がしくなってきた。
「姉さん! こっち!」
カレンに引っ張られ、走り出す。
カレンは視えているのか――。さすが魔眼。
銃撃音と悲鳴が聞こえる中、カレンに引かれるままその場を離れる。
「ふぅ、ここまで来れば、いったんは大丈夫でしょう」
カレンが足を止め、そう漏らす。
うぅ、まだ目がしばしばする。
「カレンに助けてもらってばかりだね。ありがとう」
「ふふっ、お役に立ててよかったです。それと、姉さん」
「ん?」
カレンの紅い眼を覗き込むと、先ほどの映像が流れてくる。
光に覆われたあと、通路から数人の兵士が飛び出し、カレンが操作している兵士たちに銃弾を撃ち込んでいた。
その後、カレンがその場を離れるまで、殿としての役割を果たしていた。
だから、いま周囲には誰もいないのか。
ここは、食堂の奥かな?
ひとまず難は逃れられたようだけど、どうしようか。
カレンの遠視と透視でちょっと調べてもらうか。
……カレンに頼ってばかりだな。
「ふふっ、いいんですよ。姉さんのために尽くすことがワタシの喜びなんですから」
……うん、いい子だよね。ほんと。
ちょっと重たいけど、まぁ、大丈夫だ、うん。
「それで、周囲の状況ですが、食堂に逃げ込んだことはバレているようで、包囲されつつあります」
うっ……それはマズいのでは?
「いくら魔法と魔眼で優位とはいえ、この数ではなかなか……。押し切られるかもしれません」
「カレンさん。そんな悠長なこと言っていて大丈夫なのですかね」
さすがに数の暴力には勝てないよ。
「ふふっ、任せてください。操視にも慣れてきたので、一人ぐらいであれば、かなり離れていても大丈夫です」
え? そうなの? 確かに、十人まとめて操作する魔力があるなら、遠視と透視を併用しながら操視を使うことぐらいできるのか。
それはそれで恐ろしい力だな。
「それじゃあ、えぇと……この人に決めました」
そう言って、魔眼を利用して私に映像を伝えてくる。
……カレンさん? 戦争を止めに来たのに、戦争でもするのですか?
「姉さん、耳を塞いでいてください」
この後の展開を想像して耳を塞ぎ、頭を下げる。
「さーん、にー、いーち……えいっ」
可愛い掛け声とともに爆音が聞こえ、地震のような振動が身体を襲う。
「次弾装填……っと、もう一回いきますよー……えいっ」
再びの爆音と、天井からパラパラと降ってくる何かの破片。
カレンが操視しているのは戦車の撃つ人――砲手、敵陣のど真ん中に砲撃しているのだろう。
うん、さすがに戦車の砲撃を間近で受けるもんじゃないわ。
「あ、取り押さえられちゃいました。……仕方がないですね 。次は、と」
カレンがそう言った数秒後、外で破裂音が立て続けに聞こえてきた。
鳴り止まない破裂音を不思議に思いつつカレンを見ると、眼の合ったカレンから外の風景が伝わってくる。
……兵士がみんな手榴弾を投げているんだけど。
密集している個所に……。
そっと、目を閉じて、破裂音が収まるのを待つ。
「よし。だいぶ減りましたからそろそろ先へ進みましょうか」
「そう、だね。ところで、魔力の残りは大丈夫なの?」
相当魔眼を酷使しているけど大丈夫か?
「うーん、なんとなくですが、八割ぐらいは残っているんじゃないかと。いまいち減っているのに実感が持てていないですが」
どんだけだよ。
まぁ、もう、あまり気にしない。
カレンが歩きだそうとし立ち上がる。
「あ、ちょっと待ってね」
フードの頭や肩に砂埃がかかっていたから払ってやる。
「えへへ、ありがとうございます」
こんな時でさえ笑顔を見せるカレンは、度肝が据わっているんだなぁ、と思う。
カレンに引き連れられ食堂から先ほどの十字路まで一旦戻る。
先ほどの戦闘でか、さらに兵士たちの死体が増えていた。
十字路を事務所棟に向かって進む。
先頭は私。
カレンが詠視で先詠みしているから、出会い頭に奇襲されることもないと思うけど、姉としてここは守ってやらないとね。
「あ、姉さん。その先の角で待ち伏せされているので、始末しちゃいますね」
「…………」
姉としての威厳が……。
まぁ、好きなようにやらせよう。
サクッと待ち伏せを突破し、そのまま進むと事務所らしきところに出てきたが、人の気配が無かった。
非戦闘員ぐらいいるものかと思ったけど、傭兵組織であれば全員戦闘参加なのかな。
そんなことを考えながら事務所の中を突っ切っていく。
「そろそろ外の建物が終わって、山の中に入りそうですね」
周囲をキョロキョロ見回していたカレンがそう伝えてくる。
「人があまりいないけど、どこかに集まっているの?」
「えぇ、この先でみんな待ち構えているようです。武器庫も兼ねているからでしょうね。ある程度ワタシたちの目的も悟られたようですし」
なるほど、この傭兵組織を襲撃した理由もバレているわけか。
それなら目的地で籠城した方がいいのだろうね。
「操視の効果範囲まで近づいたら、中からかき回していきます」
うん。その方が安全に対処できるね。
籠城戦では内部から崩すのがセオリーだろうし。
「カレンのおかげでだいぶ順調に進んでいる」
「えへへ」
フードの中で嬉しそうに、はにかんでいるカレン。
今まで役に立てないことを歯痒く思っていたのだろうけど、この表情は自信に溢れているように見える。
こんな時でさえ、こういう機会があってよかったなって思える。
「姉さん。そろそろですね」
「っと、中はどんな感じ?」
通路の十数メートル手前で止まり、カレンがそう告げてくる。
「バリケードを作り、複数の兵士が散らばっていますね。とりあえず近くの兵士からやっていきますよ」
そう言ってカレンが魔眼へ魔力を注ぎ出す。
少しすると、通路の向こう側から銃撃音や怒声が聞こえてきた。
「むぅ、対応が早いなぁ。つぎ――」
一瞬銃撃がやんだが、間髪入れず再び銃声が響いてきた。
再び銃声が止み、また再開し、すぐに止む。
相手に操られていることがバレたのか。
カレンの表情から、操作された兵士になんらかの処置が施されているように思える。
「まどろっこしいなぁ……こうなったら――」
数回繰り返したところでカレンがポツリとこぼす。
間欠的に聞こえてきた銃声が途切れ、無音の状態が少し続いたかと思うと、お腹に響くような爆発音が聞こえてきた。
「……カレン?」
「あ、ミサイルみたいたの見つけましたから撃ってます」
カレンから魔眼を通して中の状況が伝わってくる。
……カレンさん。それは歩兵用の対戦車砲ですよ。
なんてものを撃ってるんだよ。
その後も複数回の爆発音が聞こえてきた。
……これ、建物とか大丈夫か?
パラパラとかけらが降ってくる天井を眺めながらそう思う。
「入り口付近は制圧完了ですね。進みましょうか」
そう言って立ち上がるカレン。
置いていかれないよう慌てて付いていく。
「うわぁ……」
カレンに付いて通路を抜けると、そこは凄惨な状態だった。
バリケードなんてものは跡形もなく吹き飛び、原形を留めていない兵士たちがそこら中に転がり、何かが燻っている。
私たちは戦争を止めに来たんだよね?
戦争をしに来たんじゃないんだよね?
私の思いとは裏腹にカレンはその状況を気にも止めず先へと進む。
倉庫のような場所になっており、転がっている兵士だったものを飛び越え奥へと進んでいく。
「あ、生き残り」
カレンがポツリとつぶやき、物陰から一人の兵士が出てくる。
……ご愁傷様。
あまりな惨状に心の中で合掌する。
その兵士は当然カレンに操作されており、何も言葉を発することなく、私たちを先導して進む。
入ってきた倉庫のような所は武器弾薬の保管庫か。
高い天井に、その天井付近まで積み上げられた棚に武器やその弾薬が所せましと積まれている。
「……カレン?」
周囲を見回しながら進んでいたが、カレンが倉庫の中ほどで足を止める。
「何か……違和感が……」
先導していた兵士が振り返り、カレンの前でひざまずく。
その視線はカレンを捉えており、言葉を発せていないが、恐怖の色に染まっているのがわかる。
カレンは……兵士の思考を読み取っているのか。
「――っ、姉さん! 罠です!」
カレンがそう叫ぶと、室内に音と光と振動が溢れかえった。
咄嗟にカレンの手を引き抱き締める。
ちっ――、障壁で耐えきれるか――!
衝撃と熱風が身体を覆い尽くす。
カレンの声は聞こえない。
建物が衝撃に耐えきれず崩れてくる。
カレンだけでも、せめて――!




