168 少女の気持ち
「建物に屋上があってよかったね」
ここからなら屋上伝いに逃げられる。
上空に報道のヘリが飛んでいるのがちょっと気になるが。
まぁ、路地裏に入ってしまえば撒けるだろう。
「……姉さん、いつもこんなことをやっているのですか?」
「たまにね。さすがにいつもじゃないよ」
カレンが珍しくため息をついているが、どうやら呆れているだけのようだ。
「先に私が飛び移るからあとに付いてきて。ちゃんと受け止めてあげるから」
「はぁ、わかりました。ちゃんと受け止めてくださいよ」
渋々といった感じでうなずくカレン。
アウルの場合は散々渋っていたけど、意外と肝が据わっているのかな?
「追っ手が来る前にささっと行こうか」
カレンの返事を待つことなく、隣のビルへと飛び移る。
アウルの時の反省を生かし、あまり離れていないビルを選ぶ。
そのまま難なく着地しカレンを手招きで呼ぶ 。
カレンは軽く助走をつけながら躊躇なく跳んだ。
風魔法で追い風を作り、上昇気流を発生させる。
普通に跳んだだけではありえない距離を飛び越え――私の胸へと飛び込んでくる。
「よっ……と、大丈夫かな?」
抱きついたカレンは背中へ腕を回し、密着するよう身体をくっ付けてくる。
「あ、コラ。そういうことは帰ってからにしなさい」
「頑張ったご褒美が欲しいのです」
「あー、わかったわかった。帰ってからね」
引っ付いたカレンを引っぺがし、次のビルへと向かう。
その後も何度かビルを渡り、路地裏へと飛び降りる。
路地裏でフード付きのコートは仕舞い、何食わぬ顔で表通りへと戻った。
「いい時間だし、そのままお昼ご飯へ行こうか」
「いいんですけど、ワタシたち焦げ臭いですよ?」
うっ……。確かに。
自分じゃあまり気がつかなかったけど、言われればそうだよね。
あれだけの煙に巻かれたんだから、そりゃそうか。
「……フードコートなら行けるかな」
別に、臭いがしていたらフードコートが大丈夫というわけではなく、オープンな環境だから臭いがこもらないだろう、という判断だ。
あまりノンビリしていると、ハラペコカレンが出現してしまうから急がないと。
「姉さんが失礼なことを考えている」
えぇい、心を読むな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなわけでフードコートへやって来た。
一応テラス席を選んで座っている。
周りに迷惑をかけるわけにはいかないし。
さて、今日のメニューは何かな。
いつもは自分で選ぶんだけど、今回はカレンに全て任せている。
カレンのことだから私の心を読んで、当たり障りの無いものを注文するだろうし。
っと、噂をすれば――。
「お待たせしました」
手始めにハンバーガーの山と大盛りサラダ。
「姉さん、サッパリしたそうだったので最初はサラダにしました」
まぁ、あれだけ焦げ臭いところにいたんだしね。
それより、あのあとによくハンバーガー食べられるね。
「それはそれ、これはこれ、ですから」
取り分けてもらったサラダから口に運ぶ。
カレンは始めからハンバーガーにかぶりついた。
「あの、一応女の子なんですから、かぶりついたというのはちょっと……」
心を読むな。
サラダを食べながら順調に減っていく山を眺める。
「…………」
ここまで美味しそうに食べるカレンを見ていると、私も欲しくなるな。
「あ、姉さんのも余分にありますので、お好きな物どうぞ」
……読まれているけど、これは魔眼の能力じゃないな?
私がただ単に単純なだけか……。
小さくため息をつき、カレンに進められるまま、遠慮なく目の前の山から一つもらう。
今日は結局ハンバーガーだけとなったな。
「少しのんびりしたいけど、日が沈む前に向かいたいから、今からでも大丈夫かな?」
カレンにそう声をかけると特に問題は無いようだった。
本当は夜闇に紛れて侵入した方がいいんだろうけど、この世界じゃ暗闇だからといって有利に働くものでもない。
それよりかは自分たちの動きやすいように動いた方がいいだろう。
そういうわけで、南に向かうための足を探す。
無難にタクシーかな。
傭兵組織まで向かってくれる車がいるかどうかわからないけど。
表通りに出て、その辺のタクシーを捕まえて聞いてみる。
あまりいい噂を聞かないからか、南に向かいたいと伝えると、みんな難色を示してきた。
まぁ、そりゃそうか。
そうは思っても諦めずに声をかけ続けると、一台だけ近くまで連れて行ってくれる車を見つけた。
「イイヨ、イクヨ」
……あれ? どこかで見たような運転手さんだけど……。
どこで出会ったか思い出せないけど、連れて行ってくれると言うなら是非お願いしよう。
車で向かうと片道一時間ぐらいかな?
帰りもどうしようかと思ったけど、人のいい運転手さんで、迎えにも来てくれるという。
おぉ、いい運転手さんだね。
こういう運転手さんにはチップを弾もう。
何とか往復の足を確保した私たちは向かっているタクシーの中で一息入れる。
カレンは私の膝に頭を置いて休んでいる。
「姉さんの匂い……」とか言っているけど私もカレンも焦げ臭いからね。
あ……、車の中に臭いが付いちゃうかな。
ごめんね、運転手さん。チップ弾むから許して。
カレンの頭を撫でながら窓の外を眺める。
最初は近代的な街並みだったけど、住宅街に変わり、田畑へと変化し、緑生い茂る草原を越え、荒れた大地へと変わってきた。
かろうじて道と呼ばれる物があるぐらいか。
車の揺れも激しく、普通に酔いそうだな。
カレンは大丈夫かな?
そう思い、表情を覗き込むと、念視で『大丈夫ですよ』と伝わってきた。
ふむ。
『普通に会話できそう?』
『できますよ。さっきから姉さんの独り言がダダ漏れですし』
独り言……って、口にしなくても独り言なのか。
それよりダダ漏れっていつから漏れていたんだよ。
『姉さん』
『ん?』
『ありがとうございます』
下から見上げるようにカレンが見つめてくる。
……なんのことだか。
『ワタシにこの能力を与えてくれたことです』
『……あなたが選んだ道だからね。能力を与える変わりに、あなたも私と同じ世界へ踏み込むことになった。さっきみたいに血生臭いことも、これから起こる残虐なことも、平和な日常からかけ離れてしまった。戻りたくても……もう、戻れない』
カレンが目をつむる。
その状態でも頭の中に――心に、カレンの言葉が、想いが流れ込んでくる。
『ワタシは、姉さんと共にいます。そこが、例え残酷な地獄の底だとしても。それが、ワタシの望みですから』
……私には理解ができない。
この平和な世の中に、敢えて棘の道を歩む意味が。
『ふふふ、姉さんには難しかったですかね。人の気持ちというものは、人が思っているよりも理解し難いものなんですよ』
珍しくカレンが笑う。
確かに私は人の気持ちや想いに疎い部分がある。
最近は少しずつわかってきたこともあるけど、カレンからしたらまだまだなんだろうな。
『これから一緒に学んでいきましょう。ワタシと姉さんと二人で』
『……そうだね。そのためには、まずは生きて帰ろう』
『えぇ、二人で必ず』
走り続ける車の中で、カレンのサラサラとした髪を撫でる。
この先に困難な道が待ち構えていようとも、二人できっと乗り越えて行こう。




