165 〔覚悟を決める少女〕
ここのところ、いろいろと慌ただしくなってきた。
いや、表面上はいつもと変わらず平和そのものであるが、水面下では着々と戦争の準備が進んでいるらしい。
リーネルンがその事に気が付いたのはヘルトレダ国でテロ行為が行われたからだ。
初めは自国――ロフェメル国が仕掛けたのかと疑った。
自分の所属している国がそんな卑劣な行為に手を染めたのか、一瞬だけ疑いの目を向けてしまったが、調べてみるとヘルトレダ国の自作自演ということがわかった。
(なんのためにそんなことを……って、そうか)
自分自身も惑わされたように、一般市民は当然ながら表の情報だけで物事を判断する。
そうすると、今の状況はまずい。
仮に戦争が起きた場合、ヘルトレダ国に大義名分を与え、攻め入る理由になる。
(これをなんとかするには……やはり、首都サラウルに行き直接干渉するしかないか……)
あまり気乗りしないのか、ため息をつきながら目先の予定を確認するリーネルン。
(行くとしたら……明日か)
招集の要請もあったため、もともとサラウルには行くつもりであった。それが早まっただけである。
朝から出れば昼過ぎには着けるだろう。
(とりあえずコトミの無事は確認しておくかな)
テロ現場の状況はすでに把握しており、コトミに被害が出ていないことも確認済みである。
それでも大事な友人の声を聞くまでは安心できない。
リーネルンはそう思い、スマートフォンを手に取った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ……」
電話を切ったリーネルンは小さくため息をついた。
両親の動向を調査する傍らに、隣国――ヘルトレダ国の動向についても調べており、コトミとの話についても裏付けを取っていたところである。
(コトミは何も言わなかったけど、銀行強盗と爆弾テロに巻き込まれている。まったく、相変わらず巻き込まれ体質なんだから)
リーネルンは呆れながらも、コトミが無事だったことに安堵した。
(でも、このままじゃいずれ被害に遭うかもしれない。早急に手を打たなければ……。だけど……)
コトミはヘルトレダ国で個人識別カードの発行を待っているらしい。
そんなことより自分の命が大事なものではあるが、コトミに助けられているリーネルンは、コトミが他者を助けていることに対して何も言えないでいた。
そんな心優しいコトミにリーネルンも惹かれていたからである。
(このタイミングで首都に呼ばれたということは、やはり大詰めの状況か。情報収集が目的というよりかは、戦争を想定しての招集かもしれない)
十歳の子供に何ができるか。
普通はそう思うだろうが、リーネルンはペルシェール家の中でもっとも優秀なエージェントである。
それこそ、両親のレンツやバーデルさえも凌駕するような能力の持ち主である。
(明日の朝には出発できるよう準備しないと。アウルとルチアは連れて行くとして……)
つい最近護衛となった二人のことを思い浮かべる。
自分一人では対処しきれない事態となっても、あの二人がいればなんとでもなる。
「……ワタシも頑張らなきゃな」
リーネルンは覚悟を決めた。
どんな結果になろうとも、自分の悔いが無いようにやっていこう、と。
「さて、そうと決まったら――アウル、ルチア」
「「――っ!」」
休憩ということでソファーに座っていた二人は、リーネルンの一言で緊張が走る。
リーネルンがコトミと電話するときは静かにしておかなければならない。
アウルとルチアの二人にとって、それは暗黙の了承となっており、なるべく息を殺して待っていたのだ。
それが、不穏な空気のまま、いきなり名前を呼ばれたのである。
ビックリするのも仕方がない。仕方がないことであった。
「明日、首都のサラウルに行くよ。朝には出発するから今日中に準備ね」
幸いにもリーネルンには気づかれていないようである。あえてスルーされただけなのかもしれないが……。
「「サラウル?」」
二人から疑問の声が上がる。
ここ最近、リーネルンが忙しくしていることもあって、この二人とあまり会話ができていない。
そのため、いきなり首都サラウルに行くと言われても困惑するだけである。
「あぁ、ゴメンね。説明しようか」
リーネルンは目の前のパソコンを閉じ、あらためて二人へと説明する。
首都サラウルへ行くことが決まったのであれば、どういう状況となっているか、直接この眼で見た方が早い。
いまさらドタバタとしても仕方がないのである。
「――というわけでね、サラウルへ行くことになったの」
リーネルンはここ数日起きていたことについて説明した。
招集の連絡があったのは二日前のこと。
いくら連絡を取ろうと思っていても、監視の目が厳しかったからか両親が電話に出ることはなかった。
それが何か動きがあったのか、二日前にいきなり電話がかかってきたのである。
電話をかけてきたのは両親ではなく、本局の関係者だったが――。
両親ではなく、なぜ本局関係者から?
疑問に思うことは多数あったが、両親との連絡が付かない以上仕方がない。
リーネルンはそう思いながらもその電話の招集に応じたのである。
リーネルンは思った。戦争が始まる――と。
事の発端は、隣国であるヘルトレダ国からの諜報員が、この国の情報網に引っ掛かったことから始まった。
ただ単に情報収集だけやっていれば問題なかったのであろうが――それはそれで問題なのだが――、こともあろうことか自国の国民に手を出した。それも国絡みでだ。
そうなっては傍観を決め込んでいたこの国、ロフェメル国も黙っていない。
表だっての行動は控えているが、同じく諜報員を送り込み、情報収集及び交渉の材料となるネタを探りに入った。
それがカンに障ったのか、さらに過激な手段で対抗してきたのがつい最近のこと。
(フェリサの誘拐未遂に、ワタシへの襲撃、飛行機の迎撃。全て繋がっているってことか)
テロ行為も全て国絡みであれば納得がいく。
(納得はするが、やるせないこの気持ちはどうしようもないね)
本局からの用件はリーネルンの力を貸して欲しいということ。
いつものことだから、そのことに関しては問題ない。
ただ、いつもと違うことは――。
(コトミ・アオツキも連れて来い、って明らかに何か企んでる)
電話をかけてきた相手も隠すつもりがないのか含みを持たせた言い方であった。
まるで、わかる者にはわかる、そんな言い方で。
(とりあえず行ってみればわかるか。コトミは……居なくても仕方がない。というより、本局もコトミが居ないことは把握しているんじゃないの?)
疑問はつきないが、考えるだけ無駄か。
リーネルンはそう結論づけ、考えることはやめた。
良くも悪くも明日になればわかる。
これから恐らく忙しくなる。
最後の休息だと思い、今この時ばかりは周りの友人たちと笑っていよう。
そう思うリーネルンであった。




