159 命を脅かすもの
「それじゃ、試してみようか」
そう言ってカレンにやり方を説明する。
さっきは自分の意思を――言葉を相手の意識へ干渉させたけど、今度は相手の意思そのものへと干渉させる。
具体的には、相手に言葉を届けるのではなく、相手の眼を介し、相手の意思を掴み取る。
先ほどと同じように、カレンの瞳をのぞき込む。
爛々と輝く魔眼が、普段よりも力強く光を放つ。
この能力には相当量の魔力が必要となってくる。
カレンは魔力が多いようだけど……発動するか?
見つめ合って数秒、カレンの意思が流れ込んできた。
先ほどの言葉を届けた意思とは違い、明確な意識を持ったそれは心だけに留まらず、全身を駆け巡るように行き渡る。
……発動した。
そう思った瞬間、身体が硬直したかのように固まる。
――っ、強い……。
魔眼による拘束を受けたのは初めてだけど、これは明らかに強過ぎる。
この能力は身体の動きを阻害する程度でも十分である。
相手に戦意が無い場合などは身体を操ることも可能だが、直接生命を脅かすことはできない。
そう――人間にとって重要な器官、肺や心臓を直接止めることなんて、できない、はずである。
「カ、レ……ン」
「姉さんっ!?」
呼吸、が……。
カレンはすぐに魔眼を鎮めたが、一度発動した能力は収まらず、非情にも命を刈り取りにやって来る。
ちっ……仕方がない。
指一本まともに動かせない中、魔力を練る。
逆手に握っていたペティナイフ。
威力を極々最小に絞った風槌を手首に向けて真下へ放つ。
その手はナイフ諸共、私の足――太ももに深々と突き刺さる。
「――ったあぁぁいっっ!」
なんとか動くようになった身体で、すかさずナイフを引き抜く。
やりすぎたぁぁ! 治癒魔法〜っ!
「ね、姉さんっ! 大丈夫ですかぁ!?」
カレンが叫びながら私のスカートを勢いよくめくり上げる。
「ちょっ! なにすんの!?」
「け、怪我の確認ですよ! ち、血が……あれ?」
「も、もう治したよっ」
噴き出た血でスカートが大変なことになっているが、足の怪我はすぐ治した。だって痛いし……。
「……と、いうわけで、スカート下ろしてくれる?」
いまだ、太ももを凝視しているカレンに声をかける。
「も、もう少し……ひっ!」
魔力を練ったところ、何かを察したカレンは飛び退くように後退る。
「……そんなことで魔法を使おうとしないでくださいよぉ」
眉をハの字にしながら懇願してくるカレン。
「余計なことするからでしょ。それより、汚れちゃったから着替えたいんだけど」
「あ、タオル持ってきますね」
そう言ってカレンは洗面所へ駆けていく。
このスカートも穴が空いちゃったから、もう着られないな……。
幸いにも量販店で買ったスカートだから惜しくはない。
着替えも少ないし、明日買いに行くか。
「姉さん、タオルです。拭いてあげますね」
「……変なところ触らないでよ?」
「わ、わかってますよぉ」
視線を合わせずにそう答えるカレン。
はぁ、魔眼の話をしたいんだけど、そんな雰囲気でもないか。
温められた濡れタオルが太ももを優しく撫でる。
その感触が気持ちよく、しばらくカレンの手を目で追いかける。
「ふふ、姉さん。気持ちいいですか?」
「……ん。悪く、ないかな」
あまり調子乗らせるわけにもいかないから、曖昧にそう答えておく。
「……さっきはごめんなさい。ワタシのせいで姉さんが……」
視線を落としたまま、カレンがポツリとつぶやく。
「あぁ……大丈夫だよ。まだ慣れていないんだし。それより私の方こそゴメンね。調整の難しい能力だってことは知っていたんだから、もっと慎重になればよかったね」
「そ、そんな。姉さんは悪くないです。ワタシが……姉さんに認められたくて……魔力を注ぎ過ぎてしまって……」
一瞬顔を上げたカレンであるが、後半は聞こえなくなるほど、小さな声だった。
「大丈夫だよ。カレンが頑張っていることは私が一番よく知っている。私のために尽くそうと一生懸命なのもね。だから、落ち込まないで」
床に座っているカレンの頭を撫でる。
「姉さん……」
そのまましばらく、カレンの頭を撫でながらキレイにしてもらう。
「うん。もう、いいかな。ありがと、カレン」
「はいっ。あ、姉さん、下着も血で汚れて……。脱がしますね――っ、て、魔法を使わないでくださいよぉ」
まだ使ってないよ。
それより、やっぱり残念な子ではあったか。
服と下着を替え、もう一度魔眼について試そうとしたとき、時報が鳴った。
「……ちょっと早いけど夜ご飯に行こうか」
「…………」
さすがにちょっと恥ずかしいからか、無言でうなずくカレン。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今日はどうしたものかな、と思っていたらカレンが教えてもらったお店があるとのこと。
いつの間にと思ったら、ホテルクラークの人に何店か聞いていたみたい。
さすがだね。それじゃ、そこに行こうか。
同じお店でもいいけど、五日間はさすがに飽きそうだし。
カレンに案内されるがままホテルを出て数分歩く。
到着したお店はシックな雰囲気のお店だった。
外見からは何の料理屋かわからないね。
昨日の件を学習し、カレンを先頭にお店へ入る。
悔しいが、コレばっかりは勝負にならない。
「何度もいいますが、そんなにいいものでもないですからね……」
カレンのぼやきはスルー。
「いらっしゃい。二人、かな? どうぞ」
出迎えてくれたのは渋いおじさん。
料理屋というよりはバーに近いのかな?
それでも明らかな未成年を受け入れてくれたということは、ご飯ぐらい食べられるのだろう。
「メニューがこちら。飲み物は……ジュースがこのページだね。あとは壁に今日のオススメがあるよ」
席に案内されてウェイターさんからそう説明を受ける。
「カレンは何が食べたい? たまには自分で選んでよ」
いつもは私が適当に選んでいるけど、これからはカレンにもいろいろと決めてもらうことにした。
いつまでも私に依存してちゃダメだからね。
「うっ……それじゃあ……」
私の視線の意味を感じ取ったのか、言葉を詰まらせながらも、メニューとにらめっこする。
しばし、悩んでいたカレンだが意を決し、ウェイターさんへ声をかける。
基本のサラダ、スープに始まり、フィッシュチップスなど揚げ物数点、ステーキやソーセージの肉料理に、ピザやパスタの主食、それとデザート……。
「……以上、お一つずつ、でよろしいでしょうか」
ウェイターさんはどこか挙動不審で注文を繰り返している。
前を見るとカレンがメニューから目だけを出してこちらを見てきた。
「……二つずつ、お願いします」
「…………」
ウェイターさんは無言で去って行ったけど、カレンはあからさまに機嫌が良くなったな。
お店の人には申し訳ない。
まぁ、こんなバーのようなところで食事を四人前近く注文したら迷惑か。
チップを多めに弾んでおこう……。
いつもどおり、目の前の光景を眺める。
奥ばった席だから他のお客さんには見えづらいけど、それでもやはり目立つ。
カウンターのお客さんとかチラチラ見てきているし、ウェイターさんも近くを通る度に異様な減り方に驚いているように感じる。
……慣れるしかないか。
「……ごちそうさま、でした」
今日もいっぱい食べたな……。
心なしかウェイターさんが疲れ切った顔をしているけど、気のせいだろう、きっと。
「食後の紅茶、いる?」
バーにそんなものあるのか、と思ったら意外とあったんだよね。
軽食も食べられるお店だからだろう。
軽食のはずなのに、今夜は重かったけど……。
小さくうなずくカレンを横目にウェイターさんへ紅茶をお願いする。
まぁ、いつものことだ。気にしない気にしない。




