154 気遣い上手な少女
お風呂から上がり、私とカレンは子供サイズの寝間着に身を包んでいる。
まぁ、それ自体は特に問題ないのだが……。
「……この寝間着、絶対カレンが選んだでしょ」
「そんなことないですよ。きっと、ホテルに備え付けられた服でしょう」
そんなわけあるか。
どこのホテルにヒラヒラフリフリの薄々な子供服があるか。
恥ずかしい服ではあるが、代わりの寝間着がないため仕方がなく袖を通す。
今度から自分でホテル探そうかなぁ……。
小さくため息をつきながら本気でそう思う。
「姉さん、髪の毛乾かしますよ」
「…………」
リンちゃんと同じことを言うな……。
断れないあたり、私も染まってしまっているのかもしれない。
『元気〜?』
スマホのスピーカーからリンちゃんの明るい声が聞こえる。
「まぁ、元気は元気だけどね……」
『どうしたの? なんか歯切れが悪いみたいだけど』
さすがにカレンの愛が重たいとかは言えない……。
そのカレンはホテルの窓から夜景を眺めている。
首都なだけあって、そこそこのホテルでも夜景が見られる部屋もある。
でも、カレンは夜景を楽しんでいると言うより……。
「むむむ……、これぐらいが限界かな……。もう少し練習しないと……」
魔眼を使っていろいろと見ているようだ。
この子も頑張り屋さんだね。
頑張る理由が『私のため』、というのさえなければいいんだけど……。
でも、まぁ、さっき身体を張ったかいがあったかな……。
『コトミ? 大丈夫?』
「あぁ……うん、大丈夫。まだ頑張れるよ……」
『本当に大丈夫? 問題が起きていなければいいんだけど……』
心配させてしまった。
「あぁ、ごめんね。ちょっと疲れちゃったけど大丈夫だから」
『コトミ……。やっぱり、ご両親のことが……』
いや、違うけど……まぁ、いいや。
「うぅん。ホント大丈夫だから。心配させてごめんね。それより、そっちはどう?」
『えぇと、こっちはね……』
カレンが魔眼の練習をしているあいだ、リンちゃんの状況をいろいろと聞いた。
聞くところによると、リンちゃんのご両親にも動きがあったため、近々ロフェメル国の首都――サラウルの街へ行くことになるらしい。
こんなタイミングで……と、思ったが、幸いにも護衛の二人がいるから、最悪の状況だけは避けられている。
何事もないよう祈るしかない。
早くカレンを連れて戻らないと……。
『そんなわけで、しばらくは連絡もできなくなるかもしれないから、コトミも無茶しないでね?』
「それはこっちのセリフだよ。リンちゃんは命を狙われたこともあるんだから、十分気をつけてよ?」
『ふふふ、そうだね。ワタシもコトミも、また元気で会おう。まだ、コトミの秘密を暴いていないしね』
「いや……それは、ちょっと……」
『ふふふ、冗談だよ。それじゃ、また、ね』
そう別れの挨拶を最後に通話を切った。
嫌な胸騒ぎがする。
今この状況を打破することはできないが、少しでも早くリンちゃんの元へ帰れるよう最善を尽くそう。
とりあえず、グループチャットのアウルに鋭い目つきをしたアイコンを送付する。
ルチアちゃんには普通に癒しアイコンを送付。
間髪を入れず、アウルからは震えているキャラのアイコンが送られてきた。
ルチアちゃんからは、可愛いアイコンが。
ふふ。……二人とも、リンちゃんのこと、頼んだよ。
「姉さん? 電話終わりました? ……なにやっているんですか? 浮気ですか?」
「なにわけのわからないこと言っているのよ……。友達よ友達、今度紹介してあげるから」
眉をハの字に曲げ詰め寄ってくるカレン。
瞳の色はいつもどおりの色へと戻っている。
覗き込むと、言いつけどおり魔眼を少し熾しているようだった。
「偉いね」
「姉さんのためですから。ワタシはなんでもやりますよ」
……まぁ、理由はどうあれ、鍛錬に励むのはいいことだ、うん。
「あ、そういえば夜の街を見ていたのですが」
うん? どうした?
「暗い建物の中でも見えるようになりました」
……マジで?
「それって、新しい能力を習得した、ってことだよね」
「そう……ですかね。たぶん」
この子は、いったいどこまで成長していくのだろうか……。
「その能力は恐らく『眩視』だね。暗いところや明るいところ、霧などで視界が悪いときでも視える能力となるの」
この短時間でいろいろ習得しすぎだろう……。
「もう、いい時間だから、寝ようと思うんだけど……」
「はい、ワタシはいつでも大丈夫ですよ」
ベッドは一つしかないし、一緒に寝るしかないか。
昨日まではなんとも思わなかったのに、今日はなぜか危機感を覚える。
「……なにもしませんよ。姉さんの場合、無理やり何かしようと思っても返り討ちにあいますから」
「なにをわけのわからないこと言っているのよ」
軽くため息をつくも、そのままでいるわけにもいかず、ベッドの中へと潜り込む。
カレンも同じように潜り込み、私へピッタリとくっついてくる。
「寝苦しいんだけど」
「ワタシが寝るまで我慢してください」
「なんでよ……」
本日、何度目かわからないため息をつき、目をつぶる。
これ、寝られるか……?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ん〜〜っ」
目が覚めた。
カーテンの隙間から光が漏れているところを見ると朝なんだろう。
起きて身体を伸ばそうにも動けない。なぜなら――。
「ピッタリとくっついたたまま眠るのって、器用な子だよね」
隣には寝る直前の姿のまま、変わらないカレンが眠っていた。
私も案外眠りづらかったわけでもない。不思議な物だ。
横でスヤスヤと眠っているカレンの顔を覗き込む。
整った顔立ちに長いまつげ、薄いピンクの唇からはリズミカルな吐息が聞こえてくる。
「……ん?」
カレンの頬にあるのは……あざ?
朱のかかった頬の一部に青くなったあざのような物が見える。
「これは……怪我をしている?」
いつの間に……とも思ったけど、とりあえず治癒魔法をかける。
「うん、キレイになった」
先ほどとは打って代わり、キレイな朱色が広がっている。
「うぅ……? ねぇ、さん……?」
「カレン」
薄めを開けて起き出したカレンに詰め寄る。
「ねねね、姉さん……ち、近いです……。その、嬉しいのですが、周りが明るくて……」
「なにわけのわからないことを言っているのよ。それより、頬のあざ。どうしたの? なんで言わないの?」
また、我慢して内緒にしていたのか。
私に心配をかけたくないのだろうけど、せめて教えてほしいと思う。
「…………」
詰め寄られたカレンは伏し目がちに言葉を濁す。
「……私って、そんなに信用ならない?」
「そ、そんなことないです! こ、これは……そ、その……」
目を見開き、訴えるかのように否定するカレン。
いったい何があったんだろうか。
「じ、実は、昨夜ベッドから落ちてしまいまして……。朝起きたら姉さんに言おうと思っていました」
……はい?
「えぇと、そうすると、その時に出来たあざ?」
「そうです、結構痛かったですから……」
カレンの瞳をジッと見つめる。
透き通るような翠眼の瞳の奥、朱色に染まった魔眼が垣間見える。
こんな時でさえ、ちゃんと言ったことを守っているんだね。
「はぁ、わかった。ごめんね、疑っちゃって。他に傷むところはない?」
安堵のため息を漏らすと共に、体調に問題がないか確認する。
「だ、大丈夫です。治癒魔法のおかげで痛みも吹き飛びました」
「そう、よかった。それにしても、ベッドから落ちるとはね。今度からカレンが壁側に寝る?」
「あ、いえ、そうすると姉さんが……」
「ん?」
「あぁ、いえ、なんでもありません。たまにトイレとかで起きることもあるので、できれば壁側じゃない方がいいです」
「んー、そっか。また、変えたくなったら言ってね」
夜に起きている素振りとか無かったけど、そういう事情があるなら仕方がないか。
朝から一悶着あったが、あらためて身体を起こす。
「ん〜〜っ……おはよ、カレン」
「っ、おはようございます。姉さん!」