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153 また洗いっこ

「姉さん、お背中流しますよ」

「…………」


 まぁ、こうなるとは思ったけど……。

 断っても……ムダ、だろうなぁ。


「いいけど、変なところ触ったら容赦しないよ」

「うっ……。だ、大丈夫です……」


 本当かなぁ……。

 疑心暗鬼に(おちい)りながらも背中を任せる。


「頭から洗いますね」


 そう言ってシャンプーを手に取り頭を洗っていく。


「…………」


 ゆっくりと、丁寧に。

 カレンの細い指が髪の毛をすいていく。


「……姉さん」

「んー?」


 優しい洗い方が心地良く、つい気の抜けた返事をする。


「ふふふ……。姉さん、ワタシは幸せです。姉さんと出会い、共に居られることが。もう、死んでもいいと思えるぐらいに」

「……カレン。そう簡単に死ぬなんて言わないでよ」


 大切な人の死なんて、もうこりごりだ。

 いくら死生観がこの世界と違うとはいえ、平気でいられるわけではない。

 ……この世界で、大切な人が増えてしまった。

 テスヴァリルじゃ、多くはいなかったのにね。


「わかっていますよ。姉さんは優しいから、きっとワタシのために涙を流してくれる。悲しんでくれる」


 シャワーで頭を流しながら言葉を続ける。


「だから、死ぬわけにはいかないのです。姉さんに悲しい思いをさせないためにも」

「……わかってるじゃん」

「ふふふ、でも、姉さんの身に危険が迫ったときは、この身を盾にしますからね」

「カレン、それは――」


 ……止めようとも思ったが、やめた。

 いくら止めたところでこの子は聞かないだろうし、本気でやるだろう。

 それであれば、私が万全を期すしか無い。

 万が一にもこの子を危険に晒さないように。

 いま、この場に必要な言葉は――。


「カレン」

「なんでしょうか」


 ちょうどシャワーを止めたタイミングでカレンへと声をかける。


「ありがとう」

「っ……。はいっ」

「でも、私も簡単に死なせはしないからね。生きてさえいれば治してあげるから。それに……これから、一緒に生きて行くんでしょ?」

「……当然です。姉さんのためにも、自分のためにも、簡単には死にません」


 抱き締めるような形で、カレンが首に手を回してくる。


「約束だよ?」

「はいっ。約束、です」


 そのまま、少しの間、カレンの体温を感じる。

 カレンは体温が低い。

 同じ子供なのに、私の方が高いくらいだ。

 ……恐らく、脂肪が多いからであろうが。


「……カレン、当たってるよ?」

「当てているのですよ」

「それ、誰が得するの? 私にとっては嫌がらせにしかならないんだけど……」


 嫌がらせというか、自慢か。くそっ。


「次、お身体流しますね」


 私の(いきどお)りなんて気にすることもなく、ボディソープに手を伸ばす。


「あれ? リンスとトリートメントは?」

「……え?」


 まさか……。


「カレン、前のホテルではどうやって髪の毛洗った?」

「えと……。普通にシャンプーで、ですけど」

「リンスとトリートメントは?」


 鏡越しのカレンは「なんですか? それ?」というような表情をしている。

 はぁ……。仕方がない。

 使い方どころか存在自体を知らなかったカレンにやり方を教える。

 トリートメント無しであの髪艶とは、恐れ入るわ。

 何に(おのの)いているかは謎だけど、言われたとおりのやり方で、私の髪を仕上げていくカレン。


「こんないい物があるんですね」


 浮浪者時代にはそういった物も無かったであろうから、知らないのも無理はないか。


「次こそ、お身体を洗いますね」


 そう言ってボディソープを手に取り泡立てていく。


「失礼します」


 ……やっぱりというか、なんというか。


「……どうして素手なのかな?」

「えと、素肌を堪能――いえ、姉さんの肌を傷つけないための配慮です」

「…………」

「…………」


 はぁ、まぁ、いつものことだからいいんだけどね。


「……前は自分でやるからね」

「……はい」


 少し残念そうではあるが、リンちゃんと違い素直に返事をする。

 それがカレンの良いところか。

 そう思っていたら背中に弾力のある物を感じた。


「……どうして、()()を押しつけているのかな?」

「ワタシも一緒に洗えば効率的に……って、ご、ごめんなさい……」


 手の平に大きな水球を作ると、何かを察したのか飛び退くように離れるカレン。

 ……そういうことに魔眼を使うか。


「はぁ……」


 足下で弾けた水球が勢いよく流れていく。


「姉さんって容赦ないですよね」


 再び背中に手を添えながら、カレンがポツリとつぶやく。


「なに言ってるのよ。十分甘やかしているでしょ」


 この子はどれだけワガママなのか。

 他のことについては聞き分けがいいのに、どうして私のことになると暴走しだすのか。

 はぁ、まったく、悩みの種がつきない。


「姉さん、背中と腕終わりましたよ〜」

「ん、ありがと」


 その他の部分について、手早く洗っていく。


「カレン、寒くない?」


 洗っている私と違い、カレンは待っているだけだ。

 身体が冷えなければいいが……。


「いえ、大丈夫です。寒さなんか気にならないほど、今が幸せです」

「…………」


 人が洗っているところをガン見してくるんだけど……。

 もうやだ……。



「……不本意だけど、カレンも洗ってあげようか?」


 私だけ洗ってもらうのは申し訳ないから、一応聞いてみる。聞く意味ないと思うけど……。


「はいっ。お願いします」


 だよねー……。



「じゃあ、座って」


 カレンをバスチェアへと座らし、まとめ上げている髪の毛をほどく。


「カレンって意外とキレイな髪をしているよね」

「姉さん、意外ってなんですか。意外って」


 後ろからでもわかるほどに、頬を膨らませるカレン。


「いやー、だって、ねぇ。浮浪者だったし、ねぇ」


 ちゃんとお風呂に入りだしてからまだ数日でしょ?

 この短期間でキレイになるもんかな。


「むー、いいじゃないですか。好きな人に好かれるよう努力しているのですから」

「…………」


 今のセリフは聞かなかったことにし、シャンプーを手に取る。

 無視したわけではないが、特にカレンからの追求はなく、そのまま身体を預けられる。

 髪の毛全体にシャンプーが行き届くよう、気をつけながら洗っていく。

 リンちゃんのおかげで、長い髪の毛の手入れもバッチリだね……。

 その後も手早く仕上げていく。


「次は身体を洗うよ」

「あの、姉さん……肌が弱いので、手でお願いできますか?」


 ……うん。知ってた。

 何から何までリンちゃんと同じことを言うカレンに小さくないため息をつく。

 仕方なしにリンちゃんと同じく、ボディソープを手に取り背中へ塗り広げていく。

 出会った頃のカレンは痩せ細っていたけど、今はだいぶ肉付きが良くなってきていた。

 少しずつ健康になっていくカレンを見ると、正直愛おしい気持ちが沸いてくるが……。


「姉さん、前もお願いします。中途半端に洗われると困ります」


 ……こういうのさえ無ければなぁ。


「姉さん、意外と下の方って汗や汚れが溜まるのですよ。しっかり持ち上げて洗ってください」


 うっさいわ! なんだ、自慢か!


「姉さん、もっと下も……」


 もうやだ……。



「カレンってさ、私のことを姉と思っていないでしょ」

「え? そんなことないですよ。尊敬できるお姉様ですよ」

「じゃあ、なんで、いま、この体勢なのよ」


 浴槽は子供二人で入るには十分な広さがある。

 普通であれば隣に並んで入ればいいのだけど……。


「ワタシが足を伸ばしたいから、仕方なしに、です」

「ウソでしょ」


 カレンにもたれかかるよう座る私。

 後頭部に当たる二つの膨らみが非常に腹立たしい。

 カレンの腕が私を包み込むように座っているため、どっちが姉かホントわからない。


「でも、姉さんの温もりが気持ちいいです」


 ……変なのに目覚めないよね。って、もう手遅れですか、そうですか……。


「カレンって体温低いよね」

「そうですか?」

「うん、他の子供たちは体温高いのに、カレンだけ私よりも低い」


 カレンの腕を触りながらそう思う。

 冷たいってわけではないけど、子供特有の暖かさは無い。


「あはは……不摂生な生活を続けていたからですかね……」


 そんなこともあるのか?

 まぁ、別にたいした問題じゃないからいいけど。

 もう、この体勢についての文句を言わない。

 言ってもムダだろうというのは理解しているし。

 本人もご機嫌のようだから、たまには大目に見よう。まったく。

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