150 頑張る少女
『まもなく、ロキシカ〜、ロキシカへ到着します~。お降りのお客様は、ご準備をお願いします~』
ウジウジしているカレンの相手をしていると車室に響き渡るようなアナウンスが流れた。
日は完全に沈んでしまったが、遠くにぼんやりと街の灯りが見える。
「さ、あまりブツブツ言っていないで、降りる準備するよ」
「誰のせいだと思ってるんですかぁ……」
まだ立ち直っていないカレンを横目に荷物をまとめる。
といっても対した荷物はないし、すぐ準備は整った。
「あ、そうだ。魔眼のちょっとした小技について先に教えておこうか」
「小技……ですか?」
鉄道が到着するまでもう少しだけ時間がある。
カレンのことだからすぐ習得できるだろう。
「そうだね、一度魔眼を熾してくれる?」
「はい」
カレンの瞳が翠眼から瞬時に爛々と輝く魔眼へと変わる。
「うん、いいね。だいぶ慣れてきた感じだね。それじゃ、魔眼を少しずつ鎮めていこうか。ゆっくりとね」
「……はい」
少し戸惑いながらもゆっくりと元の瞳に戻すカレン。
制御は難しいはずなんだけど、苦も無くやっている。
いや、結構辛そうな表情はしているか。
それでも難なくやってのけるのは、この子の才能なんだろうか。
「はい、ストップ」
私の停止で魔眼を止めるカレン。
瞳の色は翠眼に戻っている。
「ちょっとそのまま待ってね」
カレンに顔を近づけ、眼の奥にある瞳をじっくりと覗き込む。
ぱっと見た感じは一般的な翠眼の瞳だったけど、こうやって凝視するとその奥深くに、夕焼け時の太陽のような魔眼が顔を覗かせている。
「うん、その状態で能力は使えるかな?」
「…………」
カレンの眼の奥に怪しい光が宿る。
透き通った翠眼の中に、うっすらと映る魔眼は幻想的で美しく思う。
能力が発動しているからか、引き込まれるような強さをその眼に感じる。
どの能力を使うのか……って、考えるまでもないか。
そうだな。このほとんど魔眼を熾していない状態で能力が使えるのなら、少しご褒美をあげてもいいかな。
何がいいかな? ナデナデしようか? ほっぺぷにぷに? 膝枕かな? 抱きしめようか? って、私が身体を張ることばかりだな……。
しばらくそんなことを考えていると、カレンの目尻が下がり、頬が朱色に染まってきた。
……あぁ、視えたのかな?
「姉さん……」
普段の声とは違い、甘えるような声で名前を呼ぶカレン。
効果覿面だな。
「……ギュッとしてほしいです」
「あー、はいはい。頑張ったご褒美だからね」
身長差が少しあるため、座っているカレンの前に立ち、頭を包み込むよう手を伸ばす。
身体を引き寄せると、体温が低い子なのか子供特有の暖かさはない。
それでも少女らしい花の香りが鼻をくすぐり、カレンがその身を預けてくる。
「……姉さんから、ワタシと同じ匂いがします」
それは多分、ホテルのシャンプーかボディソープだね。
まぁ、本人が喜んでいるし、黙っていよう。
それにしても、なんで私は女の子にばかり好かれるんだろうなぁ……。
時間としては数分間、カレンの好きにさせてやる。
「……はい。終わり。今回のご褒美はここまで」
「えぇ……もうちょっと」
「また今度。次も頑張ったらね」
これ以上はマズいだろうよ……。
カレンの目がとろけるようになっているし、息づかいも荒い。
変な扉を開く前にやめさせないと……。
もう手遅れな気がしないでもないが……。
ま、まぁ、アメとムチの使い分けってことで……。
撫でていた頭から手を離し、再びカレンの眼を覗き込む。
「うん、ちゃんと、維持できているね。エラいエラい」
「ふへへ……」
また撫でるとネコのように頭を預けてくる。
「普段から魔眼を少し熾しているといざというとき役にたつからね。具体的には詠視で不意打ちを避けられる」
「あぁ、なるほど。でも、姉さん、一ついいですか?」
「うん? なに?」
気持ちよさそうな表情とは裏腹に、不安げに聞いてくるカレン。
「……この状態、意識して維持しないと辛いんですが。例えるなら、常に片足立ちをしているような危うさが……」
そうだね。魔眼を完全に熾すか鎮めるかのどちらかであれば楽なんだろうけど、カレンの言うとおり、常日頃からこの状態は辛いと思う。
まぁ、そのための練習でもあるし頑張ってもらおう。
「うん。だからこそのご褒美だよ。頑張ってね」
「…………」
笑顔で答えてやると、無言で固まるカレン。
お、窓の外が明るくなってきた。街中に入ったね。
「そろそろ降りる準備しようか……って、なんで魔眼を熾しているの?」
「ご褒美の先取りです」
「っ、コラッ! その眼で私を視るの禁止って言ったでしょ!」
無駄と思いつつも両手で身体の前を隠す。
「ワタシにも対価が欲しいんですよ」
「それなら私以外のものにしなさい! お金とか!」
「お金より姉さんですっ!」
魔眼がよりいっそう輝く。
くっ……好きにさせてたまるか!
狭い車室で先ほどと同じく鬼ごっこが始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふ〜っ、危うく車室に閉じ込められるところだった……」
いつの間にか目的地に着いていたらしく、取り残されそうになった。
鬼ごっこなんてしているから……。
カレンの眼は戻っている。というよりは、言いつけどおり魔眼を少し熾した状態にしている。
眉間が少し寄っているけど……。
まぁ、そのうち慣れるだろう。
「とりあえずホテルへ向かおうか」
そもそも子供だけでホテルに泊まれるか問題はあるけど……。
前の町では飛行機事故の被害者ってことで特別に泊めてくれたけど、今回はそうも行かないしなぁ。
とりあえず相談して、ダメなら他をあたろう。
スマホで時間を確認する。うん、いい時間ではある。
目的のホテルは歩いてすぐだった。
「あの、姉さん。ホテルのチェックインはワタシがやりましょうか」
「ん? いいけど、大丈夫?」
さっきまでの優柔不断から一転、どのような心境だろうか。
「はい。あまり姉さんにばかり頼ってもいけないと思いましたので。その代わり……ご褒美ください」
やはり、それが狙いか……。
「……頑張ったらね」
さっきのことを思い出し、とりあえずそう返すだけで精一杯だった。
ホテルのロビーで遠巻きにカレンを見る。
子供だけで泊まれるかどうかがやはり心配なんだけど……。
フロントクラークの表情を見る限り、問題ないように見えるが、はてさてどうなるやら。
カレンにはとりあえず小金貨数枚を渡しておいた。
あまり贅沢をする必要も無いけど、質素に過ごす必要も無いから、そこそこの部屋で泊まれればいいかな。
そのまましばらくぼーっとカレンの後ろ姿を眺める。
その姿は普通の町娘のようにも見える。
カレンは素材がいいからなぁ、浮浪児やっていたときからすれば考えられないけど、身だしなみ整えてそこそこの服を着ればどこかのお嬢様にも見える。
身長は高くないけど、出るとこは出ているから、大人に見られてもおかしくない……って結局は胸かよ。
そこの男! マジマジ見るな!
おや……? 終わったのかな。
私が通りすがりの男を睨みつけていると、フロントクラークへ会釈したカレンが無表情でこっちに向かってくる。
うーん、ダメだったかな。
次のホテルを探そうかと考えたところ――。
「姉さん。うまくいきました。予約できましたよ」
「お? おぉ、予約できたんだ」
少しビックリ。大人びているカレンだからかな。
なんにせよ、今夜の宿が心配なくなったのは幸いだった。
「そこそこの部屋にしてくれた?」
「はい。そこそこの、部屋にしました」
私の口調に合わせて返すカレン。
他の人に聞かれたら不敬を買いそうだけど……。
「それじゃ、部屋に荷物を置いてご飯に行こうか」
「あ、荷物はフロントに預けられるそうですよ。もう、遅い時間ですし、先にご飯行きませんか?」
「う……確かに、そうだね」
なんだこの子は。
さっきまでの残念カレンではないな。
「……姉さんは魔眼無しでも心が読めますね」
「うっさい。もう、荷物を預けてご飯行くよ」
「あ、待ってくださいよ〜」
置いてかれまいと、チョコチョコとついてくるカレン。
はぁ、その姿だけを見れば微笑ましいんだけどな……。




