15 冊子の表紙
「それでは皆さん〜。明日の遠足の準備はいいですか~? 遅刻しないようにしてくださいね~。遅れた人はバスに置いていかれますからね~」
終わりのホームルームで間延びしながら話す、相変わらずの担任の先生。
先生の言うとおり明日は遠足の日となっている。
暑くなる前の過ごしやすい今の季節、遠足にはちょうどいい時期である。
「遠足のしおりも忘れないようにしてくださいね~。当日はグループごとのオリエンテーリングがありますので〜、遠足のしおりは良く読んでおくように~」
手元の『遠足のしおり』と手書きで書かれた冊子を見る。
手作り感溢れる冊子の表紙には、子供らしき人物の絵が描いてある。
子供らしき、というのも、辛うじて顔と身体と手足があることがわかるからである。
「…………」
無言で先生を見る。
「コトミさん〜、先生だって苦手な絵を一生懸命頑張って描いたのですよ~。そんな目で見ないで下さいよ~」
先生と視線が合い、いきなりそんなことを言われる。
「あ……えっと……」
急に振られたからとっさに言い訳が出ない。
「コトミ、だめだよ。コトミの場合は思ったことがすぐ顔に出るんだから。気をつけないと」
「リンちゃん……」
素の状態だから小声で話しかけてくる。
そうは言ってもどうしろと? そんなに顔に出ているかな……。
「これでも頑張って描いたんですからね~。花丸下さい~」
「先生、それはさすがに無理だと思います」
リンちゃんからフォロー? が入る。
「ふぐぅ、リーネルンさんまで~、そんなこと言わないでくださいよ~」
先生が大袈裟に仰け反り反論する。
相変わらす子供っぽいと言うか、親しみやすいと言うか、変わった先生ではある。
「母には内緒にしといてあげますね。誰が描いたかわからなければ、低学年の子供の絵を採用したんだろう、って思ってもらえるでしょうから」
「そんな優しさいらないですよ~!」
ついに机に突っ伏した。
手足をバタつかせながら喚いている姿は、どうみても大人には見えない。
よく先生なんて職業が勤まると思う。
「もう、今日は解散にしますぅ」
「きりーつ、礼」
「「「先生、さようなら!」」」
「はぁい、さようなら~」
日直の号令で本日の授業が全て終了した。
先生はいまだに机で伸びているけど……。
「いつものことですし、いいんじゃないですか?」
横を見ると帰り支度をしているリンちゃんと目が合う。
「リンちゃんって、さらっと人の心読んでくるよね」
「コトミさんはすぐ表情に出ますからね。分かりやすいですよ」
さ、帰りましょうか。と、歩き出すリンちゃんについて行く。
今日は私と帰る日だと朝から言っていたから、周りも騒ぐことなく教室を出る。
「そんなつもりは無いんだけどね。そんなに分かりやすいかな」
リンちゃんの横に並びながら廊下を歩く。
他のクラスもホームルームが終わったようで、同じように教室から出てくる。
この学校はそれなりに栄えている街にあるということもあり、学生の人数は多い。
学年毎によっては終わる時間はバラバラであるが、この時ばかりは普段広い廊下が窮屈に感じる。
人の流れに沿うよう学校をあとにしていく。
「分かりやすいね。でも、いいんじゃないかな。その方が面白いし」
「面白いって何気にひどくない?」
学校を出てしばらくしてから、リンちゃんの口調が変わる。
周りに知り合いもいないし、普段の口調に戻っている。
「まぁまぁ。コミュニケーションの円滑化ってやつだよ」
あははは、と笑いながら話すリンちゃん。
悪気はないんだろうけど……。なんか釈然としない。
「それより、明日の遠足楽しみだね!」
はぁ、心の中でため息をつく。
明らかに話を逸らせられた感じではあるが、別にそんなことでささくれるつもりはない。
もしかしたら、そういう心のぼやきまでも表情に出ている可能性はあるのだけど……。
「そうだね。今年は少し遠くまで行くことになるのかな」
「うん。五年生からはバスで行くんだってね。ワタシはこっちに引っ越してから初めての遠足だけど。行き先は確か……アルテスト自然公園、だっけ」
「確か、そんな名前の公園だったね。調べてみようか」
ポケットから出す素振りで収納からスマホを取り出す。
通学路も既に半ばまで来ており、周りに他の学生が居ないことは確認済み。
この学校では特別な事情がない限り、スマホの持ち込みは禁止されているのだ。
私の場合は収納に入れさえすればバレないので、関係なく持ち込むんだけど。
「あ~、またスマホ持ってきている。よく先生に見つからないね」
「絶対に見つからないところへ隠しているから大丈夫」
ちょうど信号待ちするタイミングで、検索サイトから目的の公園を探し出す。
「どこよ、それ。人に言えない所じゃないよね」
「ある意味、言えない所ではある」
スマホを操作しながら視線だけをリンちゃんに向ける。
「えっ!?」
リンちゃんが驚いた顔で見てくる。
「……変な想像していないよね。たぶん、思っている所とは違うよ」
「……そ、そう」
顔を赤らめながらリンちゃんが視線を反らす。
……どこを想像したかは追求しないでおこう。
信号が青に変わったため、一旦スマホを仕舞い歩き出す。
なんか変な空気が漂っているんだけど……。




