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146 少女誘拐未遂事件

「お待たせ――って、あれ?」


 扉を開けたそこには、何も誰も居なかった。


「部屋を間違えて……は、いないな」


 一歩、外に出て部屋番号を見るが、間違ってはいない。


「トイレかな?」


 部屋の中へと進み、中央に備えられている小さなテーブルへと飲み物を置く。


「待っていれば戻って来るか……?」


 いや、カレンに限って、私に何も言うことなく出歩くか?

 でも、それなら、どこへ……。


「――っ、まさか」


 入ってきた扉を力任せに開き、通路へと飛び出す。

 何かあったとしたら、食堂車と反対側……!

 飛び出した勢いのまま、後ろの車両へと駆け出す。

 一つ、二つ、車両の中を駆け抜け――最後尾の車両へたどり着く。


「――っ、カレン!」


 見つけた!

 猿ぐつわのような物をされて、男に引きずられているカレンが視界に入る。


「ちっ、追いつかれたか。動くな、コイツがどうなってもいいのかよ」


 銃をカレンの頭に突き付け、男が振り向く。


「……その子になんの用?」

「知っているぞ。お前ら金持ちなんだろ? 子供を盾にすれば親からタンマリ貰えるんだろ?」

「んー!」


 カレンと視線が交差する。


「それは勘違いというものだね。そもそも私たちの両親は、もうこの世にはいないよ」


 男と話しながら指を上へと向ける。

 カレンは……気づくか?


「なんだそれは? 変な真似をすると、コイツの命がないぞ」

「その子に危害を加えたら容赦しないよ」


 男と喋りながら、口角を上へとあげる。


 男は知らない、人質に取った子供がどういう少女なのかを。

 男は知らない、その少女の瞳が爛々(らんらん)と紅く輝いていることを。

 男は知らない、このあと自分の身に何が起きるのかを――。


「カレン! いま!」

「いったい、何を――うおっ!?」


 合図と共に、カレンは支えている男の手に全体重をかけ、私は跳躍(ちょうやく)を利用して瞬間的に男との間合いを詰める。


風槌(ふうづち)!」


 男は悲鳴を上げることも出来ずに、車両最後尾の扉と共に吹き飛ぶ。

 カレンは男の拘束を解くことが出来たが、バランスを崩し車両の外側へと倒れかけ――。


「――カレン!」


 咄嗟に手を伸ばし、その身体を支える。

 後ろに倒れ込むような形で引っ張ったため、カレンの身体を抱き締めるように折り重なった。


「……ふぅ、大丈夫? 怪我はない? あ、いま取ってあげるね」


 治癒魔法を全身にかけながら、猿ぐつわと両手の拘束をほどいていく。


「姉さん……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

「ううん。よく頑張ったね。偉い偉い」


 頭を押しつけながら謝ってくるカレンに言葉をかける。

 開け放たれた扉、というより壊された扉から風が吹き込み、サラサラしているカレンの髪が頬をくすぐる。


「ごめんなさい……」

「大丈夫だよ。恐かったかな。ごめんね。一人にしちゃって」


 子供をあやすように頭を撫で続ける。


「違うんです……姉さんに、迷惑をかけてしまいました……」


 カレンが瞳を伏せ、うなだれるように謝る。


「あぁ、そんなこと、大丈夫だよ。迷惑とも思っていないし。私の方こそゴメンね。巻き込んじゃって」


 ちょっと迂闊(うかつ)だったかな。

 カレンは能力(ちから)に目覚めたばかりで、あまり使いこなせていない。

 先に自己防衛の技を教えてあげればよかったね。ちょっと反省。


「ワタシは……大丈夫です」

「うん、なるべく一人にしないようにするからね」

「――っ、はい!」


 背中にカレンの手が回され抱きつかれる。


「あの……カレン? ちょっとくっつきすぎじゃないかな?」

「恐かったです」

「うそでしょ」


 まったく、意外と肝が据わっているなぁ……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「姉さん、隣いいですか?」

「…………」

「まだ、さっきのことを思い出すと恐くて……」

「…………」

「ダメ……ですか?」

「…………はぁ、いいよ。おいで」

「はいっ」


 ピッタリと肩をくっつけるように並んで座る。

 どうしてこうなった……。

 カレンの手が伸びて、私の手を握ろうとするから、それは振りほどく。

 まぁ、慕われて悪い気はしないけど、大丈夫か? コレ……。



 私の隣が定位置になってしまったカレン相手に、魔眼の練習を再開する。


「ちょうどいいから、カレンがもともと座っていた座席を見て」


 魔眼を輝かせた眼で目の前の席を凝視する。


「そこに、()()()()()が視えるから、よく視て」


 じーっという音が似合いそうなほど、カレンが真剣な表情で凝視する。

 今までの能力(ちから)はさほど難易度が高くないから順調に覚えられたけど、他の能力(ちから)は難易度が高い。

 さすがにもう無理か……。もし、習得するにしても時間はかかるだろう。

 そう考えながら、ぬるくなってしまった紅茶を口にする。

 カレンの紅茶は激甘なナニかに変わってしまったけど、本人が満足しているならいいや。

 いつか、紅茶への冒涜(ぼうとく)とか言われそうだけど……。

 そのままカレンの様子を眺めながら一息入れる。


「あの、姉さん。なんか……モヤのような物が……視えるのですが」


 ――え? 視えるの?


「えぇっと……そのまま、焦点と言うか、ピントを合わせることが出来る?」


 無言で目の前を凝視しているカレンの瞳が揺れる。


「あ……れ? ワタシ?」


 ……視えたのか。この子の能力(ちから)はどこまで伸びるのだろうか。

 期待に胸を踊らせながらも、少しだけ恐怖を覚える。


「ワタシが、座っているような……。そんな映像が視えるのですが……」

「あ、あぁ……。それが、魔力の残滓(ざんし)から過去の記録を読み取る能力(ちから)、『留視(りゅうし)』だね。魔力の入れ方次第で(さかのぼ)れる時間が変わってくるよ。あまり古い記録は魔力が霧散しちゃって見られないけどね」


 カレンは右へ左へと視線を移しながら虚空(こくう)を視ている。

 きっと過去の記録を遡っているのだろう。

 それにしても、この能力(ちから)も習得しちゃうか。

 今までのは物を『視る』ことに特化していたため、感覚的にも分かりやすい能力(ちから)だった。

 でも、他の能力(ちから)はそんなに簡単なものではない。

 自然の摂理と物理法則を無視しなければ習得は難しいというのに……。


「姉さん……。ワタシのために……あんな必死な表情で……」


 ……なんか、ウットリしているから、使いどころは注意しないとな……。

 クルクルクルー。


「……そろそろ、お昼ご飯の時間かな」

「…………」


 恥ずかしそうにうつむくカレンを横目にスマホの時計を確認する。

 ……ちょうどいい時間だね。時計いらずか。

 そんな女子に対してちょっと失礼なことを考えながらスマホを収納へと戻し、カレンに向き合う。


「食堂車あるから行こうか」

「はい……」


 まだ気にしているのか、うつむきながら近寄り、私の手を握ってくる。


「……なんで手を握るの?」

「食堂車へ向かうのに、はぐれないためです」

「はぐれるわけないでしょ。ほら、行くよ」


 手を振りほどきながら車室を出る。


「もう、姉さんのいけずぅ」


 後ろからの抗議の声は聞こえていないことにした。

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