141 収納に入れっぱなしにしていた物
「すみません。この子の個人識別カードを再発行したいんですが……」
「あ、はい。それではこちらの用紙に記入いただけますか」
受付のお姉さんに声をかけると、再発行申請用紙という紙をもらう。
名前、住所、生年月日、電話番号、勤務地、などなど。
「……カレン、わかる?」
ひっつくように身体を寄せ、私の手元をのぞき込むカレン。
名前と生年月日は……まぁ、いいとしよう。
それ以外の項目はどうだろう……。住所とか不定だろうし、電話なんて持っていないしね。
あ、今度カレンにもスマホ渡しておこう。いざとなったら連絡できるように、ね。
しばし、逡巡したカレンであったが、やはり書ける項目が少ないからか、静かに首を横に振る。
そうなるわな……。って、文字読めたんだ。
意外な面に少々驚きつつも、顔には出さずに言葉を続ける。
「あの、今まで特定の場所に住んでいなかったため、住所が無いんですが……。あと、電話番号とかも、本人を確認する書類もなく……」
「……そうなりますと、こちらでの手続きは出来ませんので、首都にある本局で手続きをお願いできますか?」
首都――確か、ロキシカという名の街だったか。
でも、まぁ、仕方がない。本局まで行こう。
その後、受付のお姉さんから首都までの行き方を教えてもらい、公安局をあとにする。
「今から向かえば夜には着けるかな」
お姉さん曰く、目的地には鉄道で向かった方が便利だという。
と、いうよりあまり交通の便が良くないため、そもそもの選択肢が少ない。
ま、言われたとおりにするか。
とりあえず公安局を出て、その足で鉄道の駅に向かう。
念のため荷物は全部持っていて良かったよ。
この街の鉄道は長距離移動が目的の鉄道となるため、速度はさほど早くなく、町ごとに駅がある程度でほとんど停車はしない。
まぁ、要するに乗っているだけで目的地の首都に着くということだ。……時間が少々かかりすぎるけど。
それでも八時間ぐらいで着くだろう。
鉄道の車両に種類があり、誰でも自由に乗れる席や、希望する席、ちょっとお高めの個室まである。
節約したい気持ちもあるが、快適に過ごすためにも個室を選択する。
個室であれば周りを気にせず会話できるし、カレンの魔眼練習もできる。
ということで、必要経費として割り切った。
「子供二枚」
子供としての特権だけは大いに役立ってもらう。
おや? カレンが何か言いたそうだったけど……。まぁいいか。
発車時刻を確認すると、さほど待たずして出発するようなので、目的の車両を見つけ乗り込む。
「ふぅ、カレンは大丈夫? 疲れていない?」
公安局からここまで慌ただしく移動してきたから、大丈夫かな。
「あ、大丈夫です。最近、ご飯をちゃんと食べているので調子いいんですよ」
「そ、そう……。それはよかったよ……」
口元を引き攣らせながらそう答える。
いま乗っている鉄道は、ディーゼルエンジンを搭載した列車で、そこそこ敷居の高い列車らしい。
車両数は十六編成で長距離移動が可能なよう、客室以外にも食堂車や展望車もあるとのこと。
うん、途中でお昼ご飯かな。
今回予約したのは普通の個室で、三人座れる座席が対面に並んでいる程度の広さであった。
「うん。いいんじゃないの? 到着するまでゆっくりしてようか」
部屋の中に入り荷物を置く。
「あの……姉さんって、お金持ちなのですか?」
「んにゃ、普通の家庭に生まれた普通の女の子だよ」
両親は普通の商社マンだったしね。
お金は、まぁ、私が稼いだやつだから、そこだけ見ればお金持ちになるのかな。
そういえば両親共に生命保険へ入っていたはずだから、帰ってから確認してみるか。
「いまは十一歳……でしたっけ。その年齢の子にしては普通にホテルに泊まっていますし、この鉄道も個室を選ばれているので、普通の子供とはかけ離れているのですが……」
鋭いな……。おんなじ子供のくせに。
「細かいことは気にしちゃダメよ。ホテルは事故関係で手伝ってくれた人に取ってもらったし、鉄道も静かな方がいいしね。っと、それより、座ったら?」
「……はい」
カレンは納得していないようだったけど、それ以上追求してくることなく、言われたとおり対面に座る。
発車までしばらくあるかな。
時間を確認しようと、スマホを取り出す――。
「あ」
「……? どうしました?」
やっちゃった……。
収納に入れっぱなしにしていたスマホを取り出す。
収納の中は電波が届いていない。そのため、外に出した瞬間――。
「……大量にきたね」
溜まっていた着信やらメールやらをまとめて受信する。
何日ぶりかな……。二日……だよね。
あの村で電波が届かなかったから収納に入れ、そのままにしていたから仕方がないんだけど……。
恐る恐る着信履歴を見ていく。
リンちゃん、リンちゃん、リンちゃん、リンちゃん、これは……事故関係の電話かな? その後もリンちゃん、リンちゃんと無数に続く。
最後まで見るのは諦め、メールの方をチェックする。
メールは……全部リンちゃんだな、これは。
『コトミ大丈夫?』『何かあったの?』『連絡してよ』などなど……。
これも最後まで見ることなく、画面を閉じる。
ま、まぁ、向こうは変わりないようだね……。
自己完結し、スマホを収納へ戻そうとした瞬間――。
『ピロリロリン、ピロリロリン……』
――っ。
画面を見ると案の定リンちゃんからの着信だった。
『ピロリロリン、ピロリロリン……』
……このまま出ないわけにはいかないよね。
「はぁ……」
ため息を一つつき、電話に出る。
「もしも――」
『コトミっ、連絡おっそーーーーいっ!!』
スピーカーモードかと思えるほどの大音量で、スマホから聞こえてくる少女の声。
……うん、このパターンも懐かしい。
『どれだけ心配したと思っているのよっ!!』
「あはは……。ごめんごめん、電波の届かない所にいたからさ……。なかなか連絡ができなくて……」
決して収納に入れて忘れていたわけではない。
『はぁ、どうせ収納に入れっぱなしで忘れていんでしょ。心配したからついつい追っかけちゃったよ』
う……バレてる。って、え? なにを? ……って聞いたらダメなんだろうなぁ……。
『それで? ヘバルゴの街からどこへ行くつもりなの?』
気遣いが無駄にっ!
でもまぁ、見られちゃっているのなら仕方がない。
この子のことも説明しなきゃならないし……。
カレンの方を見ながらそう考える。
「えぇと……話が長くなるんだけど……」
電話口でカレンのことを説明する。とりあえず魔眼のことは伏せて。
『はぁ……。また人を連れて行きたいって、犬や猫じゃないんだから、そんなにポンポン拾ってこないでよ』
「う……ごめん」
確かにそうだわな。
アウルやルチアちゃん、それにカレン……か。
でも……カレンを放っておくわけにはいかないし。
『あぁ、もう、いいよ。どうせコトミのことだから昔の知り合いだとか、能力者なんでしょ? 変なところで埋もれてたり、犯罪に関与される前に保護した方がいいんだから、ダメとは言わないよ。ただ、それにしても次から次へと出過ぎじゃない?』
うっ……。返す言葉もない……。
『しかも、また女の子なんでしょ? コトミのことだしね』
私だからってどういうことだよ……。泣くぞ?
『それで、また子供?』
チラッとカレンの方を見る。
身長はアウルと同じぐらいか。
身体のとある部分は大人顔負けだけど……。くそっ。
『はぁ、まったく何を言っているのよ』
私のぼやきが聞こえたのか、呆れた声を出すリンちゃん。
『とりあえず、文句を言うのはあとにしてあげるから、これからの予定の話ね』
「文句を言うのはやめないんだ……」
『やめないよ。どれだけ心配したと思っているのよ』
う……。
『はぁ、まったく』
「リンちゃん、ため息ばかりついていると幸せが逃げるよ?」
『誰のせいだと思っているのよーーっ!!』
み、耳が……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ……」
や、やっと終わった……。リンちゃん長いんだもん……。
「姉さん、大丈夫ですか? もしかして、ワタシのことで何か迷惑をかけているのでは……?」
心配そうにカレンがうつむく私を覗き込んでくる。
「あぁ、大丈夫だよ。私がなんの連絡もしていなくてさ、心配させちゃったみたい」
あはは、と笑いながら頭をかく。
「姉さん……それはワタシでも心配しますよ」
う……。まさか、こんなところにも伏兵が……。
「だから、ワタシは姉さんから片時も離れませんからね」
……カレンさん、笑顔が怖いですよ。




