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137 〔魔法少女誕生の裏側〕

 外面(そとつら)の奥ゆかしさとは裏腹に内面では打算的な考えで物事を考えているルチア。

 決して悪い子ではない。

 それどころか自分が死の淵に立たされた際にも、残された姉のことを心配する良き心の持ち主である。

 献身的な看病で紡いでくれた命、刈り取られそうなところをギリギリ救ってもらった命、文字通り命の恩人に対してルチアは恩返しをしたいと思っていた。

 本人たちにそんな大それた考えは無かったが、ルチアの人生目標はこの瞬間に決まった。

 もちろん、恩返しの途中で自分自身が楽しむことを忘れない。

 せっかく手に入れた命と、この能力(ちから)、楽しまなければもったいない。

 数年間とはいえ、寝たきりで何もできず、歯がゆい思いを数え切れないほどにしたのだから。

 その反動か、ルチアは暴走気味に姉とその友人たちに関わっていた。


(夢にまで見た魔法少女だ! やった! この能力(ちから)があれば、これからの生活も楽ができる!)

 決して表に出すことはできないが、病が治った嬉しさと同じくらい、魔法少女になれたことを嬉しく思う。



 コトミがいなくなったその日も、同じように裏庭で魔法の練習に励んでいた。

 手の平に水玉を作りルチアは考える。


「大きい魔法は海でなければ使えないし、どうにか効率的に魔法の練習を行う方法がないかなぁ」


 基本が大事とは教わりながらも、やはり派手な魔法が使いたいと思うルチア。

 魔法少女に憧れを持っていた彼女だから、なおさらではある。


「うーん……この水玉に魔力を注いで……」


 そうつぶやきながら手の平の水玉を凍らせていく。

 水は当然、零度で凍るため、それ以上の魔力を注ぐことができない。


「うーん……今度は温めようか」


 次に凍った水玉を溶かし、熱湯にしていく。

 同じく、水は百度までしか上がらない。通常であれば。


 「うーん……どうにかして、これ以上の魔力を注ぐには……」


 その時、ルチアは何かに閃いたように、落としていた視線を上げた。


「そうだ、これなら」


 ルチアは水玉に魔力を注ぐ。

 温度を変えるためではなく、圧力を変えるために。


「すごい……どんどん魔力が流れていく」


 ルチアは喜んでいるが、魔力が必要ということはそれだけ大規模な魔法に発展するということだ。

 手の平の水玉が小さくなっていく。


「あれ……もう少し水を足そうか」


 過剰な圧力を受けた水玉は元の大きさの三分の一程度まで縮んでいる。


「……また注げなくなっちゃった」


 ルチアに科学の知識はない。


「うーん……また温めてみようか……」


 臨界点を超えている水玉は注がれた魔力に反応し、その温度を上げていく。


「わ……魔力が……」


 先ほどとは打って変わって勢いよく魔力が注がれ、温度がどんどんと上がっていく。


「…………」


 ルチアがやっと現在の水玉が異常だと気がついた。

 コトミが言っていた、魔法の威力と注いだ魔力には相関関係があるということを。


「…………」


 魔力を注ぐことをやめて、天に向かって手を伸ばす。


「……えい」


 その一言により、水玉はルチアの手を離れ、蒼い空へと登っていく。

 ルチアの判断は正しい。

 過剰な魔力を注がれた水玉はまるで爆弾のような危険性を抱えている。

 まだ、爆弾の方がマシかもしれないが……。

 ルチアの手から離れた水玉は勢いよく登り、既に目視できないほどの高さにまで到達している。

 ルチアは安堵した。

 しかし、(わず)かばかり手遅れであったが……。

 鳥のさえずりさえ無くなり、訪れた静寂も束の間――耳を紡ぐような爆発音がその地を駆け巡った。


「ひぃぃぃぃっっ……」


 ルチアは両耳を塞ぎ縮こまる。

 その音による衝撃波は近隣の木々をなぎ倒し、窓ガラスを粉々に粉砕する。

 幸いにもリーネルン家は街の奥にあったため、住人たちへの直接的な被害は心配ない。

 家屋そのものにも目立った被害が出ていないのは、ルチアによる機転で水玉を空高く上げたからだった。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイ……!)


 命の危機でもあったが、そんなことより恐怖する理由がルチアにはあった。


(やってしまったぁぁぁぁ!! 魔法使いってことがバレるぅぅぅぅ!)


 ルチアは焦る。

 姉やリーネルンは問題ない。

 ルチアのことを魔法使いと知っているからだ。

 ただ、それ以外の使用人や住人たちは……。


(ひぃぃぃぃ……火炙りにされるぅぅぅぅ!)


 ルチアもコトミ同様、魔女狩りに対して異常に恐怖を覚えている。

 それは同じ魔法を使う者としての(さが)なのか。


「ルチアっ!」


 その声に振り向くと姉であるアウルとリーネルンが息を切らせ立っていた。


「大丈夫!? 怪我は無い!?」

「はぁ……はぁ……戦争が始まるには早過ぎるよ。しかも、()()をピンポイントで狙ってくるなんて、ありえない……」


 アウルに引き続きリーネルンも言葉を続ける。


(あ、これ勘違いしているやつだ)


 ルチアは焦る二人を見て、逆に落ち着いていた。


「…………」


 このまま黙っていようとも思ったけど、コトミを含めこの二人には隠し事をしておきたくない。

 そう思ったルチアは口を開く。


「あの……ごめんなさい」


 人差し指を合わせ、視線を逸らすルチアは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。


「…………」

「……はい?」


 ルチアは説明する。

 うっかり魔力を注ぎすぎた魔法を放ってしまったことを。


「はぁ……なんだ、よかった……。ルチアに怪我はない?」


 肩の力を抜き、アウルがそう声をかける。


「あ、うん。お姉ちゃん、心配させてごめんなさい」

「まぁ、敵からの攻撃とかじゃなくてよかったよ。ルチアも無事のようだし、次から気をつけてね」

「うぅ……ごめんなさい」


 リーネルンからもそう言われて謝ることしかルチアはできないでいる。


「とりあえず、みんなにはワタシの方から説明しておくから、片付けだけやっちゃおっか。ルチアは庭の木とか片付け頼める?」

「はい。頑張りますっ!」

「あはは、ほどほどに頼むよ。アウルは引き続きワタシの護衛よろしく」

「りょーかい。それじゃ、ルチアもよろしくね」


 手を振る姉を見送り、ルチアは深いため息をつく。


「はぁぁぁぁ〜〜〜〜…………やってしまった……」


 コトミの説明を聞いていなかったわけではない。

 ただ、思ったよりも注いだ魔力に対しての影響が大きかった。

 普通の魔法使いが全魔力を注いで作るような魔法を、ルチアは思いつきで、しかも練習として放ったのである。

 当然、これだけの影響が出るなんて想像も出来なかったであろう。

 仕方がない……そう、仕方がないことである。


「はぁ……」


 ため息をつきながらも、ルチアは倒れてしまった木を起こし、地面に埋め固める。

 重力魔法なんて使えないルチアは風魔法と土魔法の応用で作業を進めていく。

 要するに、地面を隆起させ掘り起こし、暴風で木を起こし埋めるのである。

 魔力量が多いルチアだからこそできる力業(ちからわざ)である。

 コトミの心配を余所(よそ)に、ルチアは着々と魔法界の脳筋族として、片鱗(へんりん)を見せ始めていた。

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