135 少女の選択
「……選ぶ前に、いくつか質問があります」
数十秒の間を開け、カレンが口を開く。
「いいよ、言って」
「はい、姉さんの言う魔眼についてですが……『力』になるのですか?」
やっぱり気になるよね。
「うん、そうだね。どんな『力』が備わっているかは、調べてみないとわからないけど、強力な力にはなるかな。オーソドックスなのは視ることに特化した能力だね」
「見る……ですか」
微妙そうな顔をするカレン。
「『視る』というのは『見る』とは違うけどね。魔力を直接視たり、遠くの物を視たりできるの」
カレンは……さらに困惑している。
この世界で魔力が視れるといっても、そもそも魔力を持っている人がいるかどうかがわからない。
少なくとも、私の周りではルチアちゃんぐらいしかいないからね。
遠くの物を視ることができてもなんの役に立つのか。
まぁ、双眼鏡が無くても見えるという便利さはあるが……。
「それ以外にも非科学的な現象を起こすことのできる能力があるの。細かくは省くけど、もし習得できたら脅威の力となるかな」
「そうなんですか?」
「もちろん、そんな簡単に能力が使えるわけじゃないけどね。それでも極められれば驚異の力となるよ」
「それは……凄いですね」
うん。テスヴァリルでも魔眼持ちは恐れられていた。
魔眼持ちだけが集まる集団、組織があったぐらいだし。
「それにね、それだけの力を持つとその『力』に溺れることだってあるんだよ」
「……そう、なんですか」
その言葉を受け止め、考え込むカレン。
力を手に入れても、その力に振り回され、自分を見失うときがある。
カレンにはそうなって欲しくないという思いもある。
カレンは……どうするんだろうな。
しばらく考え込んでいたカレンだが、考えがまとまったのか次の問いを投げかけてきた。
「次の質問ですが、姉さん……コトミ様は何者ですか?」
「…………」
「先ほどの男たちを相手した動き、普通の人間じゃ出来ない動きでした。武術に長けているようには見えないですが、人間の域を越えているように思えます」
いきなり核心をついてくるか。
さて、どうしたものかな。
正直に答えるわけにもいかないし。うーん……。
「……詳しくは、まだ言えない」
「そう、ですか」
カレンの瞳が、不安に揺らぐ。
「でも、いま言えることは……私は科学で証明できない力を持っている、ってことだけ。あなたの魔眼と同じようにね。二つ目の選択肢を選ぶ時点で、あなたはこの世界に足を踏み入れることになるの。もし、それが嫌なら一つ目の選択肢を選ぶことだね」
カレンの瞳が再び揺れる。
「……それであれば迷うことなく二つ目を選びます」
胸に手を置き、そう答えるカレン。
伏せた目からは感情を読み取ることができない。
「……理由を聞いてもいいかな?」
「姉さん――コトミ様と同じ場所に立ち、共に居たいからです」
……はい?
カレンの目がゆっくりと開かれ言葉が続けられる。
「ワタシはこの眼のことが嫌いでした。どこへ行っても疎まられ、ときには悪魔と罵られ、人権なんてものはなく、常に虐げられてきました」
開いたカレンの瞳は魔眼が爛々と輝いており、普段の気弱な雰囲気とは裏腹に、確たる意思を持っているように見える。
「そんな人生に絶望し、無気力に生きるしかなかったワタシに、コトミ様は希望を与えてくれました。手を差し伸べてくれたコトミ様に、恩返しをしたい」
カレンの瞳が紅く、緋く、赭く、妖艶に染まる。
「ワタシは無力です。それは今まで生きてきた時間が物語っています。きっと、それはコトミ様に出会わなければ、ずっと同じ、無力なままだったと思います」
……爛々と輝くカレンの眼に惹かれていく。
「ですが、この眼を手にすることが、できました。この眼でコトミ様のお役に立ちたい。きっと、この眼はコトミ様のお役にたつはずです。だから、どうか――」
カレンがおもむろに立ち上がり深く、深く一礼する。
「どうか、ワタシを、連れていってください」
「…………」
カレンの肩を叩き、頭を上げさせる。
「そんなにかしこまらないで。私はカレンが望むのならなんでも協力するよ」
「……コトミ様、ホントですか?」
顔を上げたカレンは悲願するように、目に涙を溜めていた。
「ふふふ……もう、コトミ様はやめてよ」
目の前に来たカレンの頭を撫でる。
サラサラとした肌ざわりで心地がよい。
「あ、あの……子供じゃないので……」
「あぁ、ごめんごめん。つい、ね」
困り顔のカレンを見てついつい笑みがこぼれる。
「それじゃ、細かい話はこれから行うとして、とりあえずは――あらためてよろしくね」
「……! は、はい! よろしくお願いします!」
翠眼の瞳に戻ったカレンが満面の笑みで答える。
その笑顔は心の底から喜んでいるように思えた。
「あ、しばらくは一緒に居てもらうけど、そのあとは好きにしていいからね。どこに行ってもいいし」
「何を言いますか。付いてくるなって言われても付いていきますよ。例え、火の中水の中、地の果て地獄の底であろうとも、どこにでも付いていきますよ」
「あはは……」
嫌な汗が背中を伝う。変な子に手を出しちゃったかな……。
いや、まだ大丈夫、大丈夫なはず……。
「ワタシと出会ったこと、後悔させませんからね」
ニッコリと、花咲くような笑顔を向けられる。
大丈夫……だよね。
笑顔が引きつくのを感じながらそう思う。
心を落ち着かせるかのように、カップの中に残っている紅茶を飲み干し一息つく。
カレンの想いも確認できたし、もう少し詳しい話をしてもいいかな。
ポットより新しい紅茶を注ぎながらカレンに問いかける。
「カレンは、『魔法』って知ってる?」
ルチアちゃんに説明したときのように、同じ質問をする。
「……知っています。ワタシもそういった類の物語は読んだことありますから……って、ごめんなさい、ワタシがやります」
カレンのカップへも紅茶を注ぐと、慌てたようにポットへ手をかける。
「あ、熱いよ?」
「っ……!」
触れた瞬間、反射的に手を引っ込めるカレン。
「もう、しょうがないな。手を貸して」
カレンの手を取り治癒魔法をかける。
赤くなっていた手が元の色白な肌に戻っていく。
「これ……は?」
「これが治癒魔法ってやつだね。はい、終わり。痛くないでしょ?」
「……はい」
自分の両手をマジマジと見ながらポツリとつぶやく。
「便利、ですね」
「あはは……みんな言うよね」
肩を落としながら、カレンのカップへと紅茶を注ぐ。
「それでね、私はそういう魔法が使えるの」
「……なるほど。先ほどの男たちを返り討ちにしたのも、その魔法でしたか」
「そうだね。ってあまり驚かないんだね」
紅茶を一口飲みそう答える。
「えぇ、この眼のこともそうですし、普通の人とは違うんだろうな、とは思っていました。それに、額の傷を治していただいたのも、姉さんなんですよね」
「あはは……気づかれちゃっていたか。でもまぁ、話が早くて助かるよ。さっきはカレンの意思がわからなかったから、少しはぐらかしちゃったけどね。今なら何も隠すことは無いかな」
さすがに他の人にも言っていないようなことは言えないけどね。転生者のこととかは……。
「そんなわけで、魔眼のことを知っているのも、私が魔法使い――魔術師だからなんだよ」
その後、カレンからもリンちゃんと同じような質問を受ける。
いつから魔法が使えたか、自分も魔法が使えるか、など。
当たり障りのない回答だけに留めておく。
ひととおりの質問をして納得したのか、考える素振りをしだした。
納得……したんだよね?




