134 バカな構成員
お店を出てそのままホテルへ向かって歩く。
内緒の話をするならホテルでした方がいいよね。
「ん? あぁ……」
帰り道の途中、ふと尾行られていることに気がつく。
やっぱり、どこの世界にもバカはいるもんだなぁ、と思いながら、ある小道への路地へと曲がる。
「よう、嬢ちゃん」
私たちの前を塞ぐように立ちはだかる男。
「羽振りが良いみたいだな。俺たちにも少し恵んでくれや」
ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら目の前に現れた男は言う。
さっきの男と違うみたいだけど、近くで見ていた他の男たちかな。
後ろにも、挟み込む形で別の男が現れる。
全部で三人……かな。
「姉さん……っ!」
カレンが寄り添い、不安げな声を洩らす。
「うん、大丈夫だから。それにしても、やっぱりバカってどこにでもいるんだね」
「おい、口には気を付けろよ。ここで、ウルバスに逆らうやつは長生き出来ないぜ」
別にこの街に長い間滞在するつもりは無いし、さっきと違って今回は向こうから手を出してきたんだから、何があっても文句言えないよね。
少し考え事をしていたのが気に障ったのか、ナイフを片手に詰め寄ってくる。
「ちっ、生意気なやつだな。おい! 少し痛め付けてやれ。あぁ、顔はやめておけよ。商品価値が下がっちまう」
げへへへへ、と男たちが下衆な笑いを浮かべる。
「カレンはここにいてね」
「姉さん、危険です! ワタシが……!」
「大丈夫だから、ね」
カレンを壁側へと連れていき、巻き込まれないように注意する。
三人ぐらい、なんてことはない。
にじみ寄ってくる男たち。
一気に来ないのはヘタレだからか? まぁ、いいや。
少しずつ近づいてくる男たちに向け投げナイフを投げる。まずは後ろの二人組から。
「なっ!」
「ぎゃ!」
一人はまともにくらい、一人は避けたか。
避けた男に向けて駆け出す。
跳躍を使い、瞬間的に加速、懐に入ると同時に、雷撃を放つ。
「ぎゃぴ!」
勢いを相殺するため、崩れ落ちる男の身体に足を駆け、同じように跳躍を使う。
男を吹き飛ばしつつ反動で反転、もう一人の反対側にいる男へ向け駆け出す。
「はやっ……!」
「風槌」
極小までに絞った威力で腹部に叩き込む。
「ぐえっ……」
大の字に倒れた男を横目に、まだ意識のある男に近づく。
「いだだだだだ! いだい! いだい!」
「…………」
お腹を抑え、叫んでいた。
「た、助けてくれ……医者、医者、を……」
ナイフの刺さった腹部を押さえながら悲願してくる男。
「たかがお腹を刺された程度で何を言っているの」
若干呆れつつそうこぼす。
「し、死ぬ……死んじゃう」
「自分が危害を加えようとしたんだから、返り討ちに合うことも覚悟していたんでしょ」
「た、助けて……」
……はぁ。まったく。
「そんなに切れるナイフじゃないから傷は浅いはずよ。大通りまで行って助けを呼んだら?」
投げたのはただのペティナイフだし、重さもさほど無いから傷は深くないだろう。
あ、そうだ。
回収したナイフを取り出し、男の目の前に落とす。
「ひっ……」
「私たちにはもう手出ししないでね」
こくこくこく。
顔を青くしながら、鳩みたいに首を動かす。
こいつはこれでいいか。
メッセンジャーとして残しておこう。
「カレンは大丈夫?」
振り向きながら呆然としているカレンに声をかける。
ちょっと怖がらせちゃったかな。
でも、遅かれ早かれこういった事態には遭遇していたはずだし。仕方がないよね。
「…………」
「カレン?」
おーい、大丈夫かな。
「す……」
……す?
「すごいです! 姉さん! すごく、カッコいい……」
「お、おう」
あ、これ変なスイッチ押しちゃった感じだ。
なんかうっとりしているし。
この感じ、既視感を覚えるなぁ。
「颯爽と現れ、悪党どもをギッタバッタと倒す華麗な女の子。こんなに可憐な少女なのに、一体どこにそんな力があるのか」
いきなり饒舌になったけど……これ、大丈夫か? 大丈夫じゃ、無いだろうなぁ……。
「えと、カレン?」
「……あ……。す、すみません、姉さん……。ちょっと見とれてしまって……」
「ま、まぁ、怖がったりしていないようでよかったよ」
「あ、はい。それは大丈夫です。この辺りでの揉め事は慣れているほうなので」
慣れているって……。
まぁ、あまり治安のいい街じゃないし、仕方がないか。
男の方を見ると、大通りの方まで何とかたどり着いているようだった。
「騒ぎになる前に行こっか」
「はい。お供します」
腕を両手でガッシリと掴むカレン。
……大丈夫だよね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
足早にそこを去ると、そのままホテルまで急いで戻る。
「夜まで時間はあるし、ちょっと話をしようか」
「……はい」
ホテルの部屋へ入り、そうカレンへと声をかける。
まだ日が高いから時間は十分だろう。
「えっと、まずは昨日も話したんだけど、カレンの眼は恐らく魔眼の一種だと思うの」
テーブルの向かいに座るカレンから、息を飲む声が聞こえる。
「もちろん、染色体異常の症状で眼の色が変わることはあるけど、魔力の調整で変化が見られるなら、ほぼ間違いなく魔眼、かな」
「……そうなんですね」
少し、うつむくようにうなずくカレン。
「心配なのも無理ないけど、普段の生活に悪影響は無いから安心して。どちらかと言うと魔力が溜まり続ける方が問題かな」
「そうなんですか?」
「うん。そこはあとで説明するからね」
魔眼を使うときには魔力が必要になるんだけど、逆に使わないと魔力は回復する。
ただ、ずっと使わないとルチアちゃんみたいに魔力過多症に陥ってしまうから加減が難しい。
それにしても、この子は生まれたときから魔力を消費し続けていたのか……。
何から説明しようかと逡巡しているとドアがノックされた。
「あ、来たね」
「姉さん、ワタシが対応します」
「じゃあ、お願いしようかな」
席を立とうとしたところ、カレンが反応する。
ドアを開けて入ってきたのは、ワゴン車を引いたホテル従業員――確か副支配人だっけか――が、飲み物を持ってきた。
先ほどフロントで頼んでおいたんだけど、まさか副支配人自ら給士するとは……。
「副支配人自らすみません」
「いえ、大事なお客様は自ら対応するようにしていますので、お気になさらず。ごゆっくりとおくつろぎください」
優雅な手つきでテーブルに飲み物を準備し、一礼後退室していく。
「紅茶は飲める?」
ティーポットからカップに注ぎながらカレンに聞いてみる。
「……砂糖とミルクを入れれば」
「ふふ、了解」
恥ずかしそうに話すカレンを微笑ましく思いながら二人分の紅茶を入れる。
私はストレートでもらおう。
さっきのお店では甘いジュースがサービスで出てきたため、ちょっとサッパリしたい。
カレンは嬉々として飲んでいたけど、私にはちょっと甘かったかな。
でもまぁ、カレンが嬉しそうにしていたからいいか。
そうして一息ついたところで再び口を開く。
「さっきの話の続きなんだけど、カレンの意思を確認したくて」
「ワタシ、ですか?」
「うん。既に知ってのとおり、私は魔眼の知識を持っている」
神妙な顔でうなずくカレンを見ながら言葉を続ける。
「そこで、あなたがどうしたいかなんだけど、選択肢は二つあるの」
指を一本立て、一つ目の提案をする。
「一つ目は、何も知らずにこのまま生活する道、出会ったのも何かの縁だから、このまま別れたとしてもしばらく生活するだけのお金は渡してあげる」
魔眼はその特性上、すごく強力な武器となるが、力に耐えきられず、精神に異常をきたす者もいる。
銃器類と比べ手放すことが出来ないのも、耐えられない理由のひとつ。
恐らくカレンの眼はまだ開いていないから、このまま何も知らないで過ごすのもひとつの選択肢ではある。
「この道を選べば何も知らず、なんにも関わらず、日常を――今までと変わらない日々を過ごすことができる」
「…………」
真剣に聞くカレンの目の前で指をもう一本上げる。
「二つ目は魔眼について知り、理解し受け入れること。力を求め、欲し、利用できるだけの精神力が必要になる。どこまで手助けできるかはわからないけど、普通に使いこなすだけなら私の知識でも十分だと思う」
安易に手に入れる力じゃないし、使いこなすためにしばらくは私と共に行動してもらうけどね。とも付け加えておく。
「一つだけ言っておくと、魔眼を受け入れたらもう二度と後戻りはできないから」
カレンからの反応は……無い。
「この二つ。カレンはどちらを選ぶ?」
「…………」
「…………」
紅茶を飲みながら、カレンからの答えを待つ。




