130 遺留品
「……なぁ、ところで、嬢ちゃん」
「え……?」
終わったかと思って気を抜いたところ、おっちゃんに再び声をかけられた。
「さっきの話、本当か?」
視線を合わせるようにおっちゃんがしゃがみ込む。
「さっきのって……両親のことですか? 本当ですが……」
「そうか。……それはすまなかったな。嫌な思いをさせちまった」
悲痛な面持ちでそう謝罪するおっちゃんは、先ほど男性を戒めていた時とは打って変わり、優しい声色で話しかけてきた。
帽子を深く被っていたからわからなかったけど、意外と若そう? 三十歳前後って感じかな。
「いえ、あの人を止めるためには仕方がないことですよ。特に気にしていませんから」
視線はすごい気になりますが……とはさすがに言えん。
「そう言ってもらえると助かる。お詫びと言ってはなんだが、何か手伝えることはあるか? 見るからに一人のようだが、他に頼れる人はいるか?」
んー、といっても今のところは何も問題ないしな。
今後どうしていくかってのは、考えなきゃいけないことだけど、今はまだ何も……。
「いえ、今のところは大丈夫です」
「そうか。もし、何か困ったことがあれば声をかけてくれ。しばらくはこのソムヌイの村かヘバルゴの街にいるから」
あー、村って言っちゃったよ……。やっぱり街には見えないよね。
「ありがとうございます。その時はぜひ」
礼を言うとおっちゃんはその場を離れていった。
あ、声をかけろって言ったって、連絡先聞いてないじゃん。まぁ、いいか……。
「次の方、どうぞ」
おっちゃんと話していたら、ちょうど順番が回ってきた。
テントの中に入ると机と椅子が並んでおり、受付カウンターのように人が座っていた。
勧められるがまま椅子に座ると、記入用紙が手渡され、必要項目を書いていく。
自分の名前と両親の名前、住所や電話番号など――。
書いた用紙を渡すと、受付の人は何かと照合するような素振りを見せる。
「ありがとうございます。私は公安局から派遣されてきた者で、今回の事故について対応させていただきます。既にご存じかもしれませんが――」
そう前置きをおいてから受付の男性は本題に入る。
説明の大部分は事前にインターネットで調べた事故の概要とほぼ同じであった。
突如空中で消息を絶った旅客機。
人里からさほど離れていない場所での出来事だったため、目撃者は多数確認された。
情報統制を引いているが、あまりにも目撃者が多かったため、完全には機能していなかったらしい。
証拠は無いが、インターネットの情報と男性の説明を合わせると、やはり近辺の傭兵組織の仕業ではないかと。
この傭兵組織、ただの傭兵たちの集まりではなく、一国の軍隊に匹敵するほどの力を持つらしい。
この村でもその脅威は届いており、近々戦争でも起きるのではないかと言われている。
それだけの力を持った傭兵組織であれば対空ミサイルの一つや二つ、簡単に飛ばせるだろう。
「今のところ物的証拠が出てきていないため、搭乗者の遺留品を含めて捜索している最中であります」
男性は一息入れて続きを話す。
「搭乗者の方たちは爆発の影響でほとんど原型をとどめておらず……。一旦ご遺体を集めさせていますが、分別が困難なためそのまま埋葬させていただければと……」
言い辛そうに男性が説明を続け、手元に一枚の紙が用意される。
「こちらは同意書になります。最終的には共同墓地への埋葬となりますが、手続きや対応について一任いただければと」
……そっか。
一目だけでも父さんと母さんに会えればと思っていたけど、仕方が……ないか。
やるせない気持ちが湧き上がってくるが、ここで駄々をこねても意味がない。
感情を抑えながら手元の紙にサインをする。
……父さん、母さん、ごめんね。
「ありがとうございます。このあとは集められている遺留品について確認いただきます。もし、搭乗者の持ち物が判明したら係の者に声をかけてください。照合が完了すれば後日返却されますので」
男性から代わりに一枚の紙を渡される。
「テントを出て左手に進んでください。簡易的な保管庫が作られておりますので、そちらで確認が可能です」
「……ありがとうございます」
席を立ち、言われたとおりに保管庫へ向かって歩きだす。
保管庫は同じようなテントで作られた場所だった。
この村は人口も少ないから、あまり大人数を収納できる建物がないのだろう。
受付に紙を渡し中に入る。
私以外にも数人ちらほらと確認している人がいた。
みんな悲痛な面持ちで見て回っている。
近くの机に並べられている遺留品を見るが、焼け焦げ赤黒くなっている。まるで事故の凄惨さを物語っているようだった。
その雰囲気に呑まれないよう品物を見て回る。
テスヴァリルでも大量に人が死んだとき、同じような状況になったことがある。
その時もあまりいい気分ではなかったが、今回も同じように少々不快であった。
いくら人の死にやすい世界であったといっても、やはり人が死ぬことには慣れない。
そんなことを考えながら遺留品を見て回っていく。
しばらく会っていなかったこともあり、なぜこの飛行機に乗っていたのかわからない。
遊びなのか仕事なのか。それさえわからない以上に、見つけるのは困難かと思えた。
「……あっ」
ふと、視界の隅に捉えたペンダント。
ハートの形をしているが、半分に割れており不完全な形をしている。
その不完全なペンダントの隣に、同じく不完全なハートを形取ったペンダントがある。
これは不完全なペンダントではなく、二つ合わせることによりハートの形になるペンダントである。
透明な袋に入れられたそれらを手に取り、裏を見る。
そこには一つだけ文字が刻印されていた。――両親それぞれのイニシャルが。
「私が……プレゼントしたやつだ」
焼け焦げたような色合いになっていたが間違いない。
スマホを貰ったとき、お返しにと、両親へプレゼントしたネックレス。四、五年ほど、前だろうか。
「まだ……持っていたんだ」
両親の顔が、想いが、脳裏に浮かぶ。
この世界に生まれて優しく育ててくれた父さんと母さん。
一緒に暮らしたのはわずかな時間だったけど、二人の子供として生まれ変われて良かったと思う。
いい両親だった。
私のワガママに文句も言わず、信用して一人暮らしもさせてくれて、感謝しかない。
父さん……母さん……。
心はもう大人だから、子供みたいに泣きわめくことはしない。
でも、今だけは……今だけは、少しだけ、いいよね。
唇を強く噛みしめうつむく。地面に小さな染みが広がるのを眺めながら、少しの間だけ声を抑える。
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その後も見ていくと、両親のスマホと思われる物も出てきた。
以前の私と同じ機種で、ストラップに見覚えがある。
汚れてはいたが、壊れてはいないようだった。
こちらもペンダントと一緒に、袋に書いてある番号を控える。
後日、照会して返却されるらしい。
「思ったより時間がかかっちゃったかな」
もう、ここには用が無い。さっさと街に戻るか。
少し歩いたところで振り返る。
テントの向こう側に山が見える。遠くからでも荒れ果てているのがわかる山に、飛行機が墜落したらしい。
その方向に向かって手を合わせ、目をつむる。
――どうか安らかに――。
少し遅くなってしまったため、帰りは大丈夫かと思っていたら、運転手さんはちゃんと待っていてくれた。
差し入れに飲み物を渡す。この村で売っていたよくわからない飲み物を。
運転手さんは嬉々として飲み始めたから毒ではないのだろう。うん。色は紫色でかなり毒々しかったけど……。
私も同じように口にする。
ほのかな甘みとミルクのような味わいに少々混乱する。
見た目と味が完全に一致しない。
ま、まぁ、そういう飲み物もあるよね……。
その後、帰りは特に何も起きることなく街に着いた。
残りのお金を支払って運転手さんと別れる。
ちょうどお昼の時間だけどカレンは起きているかな。




