13 新しいお友達
校舎から出て、しばらく無言で歩く。
そのまま連れてこられたのはグラウンドの隅っこ。
「ここまで来ればいいかしら……さて、キミ、この前の銀行にいた子だよね?」
「はい?」
え? 何のこと? というより誰?
さっきまでのリンちゃんはどこに行ったの?
「とぼけなくていいよ~。そのために人気のない所に来たわけだし」
「えと、ごめん。本当に何のことやら。あ、私、人の顔を覚えるの苦手だよ?」
「はぁ?」
その反応はひどいやろ……。
「はぁ……仕方ない」
っていきなりスカートの中に手を入れてどうした。
「はい、これ」
リンちゃんの手の中にあるのは、ピンクの……銃?
「あ、銃なんて持っていていけないんだー」
「そうじゃなくって!」
銀行って、あの時の子か。
全然気がつかなかった。
「はぁ、気がついていないなら、わざわざ言わなきゃ良かった」
銃をホルスターに仕舞いながら嘆いている。
「いや~雰囲気も違うし、喋り方も違うし、本当に気がつかなかった」
そう言ったらなぜかジト目で睨まれた。
「でも、なんで喋り方も変えているの?」
「あ~、ワタシの家庭ってそこんとこ厳しくて。だから人前ではいつもお淑やかにしているの。でも素がこんな感じだからね」
そう言いながら校舎の方に歩きだす。
用事は終わりか……。
歩いているリンちゃんの横に私も並ぶ。
「さすがに四六時中お淑やかにしていると息が詰まるから、友達作って学校生活は楽しもうと思っていたの。で、そこにキミがいたわけよ」
ビシッ! っと、効果音が出てきそうな勢いで指を刺す。
「さいですか……」
「なに? 反応悪いね」
「あ、ごめん。ちょっとギャップについていけなくて……」
「まぁ、仕方がないよね。自分でも引くぐらいキャラ作っているし」
自分でも思ってたんかい。
あまり関わらない方がいいかな……。
そろそろ校舎に着くというところで、
「あ、じゃあ私はこれで……」
がしっ、と肩を捕まられる。
恐る恐る後ろを見ると――、
「ね、ね、ワタシたちもう友達だよね。ワタシの秘密バレちゃったし。もう友達でいいよね」
笑顔が怖いわ!
友達じゃなくて口止めの間違いじゃないか……。
無言でいると何を思ったのか――、
「友達じゃないなら、消えてもらっ――」
「友達っ! 友達だから! だから、それ仕舞いなさい……」
いつの間にか持っているピンク色の銃。
そんなにポンポン出していいのだろうか。
「それじゃあ、あらためてよろしくね。コトミ、でいいよね」
「はぁ、もうなんでもいいよ」っと、適当に答えておく。
「それにしても、よくそれ持っているね」
「ちょっと伝手があってね~。いいでしょ」
「いいでしょ、って子供に何を自慢しているのよ」
はぁ、この子の相手をしていると疲れる。
「でもコトミってあまり子供っぽくないよね」
いきなり何を言い出すのか、この子は。
「……なんでそう思うの?」
「んー、勘? 銀行の時も落ち着いていたし、他の子たちと違って騒いでいないし」
「そういうリンちゃんも十分落ち着いているように見えるけど。銃なんて持って子供っぽくないし」
「ワタシの周りじゃ子供もみんな銃ぐらい持っているよ~」
そんなはずあるかい。
なんか、調子狂うなぁ……。
もう校舎は目の前まで迫っている。
これからも仲良くできるかな……。
「なんか失礼なこと考えてない?」
本当に勘がいいねぇ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねぇ、コトミさん」
一日の授業が終わり、帰りのホームルーム前の時間帯、隣の席のリンちゃんから声をかけられる。
「……ん?」
少し身構えながら横のリンちゃんへ視線を移す。
「そんなに警戒しないでくださいまし。別に取って食おうってわけではないのですから」
そんな獲物を狙う目で言われても説得力が無いよ……。
「ところで、お家はどの辺ですの?」
「んー、駅を挟んでちょうど反対側の住宅地、だね」
「それならちょうど良かったですわ。途中まで一緒に帰りませんか?」
微笑んだ笑顔の中で小さく主張をしている八重歯が、普段であれば可愛らしく見えるのだろうが、その時ばかりは肉食獣に見つめられているような感覚に襲われた。
……リンちゃんには内緒だな。
一瞬寒気がしたが、小さくうなずく。
うん。口にはしていないんだけど、リンちゃんからの圧がすごい。
察しがいいのも考え物だね……。
「リンちゃーん、一緒にかえろー」
「いや、ボクと一緒に帰ろうよ」
「それより校庭で遊ぼうぜ」
わらわらわらと、隣の席に集まってくる子供たち。
これ、私いらないんじゃね?
「みなさん、ごめんなさい。今日はコトミさんと一緒に帰る約束をしたので、また今度誘ってください」
「「「ええぇぇーー!!」」」
ビクッ。
十人近い子供たちが一斉にこちらを見る。
「あ、いや、そのー……」
「コトミさん、ほら、帰りますわよ」
あぁ、また引きずらないで~!
「それではみなさんごきげんよう」
背中に突き刺さる視線を何とか我慢し教室を出る。
「ふー……リンちゃんと帰るのも一苦労だね」
「何よ。人を疫病神みたいに言っちゃって」
校舎を出てしばらく歩いたところでそんなことを漏らす。
周りに誰もいないからリンちゃんもいつもの口調に戻っている。
「そのうち誰かに刺されるんじゃないかって気が気じゃないよ」
「心配しすぎでしょ。みんな子供だよ?」
そうは言ってもクラスの大半がリンちゃんに好意を寄せている。
下手なことをするとクラス中を敵に回す可能性がある。
とんでもない爆弾を抱えてしまったな……。
ふと横を見ると、リンちゃんがふくれっ面でこっちを見ている。
「……どうしたの?」
「もう、また変なこと考えているでしょ。コトミはすぐ表情に出るんだから」
「う……」
「まぁ、わかりやすくて、変に気を使われるよりはいいんだけどね」
そんなことを話しながら帰路につく。
「……そういえばリンちゃんのお家はどこにあるの?」
少々気まずくなり、話を逸らす意味も込めて質問する。
「ん? んと、向こう側のちょっと丘になっている場所わかる? その先だね」
あぁ、確か私の家から少し離れたところに小高い住宅地があったね。
この街――アルセタには住宅地が多くあり、それなりに栄えている街である。
首都から若干離れてはいるが、住みやすい街ということで人気があるらしい。
もちろん、リンちゃんのようなお嬢様が住んでいる地域があるのも、栄えている理由なのだろうが。
その高級住宅地に住んでいるのか。
「それじゃ、途中でバイバイ、かな」
分かれ道までの少しの間だけど、色々なことを話した。
ご両親の都合でこの街に引っ越してきたことや、リンちゃんのこと。
といってもどこから来たのか、お嬢様なのか聞いてもはぐらかされたけど。
この街のことも説明した。
スイーツのおいしいお店や遊ぶところ。
久しぶりに同世代の子と楽しく話せたかもしれない。
少々話し足りないとは思ったけど。
「ふふふ、楽しんでもらえたのなら誘ったかいがあったね。また一緒に帰ろうね」
そういって大きく手を振るリンちゃん。
「うん、また明日学校でね」
私も家に向かって歩き出す。
その後もリンちゃんと何度か一緒に帰ることはあったけど、クラスの人気者であるリンちゃんは毎日引っ張りだこで独占することなんて出来なかった。
いや、別に独占したいとかは思っていないよ?
そりゃ、リンちゃんと喋るのは楽しいけど、一人の時間も好きだよ?
ただ、一人の時は時間が長く感じるけど……。
って、違う違う、一人が寂しいわけではない。断じて違う。
誰に言い訳するでもなくぶつぶつと一人つぶやく。
変わってしまった心に戸惑いながらも、『悪くないかな』と思っている自分がいる。
退屈していた学校生活が少し楽しくなってきそうな、そんな予感を抱えながら今日も学校へと向かう。
 




