129 事故の状況確認
「ん〜〜っ」
カーテンの隙間から差し込む陽の光で目を覚ます。
見覚えのない天井……と思ったら、そうだ、ホテルか。
両親の飛行機事故でこの街に来たんだった。
それでホテルに泊まって……そういえばカレンは……。
身体を起こし、膨らみは――足側にあった。
「なんで私の出会う人はこうも寝相が悪いのか」
一応、治癒魔法をかけておく。
最近、おまじないのようにかけているし。
布団がゆっくりと上下しているから特に問題ないだろう。
カレンを起こさないように、ゆっくりと布団から出る。
一緒に連れていこうとも思ったんだけど、出向く場所が場所だし、お留守番してもらおう。
お昼頃には戻れるだろうから書き置きして行くか。
そういえば、文字は読めるのかな……。
まぁ、いいや。フロントに言伝しておこう。
そうすれば文字が読めなくてもなんとかなるだろう。
なるべく物音を立てないように、手早く出発の準備をする。
荷物も少なくていいや。一緒に持ってきた小さめのリュックを背負って静かに部屋を出る。
朝ご飯は……移動しながら食べるか。あまりカレンを一人にしておきたくないしな。一食ぐらいは仕方がない。
ホテルのフロントにチップを渡し言伝を頼む。ついでに墜落現場の村まで行ける車もお願いする。
それと、待っている間に車で食べられるものをテイクアウト。
いろいろとお金がかかるけど仕方がない。こういう時に使わないと。
あまり待たされることなく、簡単な包み紙にくるまれた朝食を渡される。
テイクアウトするお客さんは他にもいるようで、ある程度の準備はされていたようだ。
うん、そういうところにサービスが行き届いているとは、いいホテルだよね。
受け取った包みはリュックに入れる振りをして収納へとしまう。
ご飯は劣化しやすいからなるべく収納へと入れる。
あまりかさばる物でもないし。
できればおいしく食べたいしね。
ホテルの前でたたずんでいると、頼んでいた車が目の前に停止する。
場所的に車でなければ行けないし、往復もするから一日貸切でお願いした。
「それじゃあ、お願いします」
「……ウィ」
乗り込んだ私の姿を見て、言葉を詰まらせたが、あまり気にすることなく車を発進させる。
さて、到着まで一時間あるから少しゆっくりしよう。
運転手さんへ断りを入れて、朝ご飯を取り出す。
包みを開けると、サンドイッチと簡単な揚げ物がついていた。
揺れる車内ではなかなか食べづらかったが、そこは仕方がないと諦め、なんとか完食する。
それなりにおいしかったから、今度はここのレストランで食事してもいいかな。
食事を終えて外の景色に目を向ける。
街の周囲には草木が多くあったが、この辺はもう何も生えていない。
気候の関係なのか、見渡す限り土や岩ばかりである。
道も舗装されていないから、さっきのようにかなり揺れる。
近代的な都市とは反対に、荒れ果てた大地となっている。
「オキャクサン、モウスグツクヨ」
少しぼーっと景色を見ていたところ、若干聞き取りづらい発音で運転手さんが教えてくれる。
意外と早く着くね。……って、もしかして、かなり急いだ?
だから、あんなに揺れたのか……。
確かに、一日貸切なら早く用事を済ませた方がいいだろうしね。私としても助かるし。
仕方が無い。チップを弾んでやるか。
前金として、料金の半分は既に支払っている。
残りの半分は用事が終わってから。
まぁ、お互い逃げられたら困るからそうしているんだろうね。
そんなことを考えながら外を見ると、遠くに建物が見えてきた。
街というよりかは、やっばり村という感じかな。
車がゆっくりと速度を落とす。
路肩……といっても、どこが道の端かわからないけど。
「ドノクライ、マツ?」
「えぇと……二時間ぐらいです」
「ワカッタ、マッテル」
意外といい運転手さんなのかな?
そんなことを思い、車から降りて村の入り口へと向かう。
確か役場に一度向かってくれって言ってたっけ。
事故の影響か、村の入り口には急遽作られたであろう立て看板が立っていた。
看板には役場や診療所の方向が指し示されている。
とりあえず役場に向かうか。
指し示すその方向に従って歩いていく。
道中すれ違う人にはいろいろな服装の人が見られた。
きっと、事故の関係者なんだろう。
普段は静かであろう村も、今このときばかりは騒がしくなっている。
村からすればいい迷惑か。
いや、出店とか並んでいるから、そうでもないのかな……。
観光しに来たわけではないが、もの珍しい品々に目を引かれる。
左右キョロキョロとしてる内に、目的地へと到着する。
扉を開け中に入ったが、役場の中は人でごった返していた。
……この中を進むのか。
一瞬躊躇したが、このまま突っ立っているわけにはいかないため、意を決し中に入る。
……うぅ、人に酔う。
事故受付の案内板を見つけ、そこに並んでいる列へ同じように並ぶ。
少し心に余裕が出てきたので、あらためて周囲の様子を見ると、みんな口数も少なく、どこか悲観的な空気が漂っている。
あれだけの事故が起きたんだから仕方がないか。
どれくらい時間がかかるかと思いきや、案外進みは悪くない。
あまり私みたいな子供はいないから、周りからかなり浮いてる。
並んでいる最中も好機の視線を受けていたが、まぁ、気にしちゃいけない。
ちなみに、待っている間にスマホを使おうとしたけど電波が届いていなかった。
うーん……。仕方がないか。リンちゃんへの連絡はまたあとでしておこう。
役に立たないスマホはそのまま収納へと入れる。電池も減らないしね。
前を見ると、ちょうど私の順番になった。
「事故の件で来たんですが……」
「はい、お名前を伺っても?」
「コトミ・アオツキ、です」
「えーっと、八番ですね。この札を持って建物の裏手へと向かってください」
番号が書かれた小さい紙を渡される。
何かの整理券? とりあえず行ってみるか。
言われたとおりに建物の裏手へと向かうと、簡易的なテントが複数並んでおり、一つずつ番号が掲げられていた。
その入り口には同じように人の列が。ここでも並んでいる……。
若干うんざりしながらも、八番のテントを探す。
えーと……あ、あった、あった。
八番も並んではいたが、他の列に比べてはまだマシな方だった。
再び列へと並ぶ。
「原因がわからないって、どういうことなんだよ!」
あと二、三人というところで、横の列からそんな声が届いた。
「で、ですので、私たちも詳細を聞いているわけではないのですよ。あくまで事故の状況と、確認のための案内をしているのであって、それ以上のことはわからないのですよ」
どうやら、案内の人に詰め寄っている男性がいるようだった。
「そんなの知ったことか! 家族が、妻と子供が乗っていたんだぞ!」
「そ、それはお悔やみ申し上げます。ただ、ここにいらっしゃる他の皆様も同じような状況のため、何卒ご理解をいただきたく……」
「こっちは被害者なんだ! 責任者を出せ!」
かなり気が立っているね。家族が犠牲になったのであれば、それは仕方がないのであろうが……。
「いい加減、その辺にしておけ」
大きな声ではないが響き渡る声に、その場が静まりかえる。
横を見ると、ガタイのいいおっちゃんが帽子を深く被り、男に向かって喋りかけていた。
「ここに来ている奴ら、多かれ少なかれ大事な奴が犠牲になったんだろうよ。お前さんだけじゃない。こんな小さな子でさえここにいるんだ」
そう言葉を続け、私の肩を叩く。
……え? 私?
いきなり振られた話についてこれず、一瞬言葉に詰まる。
「なぁ、嬢ちゃん。お前さんも誰かを探しに来たのか?」
その一言で周囲の視線が一斉に集まる。……怖いわ!
「んと、パパとママが……」
「「「なっ……!」」」
その時、空気が一瞬凍ったような、そんな気がした。
「……こんな子供でさえ、泣きわめくことなく、待っているんだ。もう少し、周りを見ろ」
おっちゃんがプルプルと小刻みに震えているんだけど……。
「くっ……そぉぉぉっ!」
最初に騒いでた男性が大声を上げながら去っていく。
気持ちは……わかる。
わかるからこそ、誰もがやるせない気持ちで、声をかけることもできず、走り去るその男を見守ることしかできないでいた。




