123 移動中の考え事
「急にすみません。お願いします」
「いいえ、お安いご用ですよ」
運転手さんに挨拶し車へと乗り込む。
扉のところで手を振る三人に見送られ出発する。
まさか、こんなに早くこの街を出ることになるとは思わなかったな。
数日前に来た道を逆に抜けるよう車が進む。
ついこの間通ったばかりだというのに、ずいぶん久しぶりな気がする。
まぁ、いろいろとあったからなぁ。
アウル――アリシアもまさか転生しているなんて思っていなかったし。
転生したってことは、アウルも向こうの世界で息を引き取ったんだろう。
なぜかは知らないけど。
ふと窓の外を見るとちょうど街の外へ出たところだった。
少しずつ速度が上がっていく。
空港までは車で二時間程度、鉄道やバスが無いから車で行き来するしかない。
こんな時だけど、少しゆっくりしよう。
窓の外を眺めながらいろいろな考えにふける。
そういえば久しぶりに一人となった気がする。
リンちゃんと出会ってからは毎日のように顔を会わせていたし。
考え事をするにはちょうどいいかな。
外は見渡す限り畑の景色から、遠くまで見渡せる草原となってきた。
街中と違い、街同士をつなぐ街道に制限速度はない。
車の限界まで速度を出して二時間だから、意外と距離はあるのかもしれない。
そうだ、飛行機の予約を取らなきゃ。
スマホを取り出し、今日のフライト時間を調べる。
ホント、便利な世の中だ。これだけ便利であれば魔法がなくても生活できる。
移動中も魔物の襲撃もない、さすがに盗賊……というより強盗はどこの世界でも共通だけど、ほとんどの犯罪者は逮捕され罰せられる。
飛行機のフライトルートを確認し、今から三時間後のフライトを予約する。
窓の外は平原が広がっており、人も動物も見当たらない。暫くは同じ景色が続きそうだ。
そのまま視線を手元に下ろし、スマートフォンを操作する。
あれからニュース情報はどうなっているかな。
いろいろな国からの情報――ニュースサイトに目を通していくと、写真を掲載しているサイトがあった。
……あー、これじゃ、きっと助からないよね。
そこにはほとんど原型を留めていない飛行機の姿があった。辛うじて、機体の色や航空会社のシンボルが見える程度ではある。
墜落場所はヘルトレダ国のスムヌイという街の近く。
原因は……と。
さらに読み進め、推測ではあるが派生サイトからの転用記事を見つけた。
墜落の原因は、現地に基地のある傭兵組織からの攻撃ではないかと推測されている。
当局はコメントしていないが、当日の運行ルート上に基地があったこと、飛来物が航空機に向かって飛んでいったとの目撃情報があること、および散乱している部品類から、ほぼ間違いないのでは、と記事には書かれている。
……へぇ。
事故や災害なら仕方のない部分もあったのだろうけど、意図された人為的なものだった場合、どうするか。
……潰すしかないよねぇ。
「お嬢様、そろそろ中間地点なので休憩されますか?」
思考が黒く染まりかけた瞬間、声をかけられる。
「――そうですね。お願いできますか」
危ない、危ない。まだ目立つわけにはいかない。
まだ、犯人が決まったわけではないから、慎重にいこう。
そう締め括り、窓の外を眺める。
まだ日は高いが向こうに着く頃には日が暮れているだろう。
徐々に速度を落としていく車。
途中の休憩所と言っても、街と空港の中間地点にある給油所兼食事処になる。
見渡す限り平原や畑しか無いので、この街道を行き来する人たちには必要不可欠の場所である。
「お嬢様、私は給油もしていますので、少し休憩されていてください」
「はい。ありがとうございます」
お言葉に甘えて少し身体をほぐそう。
前回も立ち寄った場所でもあるため、ある程度の勝手はわかっている。
お手洗いを済まし、売店の方へ。
何か飲み物でも……運転手さんにも買っていくか。
「すみません。好みがわからなかったので、コーヒーと紅茶を買ったのですが、どちらがいいですか?」
運転手さんが窓からこちらを向き、驚いたように返事をする。
「あ、あぁ、ありがとうございます。気を使わせてしまいましたね。それではコーヒーをいただきます」
運転手さんへコーヒーの入ったカップを渡す。
「私は用事が済みましたが、運転手さんは大丈夫ですか?」
車に乗り込みながら問いかける。
「えぇ、私は大丈夫ですよ。それでは出発しましょうか」
「えぇ、よろしくお願いします」
ゆっくりと車が動き出す。
少しずつ速度を上げ、再び平原の視界に染まっていく。
紅茶を一口のみ、一息入れる。
あと一時間、考え事するには十分な時間である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
車が再び走り出してからそろそろ一時間。
周囲の風景も平原から畑に変わりつつあった。街道を走る速度を少しずつ落とす。
空港の周囲とはいえ、人の住む家もある。
騒音の心配は無いのだろうか、とも思うが、人間慣れれば意外とどこにでも住めるのである。
「お嬢様、もうすぐ到着いたします」
「ありがとうございます」
道中、特に大きなトラブルもなかったため、フライトまで一時間ほど余裕がある。
まぁ、搭乗準備していれば時間はすぐ経つよね。
車が空港のエントランスに到着する。
「運転手さん、ありがとうございました」
「お嬢様、お気をつけて。それと不躾ではありますが……」
「……?」
「この先、お辛い現実が待っているかもしれません。辛く、悲しく、全てを失うことになるのかもしれません。それでも、私たち、リーネルンお嬢様含め、コトミお嬢様のお帰りをお待ちしております。どうか、無事お帰りください」
運転手さんから慰め……いや、違うな。励ましの言葉を貰う。
六十代半ばの風貌をしておりガタイもいいから貫禄がある物言いとなっている。
本心で心配しているであろう言い方に、少し好感を持てる。
「……ありがとうございます。運転手さんも帰り気をつけてくださいね」
「ビーンです」
「え?」
「私の名前です。それと、敬語は不要です。コトミお嬢様も、リーネルンお嬢様と同じく、大切なお嬢様なのですから」
「……わかった。それじゃあ、ビーンさん、リンちゃんにもよろしくと伝えておいて」
「かしこまりました」
ビーンさんはそう言い、深々とお辞儀をして見送ってくれた。