122 訃報の連絡
「ん〜〜っ」
朝だ。昨日は疲れていたからか、ぐっすり寝たな。
上半身を起こし周囲を見渡す。
アウルは相変わらず朝練で、二人は……。
珍しい。左右で普通に寝ている。潜っているわけでもないし。
「んぅ、朝……? あ、コトミ、おはよー」
リンちゃんが目を覚ました。
「ふぁ……コトミさん、リンさん、おはようございます」
反対側のルチアちゃんも目を覚ましたようだ。
「うん。リンちゃん、ルチアちゃん、おはよう」
リンちゃんが大きく伸びをし、欠伸を噛み殺す。
「ふぅ、コトミって疲れている時の方がおとなしいのかな」
はい? 言っている意味がよくわからないけど、二人ともよく眠れたようだった。
ただ、念のため治癒魔法はかけておく。あとでアウルにもかけてやろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日はどうしようか」
朝ご飯を食べながらリンちゃんが今日の予定を聞いてくる。
んー、今日で九日目か。楽しい時間はあっという間だね。
……あれ? そういえば。
「……宿題がまったく進んでいないんだけど」
「うっ……」
リンちゃんがバツの悪そうに視線を逸らす。
「最近、遊んでばかりだったし、今日は宿題の日にしようか」
「そ、そんな殺生な……」
絶望に染まった表情でリンちゃんが抗議してくる。
いや、あなた頭いいんだから、宿題ぐらいさっさと終わるでしょ。
え? 最後まで取っておいて、一気にやるのが楽?
なに言っているのよ。まったく。
典型的な間に合わない子のような理屈を並べながら言い訳してくる。
「だーめ。ご両親にも頼まれているし、こればかりは妥協できないよ」
「うぅ-……」
涙目で可愛く訴えてくるがそんなの効かないよ。
アウルとルチアちゃんは苦笑いしているし。
まぁ、一日ずっと宿題は可愛そうだから、午後はリンちゃんの自由にさせてあげるか。
『ピロリロリン、ピロリロリン……』
ん? 珍しい、電話だね。
朝ご飯が終わり、リンちゃんの部屋へ戻る最中にスマホが鳴る。
最近はみんながスマホを持つようになったから、私も持ち歩くようにしている。
収納に入れていると連絡取れなくなっちゃうし。
しかし、普段鳴らない電話が、なぜ鳴るのだろうか。
「ごめん。先に行ってて」
考えていても仕方がないので、みんなを先に行かせ、とりあえず電話にでる。
『あ、コトミ・アオツキさんのお電話でしょうか』
「はい、そうですが……」
受話器口に野太い男性の声が聞こえる。
『落ち着いて、聞いて欲しいのですが』
「はぁ」
いったいなんだろうか。
『ご両親が乗った飛行機――旅客機が事故に遭いました』
どうやら、私の日常はまたしばらくお預けのようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『搭乗記録だけの確認しか出来ていないため確実なことは言えず、安否の確認もまだ出来ていない状況なのですが、事故の状況的に恐らく生存者は……』
電話口で言い淀む男性。
「……わかりました。それで、どうすればいいでしょうか」
『え……あ、えぇ、墜落現場には既に救助隊が駆けつけておりますが、残念なことに今のところ生存者の情報が入ってきておりません』
「…………」
男性は一息つくと言葉を続ける。
『所持品も散乱している状況で、本人確認が難航しているところです。そこで、ご家族の方には大変お辛いことにはなるのですが、身元確認をお願いしているところであります』
突然のことで動揺する。
だけど、やるべきことをやらなきゃ。
その後、どこに行けばいいのか、誰宛かなど細かく話を聞き、電話を切る。
「はぁ」
小さくないため息をつき、スマホを操作する。
さすが情報社会。ニュースサイトのトップページにデカデカと書いてある。
『飛行機墜落』
『乗客の生存は絶望的』
『事故かテロか?』
『身元の確認急ぐ』
写真も掲載されており、スクロールしながら見ていく。
見るからに原型を留めていない飛行機の写真が次々と映る。
「はぁ」
再びため息をつき、スマホをポケットに入れる。
収納に入れていては電話が使えない。またいつ電話があるかわからないのだから。
「あ、コトミ電話終わった?」
「うん」
部屋に入ると、ソファーで談笑していたリンちゃんがこちらに気づき、声をかけてくる。
「……? どうしたの?」
「え?」
平静を装いつつ、リンちゃんの隣に座る。が――。
「いつもと雰囲気が違うけど、何かあった?」
「あはは……。リンちゃんにはバレちゃうか。実は、お願いがあるんだけど」
「?」
私は今の電話の内容と、事故のあった場所――ヘルトレダ国に向かうこと、しばらくアウルたちの面倒をみてくれないか、ということを伝えた。
「――コトミ、大丈夫?」
「うん、大丈夫、落ち着いているよ」
電話で聞いたときは少しビックリしたけど、今はもう落ち着いている。
不思議と悲観的な感情が出てこない。
テスヴァリルでは常に死と隣り合わせだったこともあり、独特な死生感を持っているからか。
両親とはいえ悲しむ気持ちが湧いてこない。
それでも十数年一緒にいたのだ。育ててもらった感謝の気持ちはあるため、残念な気持ちではある。
「ワタシも一緒についていこうか?」
「ううん、大丈夫。リンちゃんにはアウルたちと一緒にいて欲しい。こいつ、目を離したら何をするかわからないから」
「こんな状況なのに、辛辣なコメントが出てくるあたり図太い神経しているね!?」
アウルから苦情の声があがるがスルーする。
「でも……」
「大丈夫だよ、リンちゃん。そんなに心配しないで」
「いや、普通は心配するでしょ。パパやママたちなんでしょ? 悲しくないの? 辛くないの?」
あー、まぁ、うん。そうなんだけどね。
向こうの世界じゃ人がすぐ死ぬから、いちいち気にしていたらきりがない。
「きっと、今は驚きで心が追いついていないだけだよ。もう少ししたら悲しくなるかもしれないよ」
我ながらウソくさい。
「ホント?」
「ホント、ホント。もし、私が悲しみにうち果てていたら、抱き締めてくれる?」
冗談めかしてそんなことを言う。
「いいよ」
「……え?」
「いつでも、いいからね」
うっ……。あまりの真剣な表情に目を会わせられず、リンちゃんから目をそらす。
「コトミ?」
「あぁ、うん、大丈夫、ありがと。……とりあえず行ってくるよ」
顔を見られないよう、後ろを向く。
「コトミ、不謹慎だよ」
「アウル、うっさい。削るよ」
「なにをっ!?」
あー、もう。そんな趣味はないんだけどなぁ……。
「空港までの車を用意するよ」
「あ、うん。ありがと。助かるよ」
さて、行くと決まったら早速準備しますか。
あまり長期にはならないと思うから、数着の着替えだけをバッグに入れる。
貴重品は無くなったら困るから収納へ。
バッグは荷物になるけどしょうがない。
収納に荷物を入れると魔力上限が減るし、いざというときに魔法が使えないのは困る。
「こんなものかな。……よっと」
リンちゃんに手伝ってもらいながら、小一時間ほどで準備が完了。
荷物を抱え、重さを確かめる。
うーん、まぁ、これぐらいなら持ち運べるか。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
「コトミ」
「ん?」
リンちゃんがいきなり抱きついてくる。
「っと、どうしたの?」
「辛くなったらいつでも連絡していいからね」
え――。
一瞬、言葉に詰まり、
「……それって辛くなきゃ、連絡しちゃダメってこと?」
照れ隠しにそんなことを言う。
「なっ……。そんなことないよ、もう」
ふくれっ面になって怒るリンちゃん。
「あはは、ごめんごめん。……ありがと」
「コトミは素直じゃないからね~」
「ほっといてよ」
扉に手をかけ、開く。
「コトミ」
「ん?」
「また、会えるよね」
「うん、それは大丈夫。荷物を置いていなくなったりしない」
「荷物って……あっ」
そう、あの姉妹のこと。
妹はまだしも、姉はちょっと……。
途中で投げ出したりしないよ。
心の中で少し失礼なことを考える。
「ぷっ、やっぱりコトミだね」
「なによ、それ」
あはは、と笑い合う。
また、いつかはこうやって笑い合える日が来ればいいな。
「それじゃ、そろそろ行くね」
「うん、気を付けて」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「コトミ、大丈夫?」
階段を降りたところで、声をかけられる。
アウルとルチアちゃんが、見送りに来ているようだ。
「アウルに心配されるとは……」
「もう、心配ぐらいはするよ」
「私は大丈夫だよ。リンちゃんに迷惑かけちゃダメだよ、大人しくしててね」
「もー、子供じゃないんだから」
アウルはふくれっ面になりながらも抗議の声を上げる。
「ルチアちゃん、アウルのことよろしくね」
「任せてください。コトミさんが戻られるまで、しっかりと手綱を握っておきます」
「ル、ルチア……」
あ、アウルが崩れ落ちた。
とりあえず心の中で合掌しておく。
「コトミさん」
「ん?」
「……戻ってこられますよね?」
「あぁ、うん。もちろん。二人を置いていかないよ。ちょっとだけ待っててね」
玄関前で見送りに来ている三人の顔を見渡す。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言ってリンちゃんの家をあとにする。




