120 海辺ではしゃぐ少女たち
「さぁ、遊ぶよー!」
日焼け止めを塗るのにかなりの時間を要してしまった。
結局全身を塗らされる羽目になってしまったし。
なんだよ、「この水着は紫外線を透過するのー」って。科学的にもそんなことあり得ないだろう。
そうは言っても、なかなかリンちゃんが折れなかったため、結局全身を塗ることになった。
……別に私が塗られるわけじゃないからいいけど。いいんだけど、あんなところやこんなところまで……。
「…………」
ブンブンと頭を振り、変な方向に意識が行きそうなのを強制的に戻す。……いまだに手の感触は抜けない。
「なんか、疲れた」
「なにヤワなこと言ってるのよ。いっぱい遊ぶわよ」
はぁ。ため息が止まらないがアウルやルチアちゃんが待ちきれない様子だし、仕方がない。付き合ってやるか。
子供が海で遊ぶことと言ったら限られる。
浅瀬で水をかけ合うか、泳ぐか。砂浜でお城を作るか、程度。ひととおり遊んだらすぐ休憩。
「ふぃー、快晴に恵まれて良かったね」
パラソルの下でテーブルを囲み、冷たい飲み物を飲む。
「リンさんは運動神経もいいんだね」
「ふふん、伊達に鍛えていないよ。ただ、まぁ、アウルには負けるけどね……」
「コイツは脳筋だから比較しちゃダメだよ」
「いきなり辛辣だねっ!」
私の一言に大袈裟に驚くアウル。まぁ、いつもどおりだ。
「休憩したらちょっと魔法を試したいんだけどいいかな?」
「うん。いいよ。それじゃ、人払いしておくね」
今は周囲にお手伝いさんたちが待機している。
見られると非常に困るため、それは助かる。
「ルチアちゃんも大丈夫かな?」
「はいっ」
よし、いっちょやりますか。
海を目の前に二人並んで立つ。
降り注ぐ太陽の光が暑い。
さすがにそのまま長時間はいたくないため、パラソルを借りて日陰を作ってもらった。
「さて、前にも説明したけど、魔法というものは自分の魔力を利用して、非科学的な現象を起こしているの」
真剣な表情でうなずくルチアちゃん。
「昨日は単純に水を出したり、火を熾したりしたけど、今日はちょっと複雑な魔法を使ってみようか」
そう言いながら手の平を海に向ける。
「例えば一般的なファイヤーボールは、熾した火を球状に圧縮し密度を高め射出する魔法なの」
説明しながら火を熾し、丸め、小さく圧縮し、海に向け放つ。
しばらくまっすぐ飛んで行った火の玉は魔力を失い消滅する。
「ファイヤーボールは初歩的な魔法だから、魔法名だけでも放てるし、慣れてくれば詠唱無しでも撃てるよ。やってみようか」
ルチアちゃんに促せて、やってもらう。
「むむむ、ファイヤーボールっ」
手の平を前に向け魔法を唱えるルチアちゃん。
その手に炎の球体が現れたと思うと、間髪入れず勢いよく飛び出していく。
「わわっ」
魔法による反動は発生しないはずだけど、いきなりのことに戸惑うルチアちゃん。
飛んで行った火の玉は遠くまで飛んで行く。
私の放った火の玉が消滅した場所を通過し見えなくなる。
「かなりの距離を飛んで行ったね。私の場合、込められる魔力に限度があるからすぐ消滅しちゃうけど、ルチアちゃんの場合は飛距離も相当だね」
魔力を込めれば威力や持続時間は延びるけど、それもまた限度がある。
ファイヤーボールはどれだけ魔力を込めてもファイヤーボールなのだ。
上位の魔法を上回ることはできない。
「簡単な魔法は練習すれば無詠唱で放てるからね」
いまだ驚きを隠せていないルチアちゃんだけど、嬉しそうに大きくうなずく。
「それじゃ、次は詠唱魔法の練習だね。その前に詠唱魔法について説明しようか」
「詠唱魔法の説明? ですか」
「うん。ルチアちゃんも実感したと思うけど、魔法を使うには一定の工程が必要なの。ファイヤーボールの時のようにね」
静かにうなずくルチアちゃん。
「その工程を一つずつこなしていくのも一つの手だけど、そんなのんびりやっていられないからね。その工程を言葉に乗せ省略化した物が詠唱となるの」
「なるほど。だから『ファイヤーボール』の一言だけで、火の弾が飛んでいく魔法になったのですね」
ルチアちゃんが考え込む仕草で質問を投げかけてくる。
「そ。私の場合はさらに短くして『炎弾』を使っているけどね。工程さえわかっていれば詠唱はなんでもいいんだよ。唄の詩でさえいいしね」
「え? そうなんですか?」
意外だと言わんばかりに驚きの言葉を漏らす。
「うん。それをこれから練習するからね。詠唱魔法の共通点は一つ、単純な魔法に比べ強力過ぎるということ」
「なるほど……だから、被害の少ない海に来たんですね……。って、そんな魔法使う機会あるんですかっ?」
驚きと困惑の入り交じった表情でそんなことを言うルチアちゃん。
うん。あまり使うことないと思うけど、せっかくある魔力は使わなきゃ損だからね。
ふふふ、ルチアちゃんほどの魔力があればどんな魔法が使えるだろうか。
あんな魔法やこんな魔法が使えるんだろうなぁ。
うん、夢が広がる。
「はぁ、コトミさん楽しそうですね。いいですよ、わたしにも利点はありますのでお付き合いします」
「あはは……ありがとう」
ついつい顔に出てしまったか……。ま、ルチアちゃんにも悪い話ではないし、大丈夫だろう。
「こほん、それじゃ、早速試していこうか。まずは安全に水の魔法からだね。ルチアちゃんは雨が降る原理ってわかる?」
「雨……ですか? う〜ん、水蒸気が雲となって、凝縮した水が雨となって降る、というくらいしか……」
「うん。十分だね」
テスヴァリルじゃそんな理屈わからなかったから、無理やり水を天まで上げて降らしていたんだよ。
かなり効率が悪いから大した量は降らせられなかったんだけどね。
ちなみに、今の私では魔力が少なすぎるため、この魔法さえ使うことができない。
「昨日も話したように、魔法はイメージが大事で、そのイメージを支えてくれるのが詠唱になるからね。ま、ものは試しだし、やってみようか。初めてだから私の言葉を復唱するように付いてきてね」
小さくうなずき返すルチアちゃん。
さて、いっちょやりますか。
一呼吸し、手の平を空へと掲げる。
「天上る叢雲よ――」
「てんのぼるむらくもよ――」
「天霧る空よ――」
「あまぎるそらよ――」
詠唱を唱え始めると体内の魔力が、手の平に集約していくのがわかる。
「暗雲からの雫を抱え、渇き瘠土に、天の恵みを与えよ――叢雨」
魔力を消費していく感覚が身体に伝わり……そして、魔力が足らずに魔法がキャンセルされた。
やはり、私の魔力量では発動さえしないか。
ルチアちゃんは……と。
その表情から成功したかどうかは判断つかないが――。
「うん。成功だね」
目の前の空に、不自然な雨雲が発生している。
しばらくそのまま様子を見ると、あまり広くない範囲ではあるが雨が降ってきた。
「おぉ……っ」
ルチアちゃんから驚嘆の声があがる。
やっぱり、ルチアちゃんには魔法の才能があるな。
「こんな風に詠唱へイメージを乗せることにより、複雑な魔法も使うことができるの。効果や範囲は込めた魔力量次第だね」
降り続ける雨を見ていたルチアちゃんが口を開く。
「コトミさん……すごいです」
「あはは……すごいのはルチアちゃんだよ。魔力の残りはどう?」
まぁ、これぐらいの魔法じゃほとんど減っていないかな?
「……ごめんなさい。まだ、ちょっとわからないです」
「あぁ、謝らなくていいよ。相当魔力量が多いってことだからね。やりがいがあるよ」
ニッコリと微笑む私に何か感じ取ったのか、ルチアちゃんの表情が固まる。
うん。わざわざ海に来たのは雨を降らすためじゃないんだよね。
大量の水。これが必要なんだな。




