12 転校生
昨日は懐かしい夢を見た。
夢を見たからといって今の生活が変わるわけではないけどね。
何というかホームシック?
いや、この世界の家には住んでいるだろうに。
両親と会えないのが寂しいのか、と聞かれると難しいところだよね。
育ててもらった恩はあるけど、心は成長しきっていたし……。
……ん? もしかしたら、精神年齢だけで言えば、両親とあまり変わらないんじゃ……。
イカンイカン……余計なことは考えないようにしよう。
玄関前の姿見で全身を見る。
黒髪黒眼の小柄な少女が鏡の向こう側にいる。
肩まで伸ばした黒髪に白のブラウス、黒のスカート。
「うん、今日もこんな感じでいいかな」
あまり大人っぽい服装だと浮いちゃうし、かといってキラキラしているものやピンクのヒラヒラは着たくない。
ある程度のところで妥協するのであった。
客観的に見て、今日の装いも問題ないだろう。
登校の準備を終え、家を出る。
他の子たちの通学路から若干離れていることもあり、基本一人での登校だ。
テスヴァリルでは学校なんて行ったことなかったから全てが新鮮だった。
私の精神年齢だと通う必要がないかもしれないけど、これが意外と楽しい。
転生前はあまり勉強になじみが無かったけど、この世界に来てからは当たり前のように勉強している。
みんながみんな、勉強できる環境というのは素晴らしいことだ。
残念ながら魔法のことは学べないけど、そこは仕方がない。
それでも、科学というのは魔法の勉強と同じように好奇心がそそられる。
自分の魔法知識と科学知識が融合すれば、素晴らしい魔法ができるんじゃないかと、ワクワクが止まらない。
もちろん、この世界にも争いや戦争があり、全ての国が同じような勉強のできる環境ではないことは知っている。
この国に転生できたことに感謝感謝。
そういえば、この世界に転生してからも私は魔法を使えるんだよね。
どうやら『魔法が使えない世界』なのではなく、『魔法を使える人がいない』だけっぽい。
私以外に魔法を使っている人を見たことがないので、この仮説も正しいかどうかわからないけど。
水を出したり、転移したり。あとは収納魔法とか、便利な魔法は日常的に使っている。
もちろんバレないように、慎重にだけど。
そもそも今の状態では、魔力を多く必要とする魔法は使えないんだけどね。
攻撃魔法を日常的に使うほど、治安が悪いってこともないし。
怪我をしたときの治癒魔法は結構便利。
魔法が使えるまま転生出来てよかった。
おかげさまでのんびりスローライフを送れている。
『私は、今の生活で、十分充実しているよ』
ふと、昨日の夢を思い出す。
私は、この世界で生きていく。
生まれ変わったことに感謝し、人生楽しく生きる。
自分のやりたいことをやって、のんびりまったりスローライフを送るのだ。
「あ、コトミちゃんおはよー」
「ん、おはよう」
クラスメイトに挨拶を返す。
考え事をしていたらいつの間に自分のクラスに到着していた。
自分の席について授業の準備をする。
ホームルームまでは時間があるけど、あまり私と話す子たちはいない。
仲が悪いってわけじゃないけど、なんか近寄り難いらしい。
十歳ぐらいの歳の子たちって、テレビとか漫画とかゲームの話が多いから、あまり付いていけていないのも理由の一つ。
会話が続かなければやっぱり辛いよね。
うーん、友達ができたらゲームやってみようかなぁ。……って友達が居ないわけではない! 断じて違う!
一人で自分の考えに突っ込んでいるところに――、
「ねぇ、コトミちゃん。わからないところがあるんだけど……教えてくれる?」
「あ、うん、いいよ。えと、ここはね……」
……うん、勉強は出来るから、こういう時は話しかけてくれるのさ。
あははは……はぁ。
二言三言会話し、クラスメイトが「あ、わかった」っと言ったところでチャイムが鳴った。
「コトミちゃん、ありがとね~」
軽く手を振りながら女の子は自分の席に戻る。
チャイムが鳴り終わると同時に担任の先生が教室に入ってきた。
いつもと同じ光景。ただ、普段と違うところが一点ある。
「あれは誰?」「可愛い!」「お姫様!」
周りから上がった声の通り、先生の後ろについて入ってきた子供が一人。
腰までのプラチナブロンドに花柄のワンピース。
確かに可愛らしい。
「は~い、静かに~」
間延びした声が教室に響き、先生が周囲を見渡す。
教室内が静まったことを確認し、
「今日は転校生を紹介します~。時季外れではありますが~、ご両親の仕事の都合でしばらくはこの学校へ通うことになりました~。さ、ご挨拶お願い~」
先生に促され、紹介された子が口を開く。
「みなさん、初めまして。リーネルン・ペリシェールと申します。右も左もわかりませんが、早く打ち解けられるよう頑張りますので、よろしくお願いします」
一礼、のちに、拍手。
上品な感じの如何にもお嬢様って感じだ。
「それでは、席はコトミさんの隣でお願いね~。コトミさんもお隣さんだからいろいろと教えてあげてね~」
「は~い」って軽く返事だけしておく。
その子は教壇から歩いてきて、空いていた隣の席に座る。
歩き方も上品だね。
住む世界が違いそうだけど、挨拶だけはしておくか。
「私はコトミ・アオツキ。よろしくね」
「はい! よろしくおねが……い、しま、す?」
なんで疑問形? しかも、笑顔のまま固まっているんだけど……。
「あの~、リーネルンさん?」
「あ、え、ご、ごめんなさい。ワ、ワタクシのことはリンって呼んでください」
「あ、はい。じゃあ私もコトミでいいよ」
「はい、コトミさん。よろしくお願いします」
「さん付けはいらないんだけど……」
って、向こう向いて聞いていないし。
ん~? 何か嫌われるようなことしたかなぁ……。
考えてみてもわからない。
う~ん。
そんなことで頭を悩ませている間に一限目が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
休み時間になるたび、隣が騒がしくなった。
う、うるさ~いっ!
心の声は届かず、好奇心旺盛な子供たちは新たな登場人物に興味津々。
「どこから来たの?」「髪キレイだね」「可愛い」「どこかのお嬢様?」
やいのやいの。
質問の嵐で参りそう……。
いや、当の本人の方が大変だろうなぁ。
と、ちらっと横を見る。
笑顔だった。
うわぁ。聖人君主か! 完璧超人か!
本人がいいのならいいのか? いいのだろうなぁ……。
そんな感じで時間が進みお昼休み。
給食の配膳が終わって各々自分の席で食事をしている。
この学校では四つの机を向かい合わせにして給食を食べる。
さすがに食事中はみんな大人しく自分の席で食べていた。
私の島はあまりしゃべる人が多くなく、静かに食事が進む。
平和が一番……。
安堵しながらパンを一切れ口に運ぶ。
「ね、ね、コトミさん」
隣のリンちゃんから声がかかる。
「……何でしょうか」
「食事終わったあと、付き合って欲しいのですが」
はい? う~ん……。
悪い予感しかしない。
でも断るわけにも行かないしなぁ。
「……いいよ」
「……よし!」
「ん……?」
「あ、いえ、なんでもありません。それでは食事が終わってからで」
なんだったんだ。今のは……。
食事が終わり、片づけ完了。
お昼ご飯のあとは教室の掃除をしてからお昼休み。
当然のごとく、隣には人が集まるが――。
「みなさん、ごめんなさい。お昼休みの間、コトミさんに校内の案内をお願いしているので。また今度誘ってくださいね」
「えー」「それなら俺が案内してやるよ」「なんでお前が」「私だって」
ナニコレ。すでに暴徒化しそうなんですけど。
「さ、コトミさん。行きますよ」
って、いきなり手を引っ張らないでっ。
しかも意外と力強い!?
無理やり引きずられるように離脱。
罵詈雑言、ブーイングが遠ざかっていく。
私が悪いわけじゃないんだけどねぇ。
そう思いながら教室から離れていく。




