118 テスヴァリル人同士の会話
お風呂を上がってから夜ご飯。
いつもどおりに四人で食卓を囲む。
「コトミって、そんな可愛い服も着るんだね……」
「うっさい」
今日の服もリンちゃんが選んだ力作の可愛らしい服だ。
ピンク色のワンピースに白色のフリルやリボン、ヒラヒラが付いており、お姫様みたいな格好になっている。
「似合っているよー……って、そのナイフはちょっとシャレにならないよ?」
「大丈夫。死なない限りは治してあげるから」
収納から取り出した投げナイフを、手の平で転がしながら斜め前のアウルを威嚇する。
「あは、あはは、ごめん……」
「ふんっ」
怒りは収まらないがナイフを収納に収める。
「そんなに怒ったら可愛い顔が台無しだよ?」
「リンちゃんもうっさい」
不機嫌にそう言い放ち、黙々と食事を続ける。
ルチアちゃんは拝むような、敬うような表情で微笑んでいる。
何も言わないところがちょっと怖い……。
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「ちょっとこれから会議があるんだけど、どっちか護衛を頼めるかな。まぁ、形だけというか、念のためなんだけど」
食後、リンちゃんの部屋で各々過ごしていたときにそんなことを言われる。
会議って珍しいね。まぁ、ご両親のこととかいろいろあるんだろうけど。
それにしても護衛か。
ルチアちゃんはまだ実践が厳しいからアウルかな。
「それはわたしでもいいですか? いざという時に役立たないかもしれませんが……」
ルチアちゃん、大丈夫か?
家の中だから何かあるわけでもないだろうけど。
「ん。いいよ。よっぽどのことは無いと思うしね。会議中は中に入れないから、入り口で待機してもらうことになるけど」
「大丈夫です。お姉ちゃんにばかり負担はかけませんよ」
いい子だね。アウルにはもったいないぐらいだ。
「それじゃ、ルチアのこと借りていくね〜」
そう言ってリンちゃんは部屋を出て行く――。
「あ、コトミさん」
「んぅ?」
ドアの隙間からルチアちゃんが顔だけを出して声をかけてきた。
「お姉ちゃんの相手、よろしくお願いします。きっと喜びますから」
それだけ言って今度こそ出て行った。
「…………」
「あは、あはは……」
アウルは頭をかきながら申し訳なさそうにしている。
「…………」
「ふ、二人きりとか、久し振りだね……」
まぁ、確かに。この世界へ生まれ変わってからは初めてか?
「…………」
「あは、あはは……」
昼間の騒がしさがウソのようにアウルが縮こまっている。
……はぁ。
「相変わらず、変なところで遠慮するね、アリシアは」
「……っ。シャ、シャロ……」
「パーティーを組んでいた時は遠慮なんてしなかったのに、いったいどういう風の吹き回しよ」
突っ立ったままだったアウル――アリシアをソファーに座らし、話を続ける。
「いや〜、ほら、テスヴァリルの時も結構気をつけていたんだよ? 意外と短気なところがあったから……って、ウソウソ!」
指先に熾した火をもみ消し、大きなため息をつく。
「やっぱりアリシアはアリシアだったか」
「え〜、なにそれ。こう見えても意外と気をつかっているんだか――」
「元気で良かったよ」
アリシアの言葉を途中で遮る。
「……え?」
「まぁ、殺しても死ななさそうだから、あまり心配はしていなかったんだけどね」
ガラでもない。
他人の心配なんてほとんどしたことがないのに。
もしかしたら、コイツだけは、違うのかもしれない。
「ひっど〜。私は心配したんだよ? ボッチになって泣いていないかなぁ、って」
……前言撤回。
「ふん。私は一人になって清々したね」
「…………」
「…………」
「ぷっ」
「あはは」
アリシアの顔がニヤける。
会ってまだ数日だけど、こんな笑顔を見せるのはテスヴァリル以来かもしれないな。
「久し振りにシャロの笑顔を見たような気がするよ」
「ふん」
口元が釣り上がっているのが自分でもわかる。
まぁ、こいつとは長い付き合いだ。
それぐらい構わないだろう。
「それにしても、アリシアもこっちの世界に来ていたとはね」
「そうだね。私もビックリだよ」
少し緊張していたアリシアは、ソファーにもたれかかり、身体の力を抜く。
昔は子供みたいに遠慮なんて何も無かったのに、コイツも歳を取ったんだな。
「あはは……シャロも変わらずで安心したよ」
何を感じ取ったのか照れ臭そうに身を縮こませている。
「ところで……この世界に転生、って言うのかな。そうなった理由はわかる?」
私の一言に弛んでいる頬を引き締めアリシアが答える。
「えぇと……私より、魔法に詳しいシャロの方が知っていそうと思ったんだけど……」
「なんだ、使えない」
「相変わらず辛辣だねっ!?」
真面目な表情は一瞬で崩れ、いつもの涙目アリシアとなる。
「うー、なんで転生したかはわからないよ。最後の記憶も曖昧だしね。リリガルの街で何かあったのは間違いないかも」
「リリガル? 王都の?」
最後の記憶……私は何も残っていないな……。
ポスメル国リリガル街。
ポスメル国は近隣諸国の中でも冒険者育成に力を入れており、国力のほとんどを冒険者でまかなっている国だ。
王都であるリリガルは特に冒険者が多く、何かあったとしても対応できるものだと思っている。
そんな場所に何かがあれば記憶に残るはずであるが……。
ただ……何も思い出せない。
靄のかかった頭を切り替え、話の続きを促す。
「覚えてないのかな。えぇと、ギルドの緊急招集があったんだよね。首都のリリガルが魔物の大群に襲われているって依頼で、ラスティの街にも話が流れ込んできたの」
うーん……全然思い出せない。
まぁ、そのうち思い出すか。
「私もそれ以上のことは覚えていなくて……街で何があったかはわからないんだ」
「なんだ、やっばり使えない」
「それでもシャロよりは覚えているよ!?」
表情がコロコロ変わるアリシアは眺めながら、冷えてしまったカモミールティーを飲み干す。
「ま、その時のことはそのうち思い出すでしょ。特に不都合があるわけじゃないし」
「まぁ、そうなんだけどね……」
アリシアも同じようにテーブルのカップへと手を伸ばす。
その後、お互いの今までについて話し合う。
アリシアはこの国の隣、ヘルトレダ国で生まれたらしい。
ただ情勢が悪化した三年ほど前にこの国へ避難してきたとこのと。
ご両親もその内戦に巻き込まれて亡くなり、ルチアちゃんと一緒に施設へ入ったが、魔力過多症によって二人暮らしとなった。
そこに、私たちが現れたわけだ。
いろいろ苦労したんだね……。
私のことも話した。アリシアの話のあとに喋るのは気が引けたが……。
「はぁ、シャロは相変わらずのようで安心したよ」
「う……ごめん……」
「謝らないでよ。シャロが私と違って辛い思いをしていないだけでも良かったからさ。逆の立場だったらシャロもそうでしょ?」
「…………」
まぁ……そうだね。
「それにしても、ご両親が健在なのにずいぶん自由にさせてくれているね」
「それは私もそう思う」
ホント、なんでだろうね。
一ヶ月も友達の家にお世話になるって……普通はあり得ないのにね。しかも子供だし。
「まぁ、シャロのご両親だし。あまり不思議なことではないか」
ちょっと待て。それはどういう意味だよ。
そう抗議しようとしたところ、部屋の扉が急に開けられる。
「お待たせ〜。意外と時間がかかっちゃった」
入ってきたのはリンちゃん……と後ろにルチアちゃん。
「おかえり。大丈夫だった?」
「特に問題なしだよ〜。ただ、パパママ居ないからさ、みんな好き放題言うの。まとめるのが大変だったよ」
困り顔のまま小さくため息をつくリンちゃん。
心配したのは護衛の方なんだけど……。まぁ、そっちも大丈夫か。
「お姉ちゃんはコトミさんに迷惑かけなかった? ちゃんといい子にしてた?」
「あはは……子供じゃないんだから大丈夫だよ」
「まぁ、本人は自覚ないしね」
「えぇ……それはどういう」
困り顔のアウルは放っておく。
「ルチアちゃんもお疲れさま。大丈夫だったかな」
「はい。特に問題はありませんでした。待機しながら魔力を練る練習をしていましたし」
うん。そういう日頃の鍛錬は必要だ。
でも、あまり無理をしないようにね、と、念を押しておく。
「コトミたちの方も問題無かったかな」
「大丈夫だね。アリ――アウルは相変わらずだったということがわかった」
「あはは……なんか、含みのある言い方だなぁ」
「ん〜? 二人とも雰囲気が変わったね。なんていうか、距離が近くなった?」
リンちゃんが私とアウルの顔を交互に覗き込み、そんなことを言う。
「え? なんかやだなぁ」
「そこで否定的な言葉が出るの!?」
まぁ、咄嗟にそんな言葉が出るあたり、コイツとの関係はそんなもんなんだろう。
リンちゃんは呆れ、ルチアちゃんがクスクスと笑う。
いつの間にか友人たちと笑い合える、そんな風景が当たり前となってきた。
……ま、たまにはこんなのも悪くないかな。
いつものように、そう想いを馳せる。
「そろそろ寝よっか」
ひととおり笑い合ったあと、リンちゃんからの声かけで寝る準備をする。
「部屋が別れているのに、みんな一緒に寝るんだね」
キングサイズのベッドに四人で潜り込みながらそんなことを言う。
「一応、護衛対象がいるしね。それに、いい目覚ましにもなるし……」
「?」
はて? いったいなんのことやら。
でも、まぁ、アウルとルチアちゃんがいいならいっか。
「ワタシも慣れてきたしね……」
リンちゃんがゲンナリした表情でそんな言葉を漏らす。
「あはは……」
ルチアちゃんも苦笑いしているし、どうしたんだろうね。ま、いっか。




