110 少女の朝練
「ん~〜っ」
大きく伸びをしながら身体を起こす。
周りを見渡すといつもどおりというか、みんなバラバラな体勢で寝ている。
もう、みんな寝相悪いんだから。
大きなベッドの四隅にそれぞれ散らばって……ん? アウル?
アウルの姿だけが見えない。……あぁ。少し考え、ふと思い出す。
他の二人を起こさないよう静かにベッドから下り、テラスへのガラス戸を開けて外に出る。
「ふっ……ふん」
眼下には剣を振り、朝の鍛練に勤しんでいるアウルの姿があった。
相変わらずだなぁ。
どこか懐かしい気持ちを胸に、その朝練風景を眺める。
姿形は変わってしまったが、アウル――アリシアという人物は、確かにそこにいた。
「ふんっ」
一歩踏み込み、大きく切り込んだところで手を休め、こちらを見上げた。
「……おはよ」
「もう、いたなら声をかければいいのに」
「いやぁ、朝からアウルと話すとか、もたれるし」
「何にっ!?」
さっきまでの真剣な表情とは裏腹に、捨てられた犬のような顔になる。
あはは、相変わらずだなぁ。
この世界で再開した時とは違い、昔と同じような反応に、少しだけ嬉しくなる。
仕方がない、少し相手をしてやるか。
そう思い、手すりに手をかけ二階から飛び降りる。
魔力を練り、風魔法の応用で衝撃を吸収、音も無く着地する。
今まであまりこういう非常識的なことはやってこなかったけど、ここならあまり人に見られることもなくできる。
まぁ、見られたとしてもリンちゃんの関係者なら何とでもなりそうだし。
……段々と染まってきちゃったなぁ。
「相変わらず朝練してんだ」
椅子にかけられているタオルを手に取り、アウルに投げ渡してやる。
テーブルの上に飲み物もあったから、メイドさんが気を利かせて持ってきてくれたんだろう。
「ありがと。……まぁ、習慣になっちゃってるからね」
受け取ったタオルで汗を拭きながら答える。
「それよりコトミも早いね」
「みんなが遅すぎるだけでしょ。なによ、あの寝相は」
「あは、あはは……。まぁ、仕方がないよね、うん」
そのあと二言三言話したところで、リンちゃんとルチアちゃんも起きだしてきた。
相変わらず治癒魔法を求められたから全員にかけてやる。
何かのまじないかな?
そんなことを考えながら、いつものように朝ご飯へと向かう。
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「今日の予定はどうする?」
朝ご飯を食べながら、リンちゃんがそう訪ねてくる。
「やることは沢山あるけど……。早急に必要な物は何かな?」
パンをかじりながら考える。
ここ最近いろいろなことが起きすぎているから、優先順位を付けていかないと。
「買い物も行きたいけど……」
ふむ。アウルの言うとおり、服とか日用品とかの買い出しも必要か。ただ……。
「リンちゃんさえよければ、ルチアちゃんに魔法を教えたいんだけど、どうかな」
あまり大声で話せる内容ではないので、声を潜めてリンちゃんに話しかける。
「それは願ったり叶ったりだけど、大丈夫? もう二、三日休んでからでもいいけど」
うーん、それもそうだけど、なるべく――。
「わたしは大丈夫ですっ」
早めに習得してほしい、って思っていたら、ルチアちゃんから声が上がった。
心なしか目がキラキラしているような……。
「うん。私も、今できることは、今やりたいな。休むのはいつでもできるしね」
冒険者には決まった休日というものは無い。
アウルもそのことはわかっているからか、特に反対するわけではないようだ。
休むのは依頼――仕事が無いときに休めばいいしね。
「はぁ、みんな頑張るね。りょーかい。それじゃ、コトミとルチアは裏庭で――練習、ワタシはちょっと調べ物があるからアウルはワタシの護衛、でどうかな?」
魔法のことをぼやかして言うリンちゃん。
周りにはメイドさんもいるし、あまり大声で話す内容でもない。
リンちゃんのようにいつかはバレるかもしれないけど、知られないに越したことはない。
「護衛?」
リンちゃんの話を聞いてアウルから疑問の声が上がる。
「うん。別に家で危機的状況に陥っているわけじゃないけど、予行演習みたいなものかな。拘束するわけじゃないけど、近くに待機って感じ」
「わかった。任せて」
やる気満々に答えるアウル。
残念な子だけど、やるときはしっかりやる子……だと信じている。うん。
「ちなみに、裏庭って――練習をしても大丈夫なの?」
あまり魔法のことは知れ渡りたくないけど、それは大丈夫かな?
「そこは任せて。ペリシェール家に抜かりはないよ」
笑顔でそう返すリンちゃん。
「…………」
本当に大丈夫なのか……?
一抹の不安が残るがリンちゃんの言うことを信じるしかない。
「それじゃ、午前中はその予定で別行動、お昼ご飯の時間になったら電話するよ」
「わかった。それじゃ、ルチアちゃんよろしくね」
「はい! こちらこそよろしくお願いします」
元気いっぱい、笑顔が眩しい。
「アウルはあまり迷惑かけちゃダメだよ」
「私だけなんか厳しいね……」
まぁ、アウルだしね。
その後、朝ご飯が終わり、私とルチアちゃんは裏庭へ、リンちゃんとアウルは部屋へと戻っていった。
裏庭へ向かいながら隣を歩くルチアちゃんへ話しかける。
「あれから、体調は大丈夫?」
魔力過多症は後遺症の残る病気ではない。
ただ、二年近く苦しんでいたこともあり、心配にはなる。
「大丈夫ですよ。以前は起き上がることも大変でしたけど、今はその時の辛さがウソみたいに消えています。むしろ、スッキリしました」
そう語るルチアちゃんは、辛さを微塵も感じさせていない。
確かに、出会った頃に比べれば血色も良くなっているし、元気になったようだね。
「それならよかった。これからは定期的に魔力を消費する必要があるからね。その方法をこれから教えるよ」
「はい! お願いします!」
元気な返事を心地よく受け止め、裏庭に向かって歩いていく。




