11 <師匠との出会い>
暖かい。
布団の感触を心地よく感じながら意識が覚醒していくことがわかる。
ゆっくりと目を開ける。
知らない天井が目に入ってきた。
「……ここは?」
身体を起こす。
「おや、起きたか? 身体はどうじゃ?」
離れたところからしわがれた声が聞こえる。
「あなたは……?」
声のした方を見ると、白い髭を長く伸ばした老人が椅子から立ち上がりこちらに向かってきている。
「ふむ、何から説明したものかな。どこまで覚えておる?」
老人に言われ、眠りにつく前のことを記憶から引っ張り出す。
いや、寝ていたのではない。
私は……気を失ったんだ……っ!
「む、村は!? 両親は!?」
「まぁ、これでも飲んで落ち着け」
老人が持ってきたのは木のコップに入っている白い液体。
甘い香りがすることを考えるとミルクか何かだろうか。
「…………」
無言で受け取り、口に含む。
暖かく、ほのかに甘いミルクは染み渡るかのように身体全体に広がっていく。
少し時間をかけながら飲み干すと老人が口を開く。
「残酷な話になるが」そう前置きを置いて語りだす。
村が魔物に襲われたということで、町から討伐隊が派遣されたようだが、到着するころには時すでに遅く、村は壊滅、生き残りは数人程度だったそうだ。
村を襲った魔物は一種類のみ。
魔力を感知するタイプの魔物で、本来であれば脅威にならないランクの魔物であるが、今回は突然変異した魔物であり、数も相当数いたため被害が甚大となった。
ほとんどの村人は捕食された。
魔力持ちが多かったのも、被害が拡大した理由だという。
捕食対象外となった魔力無しの人々は炎に巻かれ焼き死んだという。
魔力無しは逃亡防止の目的で檻の中に入れられるため、逃げることが出来なかったのであろう。
唯一生き残ったのは炎の脅威から逃れられた数人と私だけだったという。
魔力持ちは全員死亡。
魔力至上主義の村で魔力持ちが虐殺されるとは皮肉なことである。
「…………」
空になったコップの中身を見つめる。
「保護した生き残りは衰弱が激しくてな。すぐには動けないため、しばらくはわしらの所で療養することとなる。お主は元気そうじゃが……魔力無しかの?」
「ううん、私は魔力を持っている。でも、魔力無し認定されるぐらい、魔力は少ない」
「なるほど、魔力を使い切ったから、魔物も反応しなかったのじゃな。家から出ていたのも幸いじゃったな」
村にある家はほとんどが焼け落ちていたようだ。
あの魔物は炎に弱い。誰かの火魔法が燃え移ったのだろう。
「お主はこれからどうする?」
「…………」
どうもこうも、帰る家はもうない。
まだ六歳だから働くことはおろか、冒険者になることもできない。
孤児になるか、もしくはその辺で野たれ死ぬか、だけど。
「行く当てもないかの。それならウチで働かんか? ちょうど助手が欲しかったところじゃ。給料は多くないが衣食住には困らんぞ?」
「……いいの?」
「うむ。少ないとは言え魔力持ちは貴重じゃからな。ついでに魔法の勉強もするといい。わしはこう見えて名のある魔法使いじゃったからな」
「…………」
嘘くさ……。
「……お主、表情が読みやすいと言われたことはないかの?」
「……?」
首を傾げる。
老人が何を言っているかわからないけど、当面の生活問題は何とかなりそうだった。
それから老人――師匠と呼ぶようになって、研究の手伝いや身の回りの片付け、それに魔法の練習もさせてもらった。
魔力量は一向に伸びない。
それでも師匠は何を言うでもなく、日々練習に付き合ってくれている。
感謝してもしきれない。
師匠と生活するようになり、数年の年月が流れていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ました。
「……夢、か」
身体を起こし、周囲を見渡す。
十一年間見慣れたマンションの一室である。
「懐かしい夢を見たなぁ」
外はまだ暗い。
日が昇るまでは少し時間があるようだ。
ベランダの窓を開け外に出る。
風が火照った身体をちょうどよく冷やしてくれる。
空を眺め、ふと夢で見た内容のことを思いだす。
悔しい気持ちもあったが、懐かしい気持ちもある。
辛いことも多々あった。
だけど、今は楽しい。
せっかく転生したのだから、今は何も考えないで楽しく生きよう。
その時のことはその時に考えればいいや。
幸いにも魔法はまだ使える。何とでもなる、はず。
「そういえば別れの挨拶もしていなかったっけ」
師匠は……まぁいいとして。
仲良くなったあの子とは利害関係が一致していたけど、一方的に居なくなってしまったし。
死んだら『約束』も無効になるかな。
ちょっと寂しくはあるが、仕方ない。
この世界ではあの子の求める物も、私の求める物も違うし。
いや、あの子の場合、私がいるだけでも問題無いのか?
でも嫌だよ、一方的に搾取される関係なんて。
……それでも、この世界で膨大な魔力を必要とする日が来るのであれば、利害は一致するのかな?
そんなあり得ないことを考えながらベッドに向かう。
目が冴えてしまったが、改めて布団にもぐり、寝に入る。
心配しているかな。
いや、そんなたまでもないか。
でも、大丈夫。
私は、今の生活で、十分充実しているよ。
おやすみなさい。
誰に語り掛けるまでもなく、再び眠りにつく。
 




