107 新たな仲間
そんなこんなでアウルの家へとやってきた。
コン、コン、コン、とノックをする。
「は~い。あ、お姉さまおはようございます」
「おはよ。……ところで、その呼び方何とかならない?」
ドアを開けて早々、とんでもない呼び方をしてきたルチアちゃんに注意する。
昨日、ああは言ったものの、細かい日時やこれからの予定、生活について事前に話しておこうと思って、また来ることになった。
リンちゃんも、もちろん一緒だ。
危機は去ったとはいえ、まだ油断はできないからね。
「え……? 嫌ですか?」
「そういうわけじゃないけど、ほら、本当のお姉ちゃんがいるわけだし」
部屋の中を覗き混むと、空気のようになっているアウルがいた。
「私は、大丈夫だよ……」
そんな涙目で言われてもな……。
「まぁ、とりあえずそれはおいといて、朝ご飯は食べた? そこのお店で買ってきたものだけど」
手に掲げた袋をかざす。
「あ、いただきます。朝ご飯は食べたんですが、おいしいものなら別腹です」
「…………」
奥の方で密かにダメージを受けているアウルがいるんだけど……。
「いらっしゃい……」
ついに、泣いたか……。
「あの……アウルが可哀想なんだけど」
さすがに見ていられないので助け船を出す。
「あ、大丈夫です。ほっといても」
あぁ、アウルが灰になっちゃった、不憫だなぁ……。
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「お茶を入れるのでテーブルで待っててくださいね」
お茶は私が買ってきた。この家は水道があるけど電気やガスは無いしね。
言われたとおりテーブルに座り部屋の中を見渡す。
こぢんまりとした部屋にベッドと棚、そしてこのテーブル。
最低限の生活は送れるのだろうが、決して快適ではないことが部屋の様子を見てもうかがえる。
いまさらながら苦労したんだね。
四人がけのテーブルにリンちゃんが隣に座る。
目の前で灰になっているアウルをつついて起こし、声を潜め聞いてみる。
「ちょっと、ルチアちゃんしっかりしすぎじゃない?」
「あまり言わないで……私のせいで苦労させてたと思うと申し訳なさすぎて……」
「あー、うん、ごめん」
なんとなく察してしまったため素直に謝る。
微妙な空気になったところでルチアちゃんから声がかかった。
「お姉ちゃん、あまりコトミさんを困らしちゃだめだよ」
「うぐっ」
なにげにダメージ受けてるし。
「あ、ルチアちゃん。ありがとうね」
ルチアちゃんが人数分のコップをテーブルへと並べていく。
「いいですよ。お姉ちゃんの相手をしてあげてください。きっと喜びますから」
席に座りながらそんなことを言う。
「私は犬か何かかな?」
「まぁ、喜怒哀楽が激しい所は犬みたいだよね」
「「「…………」」」
三人して顔をひきつらせながら視線をかわす。
わ、私でもここまで言わないよね? 言ってないよね?
「アウルって弄られっ子なんだね。コトミにも同じようなこと言われているし」
リンちゃんが唐突にそんなことを言う。
私はここまでのことは言っていないと思うけど……。
「そう、だね。コトミもルチアも似た者同士なのかもしれないね……」
ちょっと待て、おい。
うな垂れているアウルの一言に、抗議の声を上げようとしたところ――。
「あー、もう。ほら、撫でてあげるから、元気だして」
ルチアちゃんがアウルの頭に手を伸ばし撫でる。
「そ、そんなことで元気でないよ」
「……お姉ちゃん、顔がニヤけているので説得力ないよ?」
「うぇっ!? み、見ないで……」
両手で顔を隠すが、撫でるのは拒否しないんだな。
はぁ、話が進まないけど、たまにはまぁ、いいかなぁ。
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「それで、いつ頃移動できそう? ……って聞くまでも無いのかな?」
「はい、今すぐにでも移動は出来ますよ。もともとそんなに荷物はありませんでしたから」
確かに、周りを見渡しても、荷物が多いというわけでもなさそうだ。
「ベッドや棚、テーブルはどうする? 思い入れがあるようなら持って行くけど」
「いえ、いい機会ですし、全部新調しようと思っています」
ま、そうだね。それなりに報酬も得られたし、多少贅沢に使ってもバチは当たらないだろう。
「っと、そうだ。忘れる前に……リンちゃん」
リンちゃんに視線を送り、話の続きを促す。
「うん。えーっと、まずはこれがアウルとルチアのカードだね。ちゃんとしたカードはまだ届いていないから仮のカードだけどね。昨日山分けした報酬はみんなの口座へ振り込むようにしたから、あとで確認してみて」
「え?」
「口座って……わたしたちのですか?」
アウルもルチアちゃんも戸惑いながらカードを手に取る。
私も以前もらったものと同じ種類のカードで、カードでの決済も可能という素晴らしいものである。
ここに来る前に残高確認したが、子供ではあり得ない金額にホクホク顔である。
「そだよ。買い物もそのカードでできるし、報酬もそこに支払われるから無くさないでね」
「「報酬?」」
アウルとルチアちゃんの声がハモる。
「あ〜そこからは私が説明しようか」
リンちゃんからの言葉を引き継ぎ、二人へと説明する。
「もう一度二人の意思を確認したいんだけど、私と一緒に来てくれる、ということでいいのかな?」
「そうだね。どのみち引っ越そうとは思っていたし、この街にこだわる必要も無いしね。断る理由はないよ」
「ですね。わたしも魔法を教えてほしいですし。近くにいて何かと相談に乗ってほしいです」
アウルもルチアちゃんもうなずきながらそう答える。
「そっか。それと、これは相談なんだけど、二人ともリンちゃんの家で働かない? そうすれば二人一緒にいられるし……私とも一緒にいられる」
二人とも困惑の表情を浮かべ、疑問の声を上げる。
「リンさんのお家って、商家とか? 安定して働けるなら、それは、願ったり叶ったりだけど……。まだ、子供だよ?」
「わたしは最近まで寝たきりでしたし、お役にたてることは少ないと思うのですが……」
そういえばリンちゃんがお嬢様って話していないな。
見た目だけで言えばお嬢様なんだけど、ってリンちゃん睨まないでよ……。
コホン。まぁ、二人の不安ももっての他だけど、昨日リンちゃんと細かいところまで話し合ったので、その点は問題ない。
別にメイドさんの仕事をさせるわけじゃない。
いや、多少のことはしてもらうんだろうけど、本職は護衛だしね。
二人へ簡単に仕事内容を説明する。
アウルはテスヴァリルでそういう任務をこなすことがあったから、細かい約束事だけあとで決めればいいだろう。
ルチアちゃんは魔法が使えるようになったばかりだから、しばらくは私が手取り足取り教える。
そのあとはアウルにいろいろと教えてもらえばいいだろうしね。
ま、この仕事もリンちゃんが私の意図を組んで作ってもらった、建前だけの仕事だからね。
とはいえ、守ってもらいたいのは本当だし、私としても二人が落ち着いてくれると助かる。
……リンちゃんには頭が上がらないなぁ。
隣でやたらとニコニコ顔のリンちゃんに戦慄を覚えながらも、二人へと説明を続ける。
「……と、いうわけで、基本的にはリンちゃんに付いていて欲しいかな。こう見えてもか弱い女の子だし」
「こう見えて、ってのが余計だよ。見たまんま儚い感じでしょ」
儚いとはなんか違うな……。
いや、内面を知らなければ儚い感じがするのかも……って、なんでも無いです、はい。
リンちゃんに睨まれて、慌てて思考を切り替える。
「話だけ聞くと、かなり好待遇な気がするけど……いいの?」
「まぁ、いざとなったら身体を張ってでも、ワタシを守る必要があるからね。危険手当とでも思っておいて」
最後にリンちゃんが締めくくり、私たちの説明は終わる。
アウルたちはどうするかな……。
「断る理由は無いね。ルチアもそれでいい?」
「うん。また断ったりしたら、ダメ姉の烙印を押すところだったよ」
「「…………」」
私とリンちゃんの口元が引きつく。
アウルは「あはは」って、笑っているから、日常茶飯事なのかな。うん、強く生きろ。
「そんじゃ、決まったし。早速行こうか」
立ち直りの早かったリンちゃんに促され、みんなで家を出る。
アウルとルチアちゃんがそれぞれ一つのバッグを抱えている。確かに荷物は少なそうだ。
多かったら手伝おうと思っていたけど、その必要は無さそうだね。
数歩進んだところでアウルが立ち止まって振り返る。
「……?」
ルチアちゃんもアウルと同じように振り返り、口を開く。
「……いろいろあったね」
「そうだね。辛いことの方が多かった気がするけど」
苦笑気味にそう言葉を返すアウル。
「それでも、わたしはここに来て良かったと思うよ。コトミさんやリンさんに出会うことができたし、元気になれた」
「あはは、ルチアがそう言うんだったら、きっとそうなんだろね」
二人にとってこの家は、良くも悪くも思い出が詰まっている場所なんだね。
そのまましばし、無言の時が流れる。
「……それじゃ、行こっか」
「うん」
アウルが声をかけ、ルチアちゃんと共に振り向く。
「もう、いいの?」
「うん、大丈夫。もう振り返らないよ」
「ちゃんと前を見て、歩いて行くのですよ」
……そっか。
二人の表情は先ほどと比べ、吹っ切れたようにも見える。
きっと、二人の中で一区切り付いたからだろう。
そんな二人を見て、私も安堵の息を漏らす。
「さ、ペリシェール家へ案内するよ!」
リンちゃんの一声で私たちは歩き出す。
まだ、しばらくはのんびりできないだろうけど、これはこれで悪くはないかな。
周囲に笑い声が溢れる中、一人でいては決して味わえない感情が、心の奥底から湧いて出てくる。
そんな気持ちに戸惑いながらも、周りに釣られ自然と笑顔になる。
ま、もう少し付き合ってやるか。
そう思う私は、遅れないよう小走りで三人について行った。




