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107 新たな仲間

 そんなこんなでアウルの家へとやってきた。

 コン、コン、コン、とノックをする。


「は~い。あ、お姉さまおはようございます」

「おはよ。……ところで、その呼び方何とかならない?」


 ドアを開けて早々、とんでもない呼び方をしてきたルチアちゃんに注意する。

 昨日、ああは言ったものの、細かい日時やこれからの予定、生活について事前に話しておこうと思って、また来ることになった。

 リンちゃんも、もちろん一緒だ。

 危機は去ったとはいえ、まだ油断はできないからね。


「え……? 嫌ですか?」

「そういうわけじゃないけど、ほら、本当のお姉ちゃんがいるわけだし」


 部屋の中を覗き混むと、空気のようになっているアウルがいた。


「私は、大丈夫だよ……」


 そんな涙目で言われてもな……。


「まぁ、とりあえずそれはおいといて、朝ご飯は食べた? そこのお店で買ってきたものだけど」


 手に掲げた袋をかざす。


「あ、いただきます。朝ご飯は食べたんですが、おいしいものなら別腹です」

「…………」


 奥の方で密かにダメージを受けているアウルがいるんだけど……。


「いらっしゃい……」


 ついに、泣いたか……。


「あの……アウルが可哀想なんだけど」


 さすがに見ていられないので助け船を出す。


「あ、大丈夫です。ほっといても」


 あぁ、アウルが灰になっちゃった、不憫(ふびん)だなぁ……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お茶を入れるのでテーブルで待っててくださいね」


 お茶は私が買ってきた。この家は水道があるけど電気やガスは無いしね。

 言われたとおりテーブルに座り部屋の中を見渡す。

 こぢんまりとした部屋にベッドと棚、そしてこのテーブル。

 最低限の生活は送れるのだろうが、決して快適ではないことが部屋の様子を見てもうかがえる。

 いまさらながら苦労したんだね。

 四人がけのテーブルにリンちゃんが隣に座る。

 目の前で灰になっているアウルをつついて起こし、声を潜め聞いてみる。


「ちょっと、ルチアちゃんしっかりしすぎじゃない?」

「あまり言わないで……私のせいで苦労させてたと思うと申し訳なさすぎて……」

「あー、うん、ごめん」


 なんとなく察してしまったため素直に謝る。

 微妙な空気になったところでルチアちゃんから声がかかった。


「お姉ちゃん、あまりコトミさんを困らしちゃだめだよ」

「うぐっ」


 なにげにダメージ受けてるし。


「あ、ルチアちゃん。ありがとうね」


 ルチアちゃんが人数分のコップをテーブルへと並べていく。


「いいですよ。お姉ちゃんの相手をしてあげてください。きっと喜びますから」


 席に座りながらそんなことを言う。


「私は犬か何かかな?」

「まぁ、喜怒哀楽が激しい所は犬みたいだよね」

「「「…………」」」


 三人して顔をひきつらせながら視線をかわす。

 わ、私でもここまで言わないよね? 言ってないよね?


「アウルって(いじ)られっ子なんだね。コトミにも同じようなこと言われているし」


 リンちゃんが唐突にそんなことを言う。

 私はここまでのことは言っていないと思うけど……。


「そう、だね。コトミもルチアも似た者同士なのかもしれないね……」


 ちょっと待て、おい。

 うな垂れているアウルの一言に、抗議の声を上げようとしたところ――。


「あー、もう。ほら、撫でてあげるから、元気だして」


 ルチアちゃんがアウルの頭に手を伸ばし撫でる。


「そ、そんなことで元気でないよ」

「……お姉ちゃん、顔がニヤけているので説得力ないよ?」

「うぇっ!? み、見ないで……」


 両手で顔を隠すが、撫でるのは拒否しないんだな。

 はぁ、話が進まないけど、たまにはまぁ、いいかなぁ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それで、いつ頃移動できそう? ……って聞くまでも無いのかな?」

「はい、今すぐにでも移動は出来ますよ。もともとそんなに荷物はありませんでしたから」


 確かに、周りを見渡しても、荷物が多いというわけでもなさそうだ。


「ベッドや棚、テーブルはどうする? 思い入れがあるようなら持って行くけど」

「いえ、いい機会ですし、全部新調しようと思っています」


 ま、そうだね。それなりに報酬も得られたし、多少贅沢に使ってもバチは当たらないだろう。


「っと、そうだ。忘れる前に……リンちゃん」


 リンちゃんに視線を送り、話の続きを促す。


「うん。えーっと、まずはこれがアウルとルチアのカードだね。ちゃんとしたカードはまだ届いていないから仮のカードだけどね。昨日山分けした報酬はみんなの口座へ振り込むようにしたから、あとで確認してみて」

「え?」

「口座って……わたしたちのですか?」


 アウルもルチアちゃんも戸惑いながらカードを手に取る。

 私も以前もらったものと同じ種類のカードで、カードでの決済も可能という素晴らしいものである。

 ここに来る前に残高確認したが、子供ではあり得ない金額にホクホク顔である。


「そだよ。買い物もそのカードでできるし、報酬もそこに支払われるから無くさないでね」

「「報酬?」」


 アウルとルチアちゃんの声がハモる。


「あ〜そこからは私が説明しようか」


 リンちゃんからの言葉を引き継ぎ、二人へと説明する。


「もう一度二人の意思を確認したいんだけど、私と一緒に来てくれる、ということでいいのかな?」

「そうだね。どのみち引っ越そうとは思っていたし、この街にこだわる必要も無いしね。断る理由はないよ」

「ですね。わたしも魔法を教えてほしいですし。近くにいて何かと相談に乗ってほしいです」


 アウルもルチアちゃんもうなずきながらそう答える。


「そっか。それと、これは相談なんだけど、二人ともリンちゃんの家で働かない? そうすれば二人一緒にいられるし……私とも一緒にいられる」


 二人とも困惑の表情を浮かべ、疑問の声を上げる。


「リンさんのお家って、商家とか? 安定して働けるなら、それは、願ったり叶ったりだけど……。まだ、子供だよ?」

「わたしは最近まで寝たきりでしたし、お役にたてることは少ないと思うのですが……」


 そういえばリンちゃんがお嬢様って話していないな。

 見た目だけで言えばお嬢様なんだけど、ってリンちゃん睨まないでよ……。

 コホン。まぁ、二人の不安ももっての他だけど、昨日リンちゃんと細かいところまで話し合ったので、その点は問題ない。

 別にメイドさんの仕事をさせるわけじゃない。

 いや、多少のことはしてもらうんだろうけど、本職は護衛だしね。


 二人へ簡単に仕事内容を説明する。

 アウルはテスヴァリルでそういう任務をこなすことがあったから、細かい約束事だけあとで決めればいいだろう。

 ルチアちゃんは魔法が使えるようになったばかりだから、しばらくは私が手取り足取り教える。

 そのあとはアウルにいろいろと教えてもらえばいいだろうしね。

 ま、この仕事もリンちゃんが私の意図を組んで作ってもらった、建前だけの仕事だからね。

 とはいえ、守ってもらいたいのは本当だし、私としても二人が落ち着いてくれると助かる。

 ……リンちゃんには頭が上がらないなぁ。

 隣でやたらとニコニコ顔のリンちゃんに戦慄(せんりつ)を覚えながらも、二人へと説明を続ける。


「……と、いうわけで、基本的にはリンちゃんに付いていて欲しいかな。こう見えてもか弱い女の子だし」

「こう見えて、ってのが余計だよ。見たまんま(はかな)い感じでしょ」


 儚いとはなんか違うな……。

 いや、内面を知らなければ儚い感じがするのかも……って、なんでも無いです、はい。

 リンちゃんに睨まれて、慌てて思考を切り替える。


「話だけ聞くと、かなり好待遇な気がするけど……いいの?」

「まぁ、いざとなったら身体を張ってでも、ワタシを守る必要があるからね。危険手当とでも思っておいて」


 最後にリンちゃんが締めくくり、私たちの説明は終わる。

 アウルたちはどうするかな……。


「断る理由は無いね。ルチアもそれでいい?」

「うん。また断ったりしたら、ダメ姉の烙印(らくいん)を押すところだったよ」

「「…………」」


 私とリンちゃんの口元が引きつく。

 アウルは「あはは」って、笑っているから、日常茶飯事なのかな。うん、強く生きろ。


「そんじゃ、決まったし。早速行こうか」


 立ち直りの早かったリンちゃんに促され、みんなで家を出る。

 アウルとルチアちゃんがそれぞれ一つのバッグを抱えている。確かに荷物は少なそうだ。

 多かったら手伝おうと思っていたけど、その必要は無さそうだね。

 数歩進んだところでアウルが立ち止まって振り返る。


「……?」


 ルチアちゃんもアウルと同じように振り返り、口を開く。


「……いろいろあったね」

「そうだね。辛いことの方が多かった気がするけど」


 苦笑気味にそう言葉を返すアウル。


「それでも、わたしはここに来て良かったと思うよ。コトミさんやリンさんに出会うことができたし、元気になれた」

「あはは、ルチアがそう言うんだったら、きっとそうなんだろね」


 二人にとってこの家は、良くも悪くも思い出が詰まっている場所なんだね。

 そのまましばし、無言の時が流れる。


「……それじゃ、行こっか」

「うん」


 アウルが声をかけ、ルチアちゃんと共に振り向く。


「もう、いいの?」

「うん、大丈夫。もう振り返らないよ」

「ちゃんと前を見て、歩いて行くのですよ」


 ……そっか。

 二人の表情は先ほどと比べ、吹っ切れたようにも見える。

 きっと、二人の中で一区切り付いたからだろう。

 そんな二人を見て、私も安堵の息を漏らす。


「さ、ペリシェール家へ案内するよ!」


 リンちゃんの一声で私たちは歩き出す。

 まだ、しばらくはのんびりできないだろうけど、これはこれで悪くはないかな。

 周囲に笑い声が溢れる中、一人でいては決して味わえない感情が、心の奥底から湧いて出てくる。

 そんな気持ちに戸惑いながらも、周りに釣られ自然と笑顔になる。

 ま、もう少し付き合ってやるか。

 そう思う私は、遅れないよう小走りで三人について行った。

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