106 話し合い
「はぁ、ビックリした。ルチアちゃんもネコ被ってるのかなぁ……」
アウルとルチアちゃんと別れ、そのままリンちゃんの部屋へと戻ってきた。
時刻は昼過ぎだけど、お腹は減っていないから紅茶だけもらう。
「もってなによ。もって」
正面で同じようにカップへ口をつけているリンちゃんから抗議の声が上がった。
あぁ、うん。リンちゃんも見事なネコ被りだしね。
それにしても、アウルが一緒に来てくれることになってよかったよ。
でも、決して私のためだとか、本人のためだとかそんなことはない。
リンちゃんの護衛要員というだけだから。
それ以上でも、それ以下でもない。
誰に言い訳するでもなく自分に言い聞かせる。
「とりあえず二人の受け入れ準備をしようか。住み込みで働いてもらうつもりだけど、大丈夫かな」
「そのあたりは私から説明するよ。補足だけお願い」
建前とはいえ、正式に雇い入れるわけだから、それ相応の準備や体制を整える必要がある。
「それにしても、ご両親への説明もなく護衛として雇って大丈夫なの?」
「大丈夫。ワタシが説得する。別に悪い話じゃないし。ただ、疑うわけじゃないけど……彼女たちは信用できるんだよね」
「それは大丈夫。バカだけど裏切りとかはしない。少なくとも私に牙をむくことは無い」
この世界で何か吹き込まれていないとは限らないけど、少なくとも私を裏切ることはない、と思っている。
テスヴァリルからの付き合いだし、裏切る理由はない。
「よくそこまで言い切れるね。昔からの知り合いだっけ? いつ知り合ったの?」
「うっ……そ、それは、また今度、いつかね……」
「はぁ、コトミって秘密が多いね。ま、別にいいけど」
そっぽを向きながら口を尖らせるリンちゃん。
うぅ……申し訳ないけど、これはまだ言えないよ。
でも、いつかは私たちのことも、テスヴァリルのことも、話せる日が来るのかな。
期待と不安が入り交じりながら、今は申し訳なく思うしかない。
「それより話を戻すと、休みが終わったらアルセタに戻るんだけど、それも付いてきてもらおうと思っている」
「うん、護衛だから当然だよね。特にこの街にこだわりがあるわけじゃないだろうし。大丈夫だと思う」
「細かい話は本人たちにするとして、基本的に付きっきりになってもらっていいのかな?」
「うーん、交代であればいいと思うんだけど、そこまで厳重にするの?」
この街に来てからはいろいろとあったけど、元凶は潰したし。多少は安心できると思うんだけど、何かあるのかな。
「うん。昨日もちょっと調べていたんだけど、パパとママにも動きがあったの。まだ危険な状態ではないんだけど、念には念を入れておきたい」
まぁ、命は一つしか無いしね。慎重になるに越したことは無いだろう。
それより、最近のドタバタでご両親の件をすっかり忘れていたよ。
「そういえばご両親は大丈夫なんだっけ」
少し罪悪感に苛まれながらも二人の安否について聞いてみる。
「今のところは、だね。ただ、しばらくはよく見ておかないとダメかも」
そうなんだ。何が起きているかわからないけど、早く解決すればいいな。
その後もアウルとルチアちゃんについて、今後どうしていくかの相談。
本人たちのいないところで勝手に決めていっているけど大丈夫か?
まぁ、本人たちは良くも悪くも縛られることが無いし、大丈夫か。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昨日は外泊したし、今日は早めにお風呂へ入って休もう。
お風呂では相変わらずリンちゃんと洗いっこ。
ホント、飽きないよね。久しぶりの二人っきりって、一日ぶりだけどね。
夕食もいつもどおりいただく。
毎日思うけど、やっぱり太りそうな気がする……。
食後はまったり……と思ったけど、リンちゃんはパソコンに向かってキーボードを叩いている。
横顔は真剣そのもので、少々声をかけづらい。
寝る時間まで自由にさせてあげよう。
久し振りに一人の時間ができた私は、行儀が悪いとは思いつつも、ソファーに足を投げ出しスマホをいじる。
しばらくそうして、ニュースなどのまとめサイトを見て回っていたが――飽きた。
むぅ……昔はずっとスマホをいじっていても時間が足りなかったというのに……。
なんの心変わりか、つまんなくなってしまったスマホを傍らに置き、いまだキーボードを叩き続けているリンちゃんへと視線を向ける。
そのままぼーっとリンちゃんを眺める。
真剣な表情をしているが、くりっとした碧眼に長いまつ毛、整った顔立ちは子供顔ではあるが、きっと将来は美人さんになるのだろう。
腰まで伸ばしたプラチナブロンドの髪もサラサラとしており、全身から可愛さが漂ってくる。
「……ずるい」
私の一言を耳ざとく聞きつけたのか、リンちゃんの手がピタッと止まる。
「……コトミの視線が気になるんだけど」
「んー、気にしないで。眼福ってやつだね」
「自分だって人に好かれそうな顔立ちしているのに」
私のことはいいんだよ。
やっぱりキレイなものとか可愛いものを見ると心が癒やされるよね。
そう思っていたらリンちゃんがパソコンを閉じる。
「……はぁ、今日はもうやめよう」
「え? あ、ゴメン」
「ううん。コトミのせいじゃないよ。ちょうどキリが良かったし、あまり根つめてもいい結果にはならないからさ」
「……大丈夫なの?」
私のせいで中断させてしまったのであれば申し訳なく思う。
「大丈夫だよ。でも、もしお詫びをしたいっていうのであれば、お願いがあるの」
……え?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……こんなのでいいの?」
「うん、これが……あ、そこ、そこがいい」
艶めかしい声をあげているリンちゃん。
お詫びの印として肩もみを要求された。
まぁ、確かにパソコンばかりやっていたら、肩もこるか。
「あ、うん……そこっ。……うぅ、コトミ上手だね」
「素人マッサージ師なのに、そんなに気持ちいいのかね」
「やっぱり、心を許している人に、やってもらえるだけで、気持ち良さが、違うよ」
手の動きに合わせて言葉も揺れる。
「……リンちゃんは私を信用しすぎじゃない?」
「ううん。コトミには、三回も、命を救ってもらったから。しかも、そのうち一回は、重傷を負ってでも、助けてくれた。あらためて、ありがとう」
「……ただの気まぐれだよ」
「うひゃ、ちょっと、コトミ、力入れすぎ。動揺しすぎでしょ」
「リンちゃんが変なことを言うからでしょ、まったく」
そうやって夜が更けていく。
たまにはこうやってゆっくりするのもいいね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ん〜〜っ」
大きく伸びをし、身体をほぐす。
今日で六日目、か。
すでに何日も経っている気がするほど、毎日濃厚な日々を過ごしている。
「さて、今日のリンちゃんは、っと」
布団の盛り上がりを見ると、今日はそばにいるようだった。
手前をめくると、すぅすぅと規則正しい寝息をたてているリンちゃんがいた。
「ふふっ」
……って、自分でも自然と笑みがこぼれたことに驚く。
なんだろうか、ただの友達のはずなのに、今朝はこの子が愛おしく感じる。
……身体を張って守ったから、かな。
なんにせよ、元気に過ごしてくれれば私も嬉しいかな。
サラサラとした髪を撫でる。
手触りのいいリンちゃんの髪は、いつまででも触れていたいほど心地良かった。
「んぅ……あ、さ?」
「あ、ゴメン、起こしちゃったかな」
「ふぁう。ううん。……もうちょっとだけ、こうさせていて」
リンちゃんが、ギュッと抱きついてきた。
「あっ、ちょっと。……もう、仕方がないなぁ」
お腹の辺りに顔をうずくめているリンちゃんの頭を撫でる。
ま、たまにはこんな朝もいいかな。
その後、恒例の治癒魔法をかけてからの朝ご飯。
この治癒魔法って何か意味あるのかな。
まぁ、魔力は減らないから気にしていないけど。
朝ご飯を食べたらそのままお出かけの準備。
さて、二人の元へと行きますか。




