104 〔少女の決意〕
珍しいことは立て続けに起きた。
今日は姉がお客さんを連れてきたのだ。
知らないところで交友関係を持っていたことに嬉しく、そして……少し嫉妬した。
姉のことは全てわかっているつもりでいた。
今までずっと一緒にいたんだから。
自分だけ置いていかれたような、そんな虚無感を感じながらも、表には感情をおくびにも出さず、応対する。
服がボロボロだったのは何かあったのか。
姉もその友達も、何でも無いことのように言うから、問い詰めることをやめる。
あまり心配ばかりさせないでほしい。
その後、少しだけ会話して姉の友達は帰っていった。
友達がいた時間はわずかだったけど、姉の笑顔を久し振りに見た気がする。
少しだけ悔しい気持ちが湧いたが、それでも安心した。
姉には友達がいる。もし、一人ぼっちになったとしても、支えてくれる友達が――。
それだけで心が楽になった気がする。
もう、思い残すことは、何も無い――と。
残された時間はあとわずかである。
姉が悲しまないように、何でも無いように振る舞おう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
また姉が汚れて帰ってきた。
明らかな大怪我をしたであろう汚れ方であったが、当の本人はピンピンしているから、わけがわからない。
普段はそっとしておくソレも、今回ばかりはあえて問い詰める。
……姉の友達と何かの秘密を共有していそうだったから。
秘密を暴くつもりはない。
その秘密は何かわからなかったが、姉と友達との仲を深めるためであれば、あえて突っかかる。
それが、最後にできる恩返しなのだから。
……本当に残り時間はわずかとなってきた。
きっと、持っても数日が限界。
できれば最後は姉に笑顔で見送ってほしい。
そんな最後のわがままを心に秘め、一日が終わろうとしていた。
『私は魔法が使えるの』
……理解が追いつかなかった。
魔法使いがこの世に存在するなんて。
どうやら姉は知っていたようだった。
知らなかった姉の一面に、ここでも少し悔しくなるが、その感情を押し黙らす。
『治癒魔法をかけてくれないかな』
姉の一言に心がときめく。
魔法! 何度も小説を読んで夢見た魔法がこの目で見られる。
ドキドキする気持ちを抑えながら、黒髪の少女が手を伸ばしてくる。
自分自身にかけられるということもあって、少しばかり緊張する。
緊張しなくてもいいよ、と姉の友達が言うが、それは無理な話だ。
そして、魔法をかけられる。
魔法をかけられた瞬間――身体の中で何かが弾けた気がした。
息が――止まる。
胸が……苦しい。
意識が、保てないっ……。
身体が……熱い。
朦朧とする意識の中、死がゆっくりと近づいて来ているのがわかる。
――――っ!
いや、だ……っ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 怖い怖い怖い怖い!
なんで!? なんでわたしなの!?
なんで、わたしが……。
わたしは……まだ、死にたく……ないよ。
とうに死を覚悟していたつもりであるが、いざ直面すると恐怖で逃げ出したくなる。
呼吸も満足にできない中、生きたいという気持ちだけが強くなってくる。
まだ、生きたい……の。
生きて、いたい、の……。
誰か、助けてよ……。
おねぇ、ちゃん……。
自分が寝ているのかも、立っているのかもわからない感覚の中、透き通った声だけがやけにハッキリと聞こえた。
ほとんど意識の無いまま、言われたとおり手を開く。
『ウォ……ター……ボー、ル』
自分の声か疑わしいほどの弱々しい声が耳に届く。
瞬間――身体の中で何かが弾けた。
先ほど弾けた何かと違い、新しい能力が産声を上げたような、そんな心地よい感覚に包まれ、意識を失う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ますと姉が心配そうな、泣きそうな顔をしていた。
いきなりいっぱい言われたけど、目を覚ましたばかりだから何を言っているのかわからない。
でも、身体をゆっくりと起こすと、今までの辛さが嘘のように消えていた。
何が起きたかは黒髪の女の子が説明してくれた。
治療法は見つけたから、もう心配はいらない、と。
……まだ、生きていて、いいの?
これから姉と二人で、一緒に居ていいの?
二人で笑って、過ごしていく。
そんな何気ない日常も、送ることができないと思っていた。
でも、もう、いいんだよね。望んで、いいんだよね。
今まで泣くことを我慢してきた。
いくら辛くても、死ぬのが怖くても。
姉にそんな涙は見せたくないから。
でも……今は、もう、泣いてもいいんだよね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
出かけていた姉とその友達が帰ってきた。
何をしてきたかは、まだ聞かない。
姉が立っているその場所は遠く、まだ手が届かないだろうから。
でも、いつかは姉と肩を並べられるぐらいになりたい。
姉と同じ、この不思議な能力を使いこなして、いつか必ず。
その後、姉の友達が気を利かせてくれて、姉と二人っきりになった。
緩みきった姉を見たのは久し振りな気がする。
そんな姉を見ていると、同じように気が緩む。
諦めかけていた気持ちが……蘇ってくる。
これから、ずっと……ずっと、一緒に居られる。
涙が自然と溢れてきた。
泣くのはいつぶりだろうか。
自分の気持ちを押しやり、気丈に振る舞っていたこの数年間。
抑制されていた感情が爆発した。
恥ずかしかったが、姉も号泣していたため、少し嬉しくなった。
(……決めた。わたしはお姉ちゃんのために生きる。今まで、わたしのために尽くしてくれたお姉ちゃんに恩返しするんだ。お姉ちゃんがいなければわたしは生きていられなかったんだし、残りの人生全てをお姉ちゃんに捧げよう)
姉に尽くしはするが、献身的な自己犠牲は行わない。
姉もそんなことは望んでいないだろうから。
もちろん自分がこれからの人生を楽しむことも忘れない。
姉妹二人揃ってこれから楽しく生きていこう。
そう心に誓い、姉を抱きしめる手に力を込める。