103 〔少女の願い〕
小さいときからいつも姉の背中を見て過ごしてきた。
双子で歳も一緒のはずなのに、大人と同じような振る舞いをする、しっかり者の姉。
少し抜けているところもあったが、そんな姉をいつも追いかけ、いつかは姉みたいになりたいとも思っていた。
両親が亡くなって悲しみに打ちひしがれていたときも、姉の強さに救われ二人で生きていこうと心に誓っていた。
二人で一緒に、いつまでも生きていく。
そんな些細な夢さえも、叶わなくなろうとしている。
二年ほど前から体調が悪くなり、今ではほとんどが寝たきりになってしまった。
原因はわからない。
少しずつ消耗していく謎の病。
不治の病として医者からも見放され、何日生きられるかもわからない。
でも、自分の身体のことは自分自身がよくわかっている。
もう、長くはない……と。
せめて、少しでも姉が笑顔でいられるよう、一日でも長く生きる。
それがここ最近の目標であり、先に逝ってしまう不甲斐ない妹の、最後の姉孝行でもある。
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「ん……お姉、ちゃん?」
ゆっくりと目を開け周囲を見渡す。
探し求めていた姉の姿は、ない。
「お仕事に、行ったのかな?」
身体を起こし、枕元にある時計へ目をやる。
「……今はお昼ごろかな」
時計の針は天辺を指していたが、日の光がまったく入らないこの部屋では、日中も夜間と変わらないぐらい薄暗い。
手探りで枕元にあるランプを手に取り火を点ける。
電気も通っていないこの家では唯一の明かりがこのランプである。
この家に住み続けてから何年になるだろうか。
決して楽ではない生活であるが、姉と一緒にいられるだけで、今の生活で十分満足している。
水道は幸いにも雨水を貯水し蛇口より出てくるタイプであるため、飲み水の心配は今のところない。
テーブルの上に目をやると、いつもどおり堅パンが用意されている。
食欲は無いが、食べないと姉が心配してしまう。
重い身体をゆっくりと動かしベッドから出る。
今日は普段よりも体調がいい。
いつも目眩に悩まされている身体が今日は軽い。
それだけで嬉しくなる自分が少しおかしく笑えてくる。
お世辞にもおいしいとは思えない堅パンを、水を使い無理やり流し込む。
「ふぅ……」
二つの堅パンを何とか押し込み、小さくため息をつく。
今までは苦にならなかったことが難しくなってくる。
ベッドから起き上がる、身体を動かす、ご飯を食べる。
その一つ一つが生きるためには必要不可欠なことである。
「せめて、これぐらいのことはできないと……。お姉ちゃんが心配しちゃう」
姉のために生きる。
いつからそんな気持ちが芽生えたか覚えてはいないが、姉からも同じ気持ちを感じている。『妹のために生きる』と。
先が長くない妹なのに、そこまで献身的に尽くしてくれている姉に、できるだけの恩返しをしたい。
だけど、非情にも時間は過ぎ去っていく。
あまり時間が残されていないというのに……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少し気分が悪くなってきたためベッドに戻る。
窓のない窓際――窓はとっくの昔に無くなっており、今はコンクリートで打ち付けられている壁がそこにある。
その窓際に並べている本を一冊手に取る。
姉がもらってきた――とは言っていたが、恐らく拾ってきたその本たちは、見事にジャンルがバラバラである。
幼児書のような物もあれば旅行ガイドのような物もあり、マンガや小説、どこかの学校の教科書や辞書までもある。
いま手に取ったものは、とある小説である。
小説の内容は堅苦しい文学書のようなものではなく、子供でも読みやすい、少し砕けた文章が多い小説である。
内容も、夢見る少女が魔法を使い旅をする、という少し少年向きの冒険譚である。
この本たちの中でも特にお気に入りで、何度も読んでは自分に重ねて空想にふけっている。
揺れるランプの光の下、ページをめくる。
身体を動かすことは難しいが、頭を使い考えることはできる。
姉のために尽くしたいと思う反面、この体調では動くことが難しい。
せめて自分は幸せだと、この生活で満足しているんだと、姉には感じてほしい。
そういった事情もあり、読書は日課となっている。
もちろん、読書そのものも好きであるため、嘘でもなんでも無く、この時間だけは心躍るものがある。
部屋の中にページのめくれる音だけが響いている。
「……ふぅ」
時計を見ると一時間ほど経過したようだった。
「わたしも元気であれば、この少女みたいに旅ができるのかな。……ううん、旅ができなくても、せめて元気でいられれば……」
いくら願ったところで現実は変わらない。
変わらないが、願わなくば一日でも長く生きられるように、と切に願う。
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珍しく姉が落ち込んだ様子で帰ってきた。
動きもぎこちなく、どこか怪我をしているようだった。
聞いても心配させまいと、はぐらかされるだけなので、あえて深くは聞かない。
大した怪我ではないことに安堵の息をつく。
妹のためであれば、この姉はきっと無茶をする。それこそ自分の命さえ投げうってでも。
そんな無茶は望んでいないから、姉にはちゃんと釘を刺しておく。妹も同じ気持ちなのだから――。




