表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/300

103 〔少女の願い〕

 小さいときからいつも姉の背中を見て過ごしてきた。

 双子で歳も一緒のはずなのに、大人と同じような振る舞いをする、しっかり者の姉。

 少し抜けているところもあったが、そんな姉をいつも追いかけ、いつかは姉みたいになりたいとも思っていた。


 両親が亡くなって悲しみに打ちひしがれていたときも、姉の強さに救われ二人で生きていこうと心に誓っていた。

 二人で一緒に、いつまでも生きていく。

 そんな些細な夢さえも、叶わなくなろうとしている。

 二年ほど前から体調が悪くなり、今ではほとんどが寝たきりになってしまった。

 原因はわからない。

 少しずつ消耗していく謎の病。


 不治の病として医者からも見放され、何日生きられるかもわからない。

 でも、自分の身体のことは自分自身がよくわかっている。

 もう、長くはない……と。

 せめて、少しでも姉が笑顔でいられるよう、一日でも長く生きる。

 それがここ最近の目標であり、先に逝ってしまう不甲斐ない妹の、最後の姉孝行でもある。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ん……お姉、ちゃん?」


 ゆっくりと目を開け周囲を見渡す。

 探し求めていた姉の姿は、ない。


「お仕事に、行ったのかな?」


 身体を起こし、枕元にある時計へ目をやる。


「……今はお昼ごろかな」


 時計の針は天辺を指していたが、日の光がまったく入らないこの部屋では、日中も夜間と変わらないぐらい薄暗い。

 手探りで枕元にあるランプを手に取り火を点ける。

 電気も通っていないこの家では唯一の明かりがこのランプである。

 この家に住み続けてから何年になるだろうか。

 決して楽ではない生活であるが、姉と一緒にいられるだけで、今の生活で十分満足している。

 水道は幸いにも雨水を貯水し蛇口より出てくるタイプであるため、飲み水の心配は今のところない。

 テーブルの上に目をやると、いつもどおり堅パンが用意されている。

 食欲は無いが、食べないと姉が心配してしまう。


 重い身体をゆっくりと動かしベッドから出る。

 今日は普段よりも体調がいい。

 いつも目眩(めまい)に悩まされている身体が今日は軽い。

 それだけで嬉しくなる自分が少しおかしく笑えてくる。

 お世辞にもおいしいとは思えない堅パンを、水を使い無理やり流し込む。


「ふぅ……」


 二つの堅パンを何とか押し込み、小さくため息をつく。

 今までは苦にならなかったことが難しくなってくる。

 ベッドから起き上がる、身体を動かす、ご飯を食べる。

 その一つ一つが生きるためには必要不可欠なことである。


「せめて、これぐらいのことはできないと……。お姉ちゃんが心配しちゃう」


 姉のために生きる。

 いつからそんな気持ちが芽生えたか覚えてはいないが、姉からも同じ気持ちを感じている。『妹のために生きる』と。

 先が長くない妹なのに、そこまで献身的に尽くしてくれている姉に、できるだけの恩返しをしたい。

 だけど、非情にも時間は過ぎ去っていく。

 あまり時間が残されていないというのに……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 少し気分が悪くなってきたためベッドに戻る。

 窓のない窓際――窓はとっくの昔に無くなっており、今はコンクリートで打ち付けられている壁がそこにある。

 その窓際に並べている本を一冊手に取る。

 姉がもらってきた――とは言っていたが、恐らく拾ってきたその本たちは、見事にジャンルがバラバラである。

 幼児書のような物もあれば旅行ガイドのような物もあり、マンガや小説、どこかの学校の教科書や辞書までもある。


 いま手に取ったものは、とある小説である。

 小説の内容は堅苦しい文学書のようなものではなく、子供でも読みやすい、少し砕けた文章が多い小説である。

 内容も、夢見る少女が魔法を使い旅をする、という少し少年向きの冒険譚(ぼうけんたん)である。

 この本たちの中でも特にお気に入りで、何度も読んでは自分に重ねて空想にふけっている。

 揺れるランプの光の下、ページをめくる。


 身体を動かすことは難しいが、頭を使い考えることはできる。

 姉のために尽くしたいと思う反面、この体調では動くことが難しい。

 せめて自分は幸せだと、この生活で満足しているんだと、姉には感じてほしい。

 そういった事情もあり、読書は日課となっている。

 もちろん、読書そのものも好きであるため、嘘でもなんでも無く、この時間だけは心躍るものがある。


 部屋の中にページのめくれる音だけが響いている。


「……ふぅ」


 時計を見ると一時間ほど経過したようだった。


「わたしも元気であれば、この少女みたいに旅ができるのかな。……ううん、旅ができなくても、せめて元気でいられれば……」


 いくら願ったところで現実は変わらない。

 変わらないが、願わなくば一日でも長く生きられるように、と切に願う。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 珍しく姉が落ち込んだ様子で帰ってきた。

 動きもぎこちなく、どこか怪我をしているようだった。

 聞いても心配させまいと、はぐらかされるだけなので、あえて深くは聞かない。

 大した怪我ではないことに安堵の息をつく。

 妹のためであれば、この姉はきっと無茶をする。それこそ自分の命さえ投げうってでも。

 そんな無茶は望んでいないから、姉にはちゃんと釘を刺しておく。妹も同じ気持ちなのだから――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ