102 勧誘
雲一つ無いどこまでも青く広がる天穹のもとで私とアウル――二人が向き合う。
「私と……一緒に、来ない?」
二人の間を風が吹き抜ける。
昨日リンちゃんと話し、決めたことだ。
驚愕に目を見開いているアウルへ言葉を続ける。
「もう、ここにだわる必要も無いんだよね。それなら、どこに住んでも、どこの町に行っても、いいんだよね。それなら、私と一緒に――」
「ありがと」
話を途中で遮られる。
「コトミから誘われるなんて、まるで夢みたいだね」
「バカ。私は、真面目に――」
「でも……ありがと。そのお誘いは嬉しいけど、きっとまた迷惑をかけちゃうよ。昔もたくさん迷惑をかけたから。あまりコトミに甘えてばかりじゃダメだと思うし、これからは一人……ううん、ルチアと二人で頑張っていかないと……」
あぁ……。昨日も思ったことだけど、アウルは遠慮している。
昔のアウルはもっと自己本位で、相手の都合なんてお構いなしに踏み込んでくる、そんなやつだった。
一緒にパーティーを組んでいた時もズケズケと人の心に入り込んできた。
平穏に暮らしていたのに、こいつが現れた途端、うるさくなった、怒ることが増えた、感情をあらわにすることが多くなった。
正直、邪魔だった。邪魔だった……けど、楽しかった。
色褪せていた私の人生に、色彩をもたらしたのは間違いなくこいつだ。
面と向かって感謝するのは癪だけど、こいつに出会えたから、今の私がいる。
与えられたこの気持ち……今、返すよ。
再び、二人の間を風が吹き抜ける。
「アウル、私は――」
「え? お姉ちゃん行かないの? じゃあわたしだけお邪魔しようかな」
そう言って、ルチアちゃんが、私の腕を取りに来る。
「なっ――!!」
あ、アウルが固まった。
「寂しいけどお姉ちゃんとはここでバイバイ、かな。でも大丈夫、生きていればきっと、また合えるよ」
「――っ!? ――っ!!」
顔面蒼白で、パクパクと何かを喋ろうとしているアウルだけど、残念なことに何も聞こえない。
「わたしはこれからも魔法を教えて欲しいし、いろいろな話を聞きたい。困ったときには頼りたいしね」
「わ、私は……っ」
あ、アウルが泣きそう。
「ルチアちゃん……アウルが可哀想だから、ね」
アウルが可愛そうなので少しだけフォローする。
「えー、素直にならないお姉ちゃんが悪いんですよ。ホント、普段はバカが付くほどに素直なのに、こんな時に遠慮しちゃって」
「うっ……」
ルチアちゃん……大人しい女の子かと思ったら、意外と辛辣なことを言うんだね……。
確かに、言っていることは正論というか、間違ってはいないんだけど……。
ほら、隣にいるリンちゃんの口元もヒクついているし。
アウル、大丈夫かな……。
「それに、本当はお姉ちゃんも一緒にいたいんでしょ?」
ルチアちゃんの一言に、アウルが動揺するように視線を彷徨わす。
……はぁ、こいつは相変わらず――バカなんだから。
「アウル、私が昔に言ったこと、覚えている?」
昔、遠慮していたアウルにかけた言葉がある。
人と関わらないように生きてきた私が、唯一心を許した瞬間。
『バカなんだから遠慮するな。本当に嫌ならそう言っている』
あの時の私はどうかしていたけど、今となっては正しい選択だったと思う。
世界を越えて再開した友人――離さないようにしたい。
「――っ。……う、ん」
アウルの目から一粒、二粒と涙が溢れる。
「あなたが本心で一緒にいないことを望むのなら仕方がないけど、本当はどうなの?」
うつむいているアウルの足下に黒い染みが一つ、二つと増えていく。
「……一緒に……いたい」
「なら、おいで」
アウルはその言葉に無言でコク、っとうなずく。
その答えに私は安堵の息を吐く。
はぁ、まったく、世話の焼ける。
テスヴァリルの時もアウルは変に遠慮することがあった。
普段のこいつからは想像もできなかったけどね。
「はぁ、よかった。お姉ちゃんったら、妹のことを考えているのなら今の生活を改善してよ。お風呂もないし、電気もない。よく、今の生活を続けようとするよね。まったく、手を差し伸べられたのに、妹のことも考えずに振り払うなんて、ホントバカだよね」
あ、トドメさしちゃった……。
崩れるようにしてうずくまるアウル。
「あの……ルチアちゃん?」
「ふふ、お姉さまぁ。今日からよろしくお願いしますね」
腕をがっしりと掴み、すり寄ってくるルチアちゃん。
あ、これアカンやつや。
リンちゃんへ目配せするも、目を逸らされる。くっ……仕方がない。
すかさず転移で拘束? をほどいて距離を取る。
「じ、じゃあ、とりあえず今日はこれまでで、明日また来るからさ。数日内に移動できるよう、荷物をまとめておいてね」
後退りしながら、ルチアちゃんへ連絡事項だけを伝える。
アウルは打ちひしがれていて役に立たないから仕方がない。
「あ、逃げるな」
「――っ!! じゃあねっ!! リンちゃん行くよっ!!」
「ちょ、コトミ待ってよ!!」
ルチアちゃんの殺意にも似た視線をかわし、アウルたちから距離を取る。
これは逃亡ではない! 戦略的撤退だ!
背後からルチアちゃんの、静かだけど遠くまで響き渡る声だけが聞こえてきた。




