1 一つの物語の終焉
街が燃えている。
世界の夜闇を払うように、赤く――絳く――赩く――。
うねる炎がまるで生き物のように、激しく蠢いている。
ポスメル国リリガル。
各国からの街道が交差するこの街は、周辺にある街の中でも有数の大都市にあたる。
王城が近いこの街には大勢の人が集い、行き交い、経済の中心として成り立っていた。
その街が、これが最後と言わんばかりに激しく燃えている。
防衛目的に周囲を壁で覆われているが、その役目は既に果たしておらず、今は無残な姿へと変わり果てている。
ほんの数刻前までは人々が盛んに活気だっていた場所でもあった。
白や青や赤の色をした建物が炎で赤く染め上げられ、次々と黒く侵食していく。
レンガ造りの建物が熱にやられ、またひとつ崩れた。
この街の象徴でもある広場の噴水は赤く染まり、周囲には炎から逃れてきた住民や、その住民を守ろうとした兵士たち、異形の姿をした魔物たちの亡骸が複数横たわっている。
石畳の大通りは所々隆起しており、戦いの傷跡が無残にも残っている。
いまや生きている者の姿は無く、この街だけが世界から切り離されたかのように激しく燃え続けている。
またひとつ建物が崩れた。
燃え広がる炎の音、建物が崩れる音、吹き抜ける風の音、その全ての音の中に人の気配は微塵ともなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
生きる者がいなくなった街の大通りを、一人の少女が足を引きずるようにして歩いている。
歳は十代後半であろうか。
その装いは町娘のような格好ではない。
剣士のような、魔法使いのような、どちらとも言えない装いをしている。
火の粉が舞い散る中、肌を焼く炎の熱さと、焦げ付く肉の臭いを気にもとめず歩く。
青年の亡骸の横を通り、燻っている兵士だったものを避け、折り重なるように倒れる母娘の死体を迂回し、少女は進む。
全てが終わり、変わり果てた街の中を進む。
少女の瞳に感情はない。
絶望か。後悔か。希望か。
なんの感情も映さない虚ろな瞳は、ただ前だけを見据えて歩を進める。
怪我をしているのか、その足取りは重く、いつ倒れてもおかしくないまま、一歩、また一歩と歩を進めていく。
レンガ造りの建物が多い大通りは、火炎による熱射が周りに比べ少なく、いくらかは歩きやすくなっている。
とはいえ、立っているだけで火傷する程度には炎が街全体を覆いつくしている。
パチパチと火の粉が弾ける音が町中に響く。
見渡す限りに生きている者の気配はない。
しばらく歩を進めていた少女がふと立ち止まる。
「……アリシア?」
その眼下に、建物にもたれかかり座るもう一人の少女を捉え、声をかける。
「死んだ?」
「……シャ……ロ?」
「なんだ。まだ生きていたんだ。案外しぶといね」
シャロと呼ばれた少女は見下ろす形で辛辣な言葉を投げかける。
壁にもたれかかり座る少女は、シャロと同じく十代後半か。
手には折れた剣が握られており、身軽な装いは剣士を彷彿させる。
「シャ……ロも、死にかけ……でしょ」
アリシアは薄目を開け、息も絶え絶えという感じで答える。
身体中に裂傷を負い、出血は止まっているようだが、その傷の深さから長くは持たないと思われる。
「うっさい」
シャロはアリシアの隣に腰を下ろし、治癒魔法をかける。
「……アリシアも、『呪い』受けた?」
「う……ん」
「そっか」
発動した治癒魔法はその効果を現さず、奇跡は起きなかった。
そのまま並ぶようにシャロは壁へともたれかかり座る。
「まさか、あんたと同じように、なるとはね」
「…………」
アリシアは答えない。
既に死んだか、口を開く気力もないのか。
シャロも同じように『呪い』と言われている攻撃を受けており、治癒魔法は受け付けない。
アリシアほど見た目で傷を負っているわけではないが、所々負傷しており、出血は全て焼くことで止めている。
内蔵も一部はその機能を止めており、アリシア同様、長くは持たない状態ではあった。
「お互い、災難だったね」
「…………」
「…………」
勢いの衰えない炎が夜空を夕焼けのように赤く染める。
静寂を許さないかのように建物の崩れる音が響きわたる。
シャロは視線だけをアリシアへ向け、そっと包みこむように手を握る。
「……シャ……ロ」
「なんだ、まだ生きているんだ」
「……ありが……とう」
耳を澄まさなければ聞こえないほどにその声は小さく、命の灯火がかき消えようとしていた。
「ふんっ、どうせこれで最後だしね。最後だから……付き添って、あげるよ」
「……う……ん」
シャロも強がってはいるが、その表情は痛みに耐えているようで、その強い口調ほど長くは持たないだろう。
「……ふぅ」
小さくため息をつき、静かに目を閉じる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
冷たい風が二人の間を通り抜けた。
火の勢いは衰えず、いまだ夜空を赤く染め続ける。
生きる者がいなくなったこの街で、炎だけがまるで生き物のように息吹いている。
夜明けはまだ訪れない。
二人の少女はお互いを支え合うように身を寄せ、手を握る。
離れてしまわぬよう、指を絡ませるように、手を握る。
吐息が聞こえそうなほど近付いた二人は、眠っているような安らかな表情をしていた。
会話は途切れ、何も言葉を発さずに時が過ぎ去ってゆく。
街を光り輝かす炎だけがその存在を主張し続ける。
そして――ひとつの物語が終わりを迎えた。