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オレはタニさんの元をいったん離れ、大学構内の公衆電話からボスへ報告の一報を入れた。
「矢島孝雄 24歳 城西大学の大学院生 練馬区在住です…」
『矢島の顔写真は手に入るか?』
「ええ、研究室旅行の写真が何枚かあって…借りる事ができました。」
『悪いがソイツをプリンスにも渡してくれ』
「鳥さんにですか? どこにいらっしゃるんですか?」
『プリンスには…今朝からサメさんを尾行させていたんだが…北砂の商店街でまかれた』
「そうですか…ここからだと…」
「お前さんの脚なら1時間半くらいだな」
後ろからタニさんの声がした。
「地下鉄の東陽町駅から歩きでもそんなもんだろう、地図貸してやる」
そう言って『ポケット版 東京超詳細地図』と言うのを貸してくれた。
「後で矢島のアパートにも行ってみるが間に合う様なら来てくれ。“目”は多い方がいいからな」
「分かりました。鳥さんに写真渡したら戻って来ます。進捗は“署”経由で…」
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北砂の商店街の入り口で鳥さんに矢島の写真を渡し、タニさんの所へとんぼ返りした。
待ち合わせた場所の改札口にタニさんは既に佇んでいて、オレは駆け足で近寄った。
「ご苦労さん」
「いえ、お待たせしました。」
「なに、お前さんを待っている間に商店街を中心に聞き込みしていたよ」
さっきの“北砂”もそうだったが、この時代は商店街に勢いと活気がある。商店街が今の…いや、私が元居た時代より…遥かに人々の生活に密着しているのだろう…鳥さんの聞き込みもまず、商店街からだった…
矢島の住んでいるアパートは商店街からほど近いところにあり、敷地内には自転車や三輪車が並び赤ん坊の泣き声も聞こえる。 そんな中、矢島の部屋の窓にはカーテンが引かれていた。
「裏から見た感じでは留守のようです」
タニさんは新聞が折り重なって差し込まれている郵便受けを指し示した。
その一部は昨日オレ達が散々回し読みしたものなので…すぐにそれと知れた。
「矢島は朝刊だけ取っていたようだ。郵便受けに残っているのは昨日の朝刊からの二部…という事は、ホテルでの事件当日の朝は部屋に居た事になる」
「この新聞が配達された…土川組と龍神会の銃撃事件の翌朝には部屋に居なかった」
オレの頭の中にぼんやりと引っ掛かっていたニオイの記憶がふいに浮かび上がった。
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「商店街で…『ケイコ』と『矢島』が一緒に居るのを見掛けたとの情報を得ました。鮫島警視はここで“二人”を張っていたものと思われます」
矢島は戻って来ないと判断してアパートを離れ、オレとタニさんは鳥さんに合流し、今は廃工場の窓が窺える電柱の影に居る。
「ショートピースの吸い殻がたくさん落ちています。鮫島警視はショートピースのチェーンスモーカーですから…」
「これは…わざとだな」
「タニさん、どういう事ですか?」
「鮫島警視は…まず最初に、ボスに自分の姿を見せて、新聞記事が出た後に、我々に自分を追うように仕向け、このターゲットに導いたんだ」
タニさんの言葉に鳥さんは自分の額に拳をくっつけた。
「悟りの悪い醜態をさらしてしまった!」
オレは更に“悟り”が悪いので二人に尋ねるしかなかった。
「鳥さん!タニさん! オレには何の事だか…」
鳥さんが教えてくれた。
「このヤマにガイジが絡んでいる事からして、何らかの『政治的圧力』が働いているのは間違いない。鮫島警視とて宮仕えの身だ。恐らくこの張り込みについても『守秘義務』の範疇なんだろう。その内容を口に出すことができない代わりに、オレたちが鮫島警視の行動を追うように仕向けたんだ。 しかしここまでオレたちに教えた後、鮫島警視はいったいどこへ…」
「それを追うのは、今じゃない。今は“あの窓の向こうの二人”の動向だ」
オレは頭に引っ掛かっていた“ニオイの記憶”に基づく推理を…タニさんと鳥さんに話した。
「あの“ホテルでの事件”の時、地下から上がって来たエレベーターで…恰幅の良い“ギャング風”の男と乗り合わせたんです。 エレベーターの狭い空間に二人きりでしたので、オトコの体臭が微かにして…それが『ケイコ』の部屋で嗅いだものと同質だったんです。ケイコの部屋に出入りしていた男が『妹の恋人だった』矢島なら…」
「矢島は扮装してケイコを助け出し、地下駐車場経由で脱出した…」
「おそらくプリンスの言う通りだろう。チノパン! お前さんの犬の様な鼻が役に立ったな」
犬呼ばわりは…うら若き乙女としては凹むところだが、今、オレは男で新入りのデカだ!『独活の大木…』呼ばわりされず済んだのは喜ぶべき事だろう…
書くに当たって相変わらず“調べ”の多い物語です…
例えば、『北砂の商店街』のモデルとなった商店街の最寄り駅は今は『西大島』なのですが…この時代には『西大島駅』はまだ無かったのです。調べておいて良かった!(^^;)
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