②
電話を切った鳥さん(プリンス)はボスの前に進み出た。
「城東署からです。例の“夢の島”の処分場跡の射殺死体ですが…身元が割れました。龍神会のチンピラのようです。」
「となるとおそらくは十川組の仕業…鉄砲玉がやられたか…今回の抗争で4人目だな…」とチョーさん。
「早く何とかしないと!! いつ一般市民が巻き添えになるか!!」とムリさん。
そこに…先程から何事か考えていたタニさんが口を開く。
「ボス! その事なんですが…今回の抗争は…龍神会の若頭が殺害されたのが発端ですよね。 しかしそれが、どうも引っ掛かります。十川組、龍神会ともに“武闘派”を掲げている団体ですが…若頭は「毒殺」…」
「ヤリ口が『違う』って事だな。毒殺の利点は…時間が稼げる。音がしない。拳銃などとは違い誰でも扱える…」とボス。
「ええ、容疑者は…女性かもしれません。」
「確かに龍神会の若頭は女好きで有名でしたね」と鳥さん
「うん、プリンス! そういう事も言えるんだが…我々は容疑者リストを暴力団関係者から広げた方がいいのかもしれない。」
「つまり…“抗争”とは関係ないかもと言う事ですか?」
「ああ、使われた毒物も特殊なものらしく…今、科捜研の方でも…その特定に城西大に協力を仰いでいるらしい。非公開だが」
「よし! タニさんは、その“第三の可能性”について当たってくれ! “ムリ”は城東署へホトケの確認。チョーさんとプリンスは引き続き『十川組、龍神会』の線を…それからチノパン!」
「ハイ!」
ようやく名前を呼ばれた“オレ”は勢いよくボスの前に出た。
「お前はタニさんと一緒に城西大へ行って来い。何事も経験だからな!」
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「お前、運転してみるか」とタニさんに言われて勇んで運転席に座ったが…
マニュアル!!
教習所以来、マニュアル車は乗った事が無くて
エンストの「嵐」
苦笑するタニさんに代わってもらって、オレは助手席へ
窓、手回しだ!!
クルクル回して窓ガラスを上げる
「おいおい この暑いさなか窓を閉めるなよ」
「えっ?! エアコンの冷気が…」
と言う私を…開けた窓から右肘を出したタニさんは左手に持ったシガーソケットでタバコに火を点けながら
「そりゃどこの“お大尽”の話だ」
と笑った。
しかし、走り出して程なくしてタニさんはクルクルと窓を上げた。
「チノパン!そっちも窓閉めろ!」
左肘を外に出してTシャツの襟ぐりをパタパタしていたオレは「えっ?!」と聞き返す。
「タニさん! 閉めたら暑いですよ!」
「お前さん!ラジオ聴いてなかったのか? 光化学スモッグ警報が出たぞ!」
そう言ってタニさんは咥えていたタバコを灰皿で揉み消した。
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「物性をガスクロなどで分析している最中なんですが…科捜研からの“経皮毒”らしいとの情報から…GP3と言う化合物に近いものと思われます。」
「GP3?」
「これは…一般には殆ど知られていないのですが…産業廃棄物、いわゆる公害系の…有害というより猛毒と言った方が適切な物質なのですが…とあるプラントにおける副産物として発生します。」
「具体的には?」
「刑事さん! この話は聞かなかった事にして下さい。国の基幹産業の一翼を担う部分のと言うのが精一杯です。なにせ、その研究自体も全ての助成金をカットという流れで頓挫しましたし…あなた方の捜査方針も然るべきところから『指導』が入るでしょう」
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この“世界”で起きている事はこの“世界”の事実なのだろうけど…
そう考えても私は一向に釈然としなかった。
「どうしたチノパン! せっかく幸さんが揚げてくれた穴子がさめちまうぞ」
オレとタニさんは…『幸吉』で遅い晩飯を食っていた。
例の“GP3”については聞き込みしても…誰もが口を噤んでしまうのが…オレにもありありと分かった。
「だけどオレは納得いかないですよ! これは殺人事件ですよ! そんな危険な物質が使われたとしても言わず聞かざるなんて!」
「あの大学の研究室を事前に調べてみたんだがね…応対した教授はつい最近助教授から教授になったばかりなんだ。我々警察からの依頼だとしても教授直々に応対するって事は普通はない」
「それは…自分がついこの間まで助教授で…自分がやった方が好都合だったからじゃないんですか?」
「そうだろうな。これも分かっていた事なんだが…あの教授の前任の教授は…研究室の大学院生と不倫の末、心中したんだ。講演先の宿でな」
「タニさん!! それって!!」
「…おそらく他殺だろう…さっきの聞き込みの時、教授の手が震えていたよ。本人は隠そうと必死の様だったがね。つまり喋ったら…」
「殺られるって事ですか??」
思わず声が大きくなるオレに、タニさんは人差し指を立てた。
『喋るな!』と
「どうだい!チノパン! 穴子の天麩羅は?」
とふきんでまな板を拭き上げながら幸吉さんが聞いて来た。
「…あ、旨いっす。やっぱ東京湾ですか?」
その言葉に幸吉さんの顔色はみるみる変わって、ふきんを床に叩き付けた。
「なんだと!!! てめえは!! 俺が腐れ魚を料理してるって言うのか!! てめえこそ!! さっきから聞いてりゃクソ生意気に!!」とそのぶっとい手と腕でオレのシャツの襟を掴んで締め上げる。
だが、今のオレは腕っぷしも弱くはない!! 幸吉さんの手を掴んで引き離して捩じ上げる。
「なんですか? いきなり!!」
「なんだと!! お前こそ東京湾の腐れ魚みたいに根性曲がりやがって!!」
タニさんが割って入らなければ本当に取っ組み合いになっていたところだ。
「コウさん!勘弁してやってくれ!コイツ田舎出で…東京湾の汚染状況とかまるきり知らんのだ」
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「チノパンくん。ホント何も知らないのね」と
後で暢子さんから『公害』に関する切り抜きがファイルしてあるスクラップブックを見せてもらったが…どれも酷いものだった。
この時代はこの時代で…色んな問題があったようだ…
私の居た…コロナ禍の時代の様に、みんなしてマスクを付けている写真もある…
このとんでもない“社会問題”が…
今回の「事件」と…何らかの関係があるのでは…オレも…そしてタニさんも…
そう考えていた。
。。。。。。
イラストです。
“チノパン”と暢子さん
昭和と刑事ドラマについて調べながら書いています。
どうせ真面目に書くのなら…当時はきっとあまり取り上げられなかった(スポンサー企業等の忖度で)テーマで書いてみようと挑戦しております。(^O^)
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