9 ミノタウロス狩り
「フィン!、フィン!、あの斧を盾で止めろ。お前はそれだけでいい、専念しろ。」
フィンの持っている盾は父である勇者が狩ってきたドラゴンの鱗をふんだんに使っている。あの斧があたっても盾が切れるということはないだろう。切れたら詐欺だ。
フィンがミノタウロスに罵声を浴びせて挑発し、斧の一撃を誘う。
ガアン!
とんでもない衝撃音が盾と斧の間から発生し、フィンがちょっとよろめいた。衝撃は消せなかったか。多少は受け流したようだが足がふらついている。
「ゾーイ、フィンの治療に専念しろ。盾が崩れたら終わりだ!」
フィンが倒れればあの強大な一撃を止める術がなくなる、そうすれば2メートルはあろうかという巨大な斧から逃げ回りながら攻撃をせざるを得なくなる。フィンが衝撃で動けなくなったり、足を挫いても同じ。フィンが移動して味方の盾になることはできなくなる。
フィンに斧の一撃が跳ね返されてぐらついたミノタウロスの懐にノアが飛び込み、小刀を心臓がありそうな部分に突き刺す。だが…。
「ダメです、筋肉が分厚くて届きません」
筋骨隆々のミノタウロスは筋肉の肉厚で防いでみせた。鳩尾の左に小刀が突き刺さっているが、見ると根本までは刺さっていない。
「ノア、そこら辺の壊れた家から丸太を調達してこい。それでミノタウロスの腕をぶっ叩け!トモエ!足だ足!足の脛と”あきれすけん”を切れ!」
ボワンとミノタウロスの大きな顔が炎に包まれる。動きが鈍くなったミノタウロスにトモエが薙刀で脛を一撃、二撃、耐えきれず片足をついたミノタウロスの右目にテレサの弓が突き刺さる
「ゴガアアアアアアアア」
あまりの怒りで周囲が見えなくなったらしい、斧を振り回し、やたらめったらに周囲の家屋を傷つける。
テレサは慌てて屋根からミノタウロスの反対側に飛び降り、ノアとトモエはフィンの盾の後ろに隠れた。ジョセフィンが魔法を放ってミノタウロスの注意が他の兄弟たちに向かないようにしているが、ダメージはあまり入っていないようだ。
「兄上!」
フィオナがこちらを見て目で訴えてくる。あの敵を任せてほしいということなのだろう。戦場で敵から目を離すな。
「右腕は俺がやる。止めをさせ!」
「はい!」
ゾーイが屋根から飛び降りて足を痛めたテレサに駆け寄る間にフィンの盾の後ろへと移動し、ミノタウロスの斧が止まる瞬間を待つ。
「フィン、ノア、あの斧一瞬だけ止めろ!俺が腕切り落とす、止めるだけでいい」
「応!、ノア、丸太叩きつけろ!」
フィンの合図でノアが丸太をミノタウロスの顔面に放りなげた。お前小刀やめて丸太で戦え。
そこまで太くない丸太とはいえ重いのでそこまでの威力はない。だがミノタウロスは斧で丸太を弾き飛ばして顔面に迫る驚異を取り除く。その一瞬の隙をついて。
まずは右手首の筋を狙う、完全に切れはしなかったが斧を持つ握力が格段に弱くなった。それにしてもなんて皮膚の硬さだ、鉄を切っている気分だぞ。
トモエが脛だけでは埒があかないと背後へと回り込み、左足の”あきれすけん”を切る。それでもミノタウロスは踏みと止まったがフィンの盾を用いた体当たりでついに仰向けに倒れた。
「よし、止めは頂きます!」
フィオナがミノタウロスに登って首すじを狙う。ミノタウロスの五体で唯一無事だった左手がフィオナを襲うがフィオナは左手を避けて手首を深く切った。
血が流れていき、少しずつ、少しずつ弱っていくミノタウロス、最後にフィオナが喉を切り裂いて止めをさした。
「おおおおおおおおお」
遠巻きに見守っていた村人たちが、動かなくなったミノタウロスをみて歓声を上げた。それでも用心して遠巻きに眺めるだけだったが。
「おい、はぐれのミノタウロスがでたと聞いたんだが、あれがそうなのか?」
先日”ボウケンシャ”ギルドで出会った業火のルークとその一行らしき男たちがやってきた。どうやら腕利き”ボウケンシャ”の1人らしい。
「ああ、そうだ、お世継ぎ様たちが倒してくださったのさ」
「はあ、俺たちでも苦労すんのになあ、あれランクBだぜ」
ルークがしみじみと語ったとき、上空を見上げていた誰かが叫んだ。
「ドラゴンだあああああああ!」
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ドラゴンは地震や雷、火事親父とともに天災に数えられるものである。ドラゴンが本拠地で大人しく引っ込んでいればそこまで驚異ではないが、あるときは食料が不足して、またあるときは気まぐれであちこちの国や都市を襲撃し、その度に甚大な被害を出してきた。
ドラゴンの生息地は知られていない。だが東の海のどこかにあることは確かで、東の海から空を飛んでやってくる。上空に現れたのもそんな中の一頭だった。しかも見るからにでかい。
「ああ、せっかくミノタウロスを倒して頂いたのに…」
村長がうつろな目でぼやくがこれは仕方ない。ミノタウロスなんかとは桁が違うのだ。ドラゴンが出たときは一も二もなく逃げろ、というのは格言にすらなっている。
「しょうがない、タロー市の城壁の仲間で逃げよう。あそこなら龍避けのバリスタがたくさん置いてあるし、ルイーザ母上もいらっしゃる。」
「ルイーザ母様はたしか臨月ではありませんか?」
「ルイーザ母上に負担をかけるのは忍びないが…。トモエもあれは倒せんだろう?」
「無理ですね。あんな上空にいられちゃ薙刀も魔法も届きません。」
「ジョセフィン!ジョセフィン!あのドラゴンまで魔法届くか?羽を落とすだけでいい。それで飛べなくなる!」
「無理だよ、ここに獲物がたくさんいるって教えるようなものじゃない。それに羽だけ落とすなんて器用な真似できないよこの距離じゃあ」
確かに上空のドラゴンは大きいが遠すぎて豆粒のようにしか見えない。
「な!、降りてくるぞ兄上!」
ドラゴンは村の隣の空き地に向かって急降化し始める。ジョセフィンとテレサが慌てて魔法の詠唱を始めるが間に合わないだろう。
しかしドラゴンはこちらには目もくれず空き地に飛び降りると驚愕で腰を抜かしている村人の方にのっしのっしと歩いていき、驚愕の一言を放った。
「あのー、こちらがニーベル辺境伯領でお間違いないでしょうか?」
ドラゴンがもういっかいあのーと声をかける間にドラゴンの背中から二人の男女が降りてきた。
1人はカグヤ母上の祖国にもある巫女服に身を包んだ清らかそうだが気の弱そうな女性、そしてもうひとりは…。
もう一人の男は、完全に腰を抜かしている我々の方を見ると、困惑したように、今までも散々聞いた、それでいてこれからもよく聞くセリフを吐いた。
「あのー、俺また何かやっちゃいましたか?」
ドラゴンの背中から降りてきたのは、ニーベル辺境伯タロー卿その人だったのだから。
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