7 フィオナとメリナ
夜クエストを終えて屋敷に帰還する。途中ゾーイが指摘したように我々が集めていたのは薬草によく似た雑草だったのでクエスト自体は失敗に終わった。案内嬢は、よくあることと慰めてくれたがそれでも気は重い。
「だ~からいったじゃないですかあ」
暴れまわるゾーイを兄弟総出でなだめなていたが、それを後目にフィオナが食事を終わらせ、大広間を出ていった。
フィオナは屋敷の中にある屋敷の屋根裏部屋に来ていた。屋敷とは申せ父である辺境伯が全力で(元の世界の知識も合わせて)作り上げたものなだけに外見からは判別がつかない程に堅固な要塞と化している。
フィオナが入った屋根裏部屋もその一つで、普段は戸締まりされているが、ところどころに三角形や四角形、更には丸の形に穴が空いており、そこから屋敷の外庭や中庭にめがけて弓やら魔法やら”テッポウ”やらを打ちかける事ができる。
フィオナが小さい頃、戸締まりの甘い屋根裏を見つけ、いらい度々ここにやってきていた。
皆が寝静まった夜にフィオナはこっそりと部屋を抜け出して屋根裏にこもる。開けっ放しの穴から夜の冷気が流れ込んでくるが、それを無視して穴のうちの一つに近づいた。ここから父と母の部屋が見えるのだ。正確には母メリナの寝室が。
ニーベル辺境伯タロー卿はドラゴン狩りの出発前にメリナの部屋に来ていた。それをメリナが妖艶な衣装、伯爵がまだただの勇者(それも大概おかしいが)だったころに”あらぶ”の踊り子と評した妖艶な衣装だ。
メリナが踊る、踊る、踊る。腰をくねらせ、胸を強調し、薄い服から肢体を見せつけるように踊り、夫となった元客の『男』を刺激する。
フィオナの母メリナは娼婦になる前は『踊り子』と呼ばれる生活をしていた。踊り子はただ踊るだけの存在ではない。『踊り子』は”ボウケンシャ”という職業がなかった過去、いや現在であっても一部の者からは娼婦以上に蔑まれる存在だったのだ。
そもそもこの世界の魔法とは魔力と魔力の放出の双方が必要とされる。魔力は人間が生きていく上で必ず必要となるのでどんな人間にも魔力が必ず備わっている(備わっていないものは幼くして死ぬしかない)が魔力の放出に関しては完全な才能の領域に属した。
ただし魔力の放出とはいえその実態は『自分の体から、どれだけ離れた場所まで魔力を放てるか』であり肌の表面でならどんな人でも魔法は放てる。肌のすく外側で魔法が弾けるので本人にも危害が加わるが。
だから魔力の放出ができない者たちが魔法を使うには肌を触れさせるしかない。それも自分や相手に危害を加えさせないようにバフ系統の魔法しか(そして厳密にはこれらのバフ魔法は魔法に分類されない)。
そこで魔力の放出ができない女性たちが、それでも日々暮らしていかなければならないので、編み出したのが『踊り子』という職業である。男と肌を重ねることで相手に数%から数十%(踊り子の魔力量に比例する)のバフをかけ、相手が死なないようにするのだ。
とは言え魔力の放出ができない女性はたくさんいる。そして”ボウケンシャ”として生活できないものも。『踊り子』は魔法が使えず、”ボウケンシャ”にもなれない者たちが男に寄生して暮らしていくものとされている。
魔法が放てないし”ボウケンシャ”としても3流なので(そうでなければ魔物を狩っていただろう)前線に出ることはない。仲間の拠点でじっと待っている。
仲間が帰ってくると幾人もの男と肌を重ね、バフを掛け直す。
”ボウケンシャ”がまだ放浪騎士と呼ばれていた時代から娼婦に金を払わなくて住むので需要は高い。ただし金を貰えるものは稀で、大抵は食料を分けてもらえるだけ。
その多くは仲間が死んで一人になるか、誰の子かもわからない子をはらんで追い出されるか、年老いて若い『踊り子』に乗り換えられるか。
それでも一握りの幸運な『踊り子』はパーティメンバーが手柄を立てて土地や家をもらったところでその中の1人(大抵はリーダー)の愛妾となったり第二夫人となって幸せに暮らせることもできる。
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娼婦になれれば身請けの確率も格段に上がる上に、元『踊り子』の娼婦を抱くということは能力にバフをかけるという大義名分の元で過去には放浪騎士や”ボウケンシャ”や、戦前の騎士貴族には人気が出る
一方同性の”ボウケンシャ”過去は放浪騎士と呼ばれた人たちは自分たちのように戦わず、男に媚びて生活している『踊り子』を寄生虫と呼んで憚らなかった。踊り子がいるパーティは男ばかりになるのも原因の一つなのかもしれない。
パーティが手柄を立ててその土地に住み着くときに、妻を気心知れたパーティメンバーから選ぶことも多いのだから、いわば男を奪い合うライバルとも言える。
タロー卿は踊り子を城下の娼館で一括採用し、踊り子たちが仲間を(あわよくば将来の夫を)みつけやすいようにギルドで仲介させたりしているので今は大分落ち着いているが、長らく染み付いた蔑視の目線は消えない。
フィオナはそれらが気に入らないのだ。元『踊り子』、元娼婦、フィオナが生まれたときは、父親譲りの黒目だとわかるまでは(一部ではわかったあとでも)『フィオナはメリナがよそで孕んできた子供である』という噂が耐えなかった。兄弟が次々と魔力の放出の才を発揮しているのに、一向に魔力の放出が上達しないのもそれに拍車をかけた。
本当ならメリナが娼婦を引退したときからフィオナが生まれた月を見れば父親がタローであることは一発でわかるし、黒々とした目は『これぞニーベル辺境伯の子』と衆目一致するところではあるのだが。人々は奇異な噂を好む…。フィオナの耳に入る程に。
そしてメリナはフィオナのことを、娘としては慈しんだがそれまでで、教育は乳母と外から招いてきた先生、そして他の母たちにまかせてしまった。実は他の子も似たような境遇なのだがフィオナはそれを知らずに、自分だけ父親が違うからではないか、と疑心を深めていた。
そして極めつけにメリナはフィオナには男ごころや気になる男を落とす術、落とした男を見極めてはなさないための基本などは教えてくれたが決して踊り子のスキルを教えようとはしなかった。踊り子のスキルは高めれば肌を重ねた相手にかけるバフの効力を非常に高めてくれる。
冷静に考えれば娘を踊り子にしたがる親なんていないし、メリナがフィオナに男を落とす術を教えたのは意中の男を落として幸せに(貴族なので政略結婚の可能性もあるが)なるためだったりするのだが、フィオナにとっては自分が軽視されているように感じてしまう。
メリナにとっても実子は初めてであり、なおかつ自分にそっくりな娘に自分の若い頃を重ね合わせてしまうので対応に苦慮していたのでなおさらまずかった。
こうしてフィオナにもメリナにも、現時点ではどうしようもない溝ができてしまう。結局は親子の意地の張り合いであり、フィオナにとってはただの反抗期だったのだが。
フィオナの視線の先で、両親が肌を重ね、メリナが顔を赤くすればするほどフィオナの心は冷たくなっていくのだった。
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