第310話 今度こそ自分の力で
誤字脱字があれば教えてくれると嬉しいです。
深い、暗い空間の中、クロエは一人苦しんでいた。
右手を鎖に繋がれた状態で絶え間なく襲い来る苦痛にただ耐え忍ぶことしかできない。
「あぅ……ぐぅ……」
全身を刺すような痛みだけじゃない。負の感情。燃えさかるような怒り、気が狂いそうになる悲しみ。それらがクロエの心を乱す。
だがその負の感情が誰の物であるかはわかっていた。カイナだ。カイナの長年にわたる負の感情がクロエを苦しめていたのだ。
「はぁはぁ……」
カイナに体の主導権を奪われた。クロエと入れ替わるようにして外への進出を果たしたカイナはクロエの不意を突いて封じ、動けなくした。
苦しみに耐えることで精一杯なクロエは拘束に抵抗することもできない。そもそも今の状態では《破壊》の力を使うことすらできなかった。
だがそんな状況下にあっても、ギリギリの所で意識を保つことができているのはレイヴェルのことを考えていたからだ。
レイヴェルを助けるという条件でカイナのことを解放した。しかし今のクロエはレイヴェルがどうなったのかもわからない。
レイヴェルは助かったのか、外の状況はどうなっているのか。肝心なことは何一つわかっていなかった。
「レイ……ヴェル……」
たとえ何があってもレイヴェルの無事を確かめるまでは折れるわけにはいかないと、ただの一心でクロエは耐えていたのだ。
この苦しみがいつまで続くのか。それがわからないままに耐えていたクロエだったが、そんな空間に不意に変化が訪れる。
「うぉあっ! っぅ、いってぇ……」
突然現れたのはレイヴェルだった。思いもしなかったレイヴェルの登場にクロエは一瞬痛みすらも忘れてしまう。
「あいつ、人の体勝手に動かしてたかと思ったら突然こんなに場所に。というかどこだよここは……」
「レイヴェル!」
「っ! クロエ……クロエか! お前どうしてここに!」
「それはこっちの台詞だよ。どうしてレイヴェルがここに? というかいったいどうなってるの。カイナは――っぅ!」
矢継ぎ早に質問を投げかけるクロエだが、再び襲い来る痛みに倒れこんでしまう。
「クロエ!」
慌ててクロエの元へ駆け寄ろうとするレイヴェルだが、透明な壁に阻まれてクロエの元へとたどり着けない。
「くそっ、なんだよこれは!」
レイヴェルは必死に行く手を阻む壁を叩くが、壊れる気配は無い。己の無力さにレイヴェルは歯噛みする。
目の前にクロエがいるのに。クロエが苦しんでいるのに、何もできない。その悔しさは一言で語り尽くせるものではない。原因はそれだけではない。
ワンダーランド達によって呼び起こされた過去の記憶。家族を失った記憶。再び守れなかった自身への怒りと悲しみ。様々な感情がレイヴェルの中で渦巻いていた。
「また何もできないのか俺は!!」
昔も今も、レイヴェルは自分だけの力で何かを守れたことなど一度も無かった。いつも誰かに助けられてばかりだった。そんな自分が許せなかった。強くなりたいと願った。
だが願うばかりの者に世界は応えてくれない。強い願いの前に何をなすのか。大事なのは常に選択し動くこと。立ち止まった者はそこで終わってしまうのだから。
「ふざけるな!」
怒り、悲しみ、無力感、その全てをレイヴェルは受け止める。その上で打開策を考えた。
どうすればクロエの元へ行けるのかを。考えて考えて考えて、その先でレイヴェルは一つの考えに至る。
「【魔狩り】の力……」
レイヴェルの中にも流れる【魔狩り】の血。この空間がそしてレイヴェルとクロエを隔てる壁が魔剣であるカイナの力でできているのであれば【魔狩り】の力でどうにかできるかもしれないと。
だがしかし、今のレイヴェルは【魔狩り】の力を自在に操ることはできない。そもそも使えるかどうかすらわからない。それでもレイヴェルはそれに賭けるしかなかった。
何度も何度も目の前の壁を殴る。鋼鉄のような硬さの壁は殴るレイヴェルの拳の方を痛めた。それでもお構いなしに何度も殴り続け、そして気付けばレイヴェルの拳の皮膚が裂け血が溢れ出した。
「待ってろクロエ。すぐにそっちに行く」
「やめて……レイヴェル。それ以上は……」
溢れ出した血がレイヴェルの拳を真っ赤に染め上げる。遠慮無く殴り過ぎたせいで骨まで折れた。クロエが止めても止まらない。ただ一つ、クロエを助けるというその思いだけで殴り続けた。
「俺は今度こそ……助けてみせる!!」
渾身の一撃。ピシリ、と音を立てて目の前の壁がひび割れる。
ハッと己の手を見てみれば、溢れた血が熱く燃えたぎり蒸発し、レイヴェルの拳へと吸い込まれるように消えていた。
「っ、らぁあああああああああっっ!」
グッと強く拳を握りしめ渾身の力で壁を殴る。
バリンッ、と割れるような音ともに壁を破壊したレイヴェルはそのままクロエに近付く。
「言っただろ。すぐにそっちに行くって」
「レイヴェル……ホントに、バカなんだから」
血だらけになったレイヴェルの手を見てクロエは泣きそうな顔をしながら言う。
「なんでお前が泣きそうな顔してるんだよ」
「ごめん……レイヴェル。ごめんなさい。全部、私のせいだから。私がカイナを解放したからこんなことに……」
全ての原因は自分にあるとクロエは言う。クロエにとってはレイヴェルの手を血に塗れさせたのは己も同然だった。
「俺も同じだよ。俺も怒りに呑まれて……お前のことを裏切った」
レイヴェルが見るのは変わってしまった契約紋の形。それはレイヴェルがカイナと契約してしまった証だった。
「その契約紋は……」
「こんなバカな俺だけど、これからも一緒に居てくれるか?」
「私で……いいの?」
「お前じゃなきゃダメなんだ。というか、俺みたいなのと一緒に居てくれるのなんてクロエくらいだからな」
「私が物好きみたいな言い方しないでよ。でも……私も一緒に居たい」
クロエはレイヴェルに向かって手を伸ばす。その手をレイヴェルが掴み――その瞬間、目も眩むような光が二人のことを包んだ。
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