第187話 クルトの最期
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「あなたとの契約はここで終わりよ、クルト」
「……は?」
あまりに突然告げられた言葉にクルトはその意味を一瞬理解できず呆然とする。
「な、何を言って……」
「あら、理解できなかった? 今、この瞬間を持ってあなたとの契約を打ち切るって言ったの」
それはあまりにも無情な言葉だった。この場で契約を打ち切られると言うのが何を意味するのか。それがわからないほどクルトは馬鹿ではない。
「ふざけるな! ここで契約を切られたら僕は——」
「死ぬでしょうね。間違いなく。でもだから何だって言うの?」
「お前、な、なにを言って……」
背筋が凍り付くような感覚に陥るクルト。
ネヴァンの目を見て気付いてしまったのだ。彼女が嘘でも冗談でもなく、本気で契約を斬ると言っているということに。
冷水を浴びせられたかのように頭が冷える。そしてその代わりに『死』という重苦しい現実がクルトにのしかかる。
「い、嫌だ……」
わなわなと全身が震えはじめる。歯がガチガチと鳴り、毒の影響とはまた違う冷や汗が全身を流れ始める。
「嫌だ、死にたくない! 僕がどうしてこんな所で死ななきゃいけないんだ! 頼む、助けてくれぇ!」
「ちょっと、汚いから近寄らないでくれる」
「あぐぅっ!」
地を這いずりながら近寄ってきたクルトに侮蔑の目を向けるネヴァン。
涙を流しながら助けを求めるクルトをネヴァンは足蹴にして転がす。クルトのことを侮蔑しながら、その目の奥には隠しきれない愉悦の感情が宿っていた。
「死にたくない死にたくない死にたくないぃ!! 僕はこんな所で死ぬわけにはいかないんだ! 死んでいいわけがないんだぁああああっ! 助けてくれ、死にたくない、僕は死にたくないんだぁ!」
「ふふふ」
無様に命乞いをするクルトを見てネヴァンは愉悦混じりの笑みを浮かべる。だが、その目に宿る冷たさだけは変わっていない。
「ねぇどんな気持ち? 今まで殺してきた人たちと同じように、いいえ、それ以上に無様な姿で命乞いをするのは。悔しい? 苦しい? それともそんなことは気にしてられないのかしら。ふふっ、あははっ!! たまらないわぁ、その顔。絶望を感じながら、一抹の希望を抱いたその顔……私に助けてもらえるかもしれないと思ってるのよね? これまでずっと一緒に居たから多少の絆はあるって信じてるのよね?」
ネヴァンの言う通りだった。絶望の中にありながら、クルトは信じていた。いや、希望を抱かずにはいられなかった。壊れかけた自分の心を保つために。だがそんなクルトの最後の希望すらネヴァンは打ち砕いた。
「でもぉ、ダァメェ。あなたはここで死ぬの。私の毒でね」
「ひっ……」
クルトの顔がいよいよ絶望に染まる。そしてネヴァンは、パチンと軽く指を鳴らした。
その次の瞬間だった。
「あっ、がっ、あぁああああああああっ!! うぁああああああああっっ!!」
大きく目を見開いたクルトが血反吐を吐きながら地面をのたうちまわる。その光景を見てネヴァンは心底愉快そうに笑い声をあげた。
『ネヴァン、あなた彼に何をしたの!』
「何って。簡単なことよ。契約を完全に切ったの。そして、私が完全に契約を切ったことで私が抑えていた毒が回り始めたんでしょう。解毒のできない、死に至る毒が」
『なんてことを……あなたの契約者じゃなかったの!』
「そうよ。でもそれが何?」
『な、何って……あなた、契約者のことをなんだと思ってるの!』
「壊れた玩具とか気に入らなくなった服は捨てるでしょ? それと同じよ」
クロエとネヴァンの契約者に対する認識の違い。
クロエにとって契約者とは唯一無二の存在。しかしネヴァンにとってはそうではなかった。使い捨ての玩具。壊れれば、飽きれば捨てればいい。その程度の『物』だった。
「むしろあなた達の代わりに処分してあげたんだから、喜んでほしいくらいだわ」
『あなたねぇ……』
「どうしてあなたが怒るのかがわからないんだけど。どうせ殺すつもりだったんでしょう? だったら私が殺してもあなた達が殺しても一緒でしょ」
ネヴァンの心底理解できないという面持ちでクロエに目を向ける。
「まぁ、あなた達は面白かったわ。期待以上ね。次の契約者はもっと使えそうな子を選ばないとね」
「このまま逃がすと思ってるのか」
『絶対に捕まえるから』
「あら怖い。でぇもぉ、ここは引かせてもらおうかしら。無理やりにでもね」
ネヴァンがパチンと指を鳴らすと、その足元に毒沼が出現する。そしてその沼の中から現れたのはコイルとコンズ。コルヴァの従者だった二人だ。
「な!? どうしてこの二人が!」
「ふふ、いいでしょう。殺した後に毒の力を注ぎ込んで動く人形にしといたの。普通の毒兵よりは強いわよ。ま、時間稼ぎ程度にしかならないでしょうけど。足止めお願いね」
「あ、待て!」
『レイヴェル、来るよ!』
「ちっ!」
ネヴァンの配下と化したコイルとコンズがレイヴェルに襲い掛かる。その動きは毒兵よりも速かった。それどころか、二人が持っていた技を駆使してレイヴェルのことを足止めする。
「このっ」
コイルもコンズもそれほどレイヴェル達と親しかったわけではない。だがそれでもこの数日行動を共にした人達ではある。
多少のやりづらさは否めなかった。
『レイヴェル、躊躇しちゃダメ。あの人達はもう死んでる。あのままでいいわけがない。解放してあげないと』
「……あぁ、そうだな」
覚悟を決めてレイヴェルはコイルとコンズに剣を向ける。
「行くぞ——破剣技!」
『破塵鉄閃!』
すれ違いざまに二人の体を斬るレイヴェル。クロエの破壊の力を纏った一撃。
その前にはどんな防御も意味はなく、斬られたコイルとコンズは塵となって消えていった。
「…………」
『どうしたのレイヴェル、大丈夫?』
「キュウ?」
「いや、大丈夫だ。それよりも早くネヴァンを追いかけよう。まだそう遠くには行ってないはずだ」
『うん。あ、でもちょっと待って』
クロエはそう言うと剣から人へと変化し、もがき苦しむクルトへと近づいた。
「あが、ぎ、ぐぅ……い、いやだ、し、死にたく、ない……」
「…………」
ネヴァンの毒に侵されながら、死を恐れ、涙を流しながらもがくクルトを見てクロエは一瞬目を逸らしそうになる。しかし、それでも堪えてクルトに手を向けた。
「あなたのしたことは許せるようなことじゃないけど、それでもこんな終わり方をしていいとは思わないから」
ネヴァンの毒はすでにクルトの深い所まで回っている。言ってしまえば完全に手遅れの状態だった。
だからこそせめて苦しむことがないようにとクロエはクルトにその手を向けた。
「ごめんね。私にあなたは助けられない」
「あ……」
クロエは自身の力を使ってクルトに止めを刺す。一瞬で絶命したクルトはそのまま《破壊》の力に呑まれて消えていった。
「よし、行こうレイヴェル。早くネヴァンとファーラ達の所に行かないと」
ネヴァンの逃げた方向はファーラ達と同じだった。だからこそクロエはファーラ達が同じ場所に逃げたのだと踏んでいた。
「絶対に逃がさないんだから」
そう告げるクロエの目には確かな怒りが宿っていた。
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