第三話 大丈夫? カルマ溜まってない?
大学の教室。
その端に俺は座っていた。
今日ある講義は全て終わり、後は帰るだけなのだが……。
「はぁ……」
問題は、山田さんだ。
彼女は、一瞬で俺の住所を特定し、おそらく合い鍵まで作成している。
引っ越そうか悩んでいるのだが、相当うまくやらないとすぐに新しい住所もバレてしまうだろう。
正直、講義中も授業に全く集中できなかった。
今も、山田さんがどこかから俺を監視しているんじゃないかと必要以上に辺りを気にしてしまう。
「田中くん。ため息なんかついてどうしたの?」
「ん……? ああ、佐藤さんか。いや、ちょっと個人的な悩み事があってね」
「大丈夫? 最近サークルにも顔を出さないし。悩み事なら相談に乗るよ?」
「ん、ありがとう」
俺に声をかけてきたのは、佐藤恵さん。
俺と同じ大学一年生で、俺みたいな冴えない根暗にも積極的に話しかけてくれるいい人だ。
偶然同じ講義で隣の席になったのがきっかけで友達になった。
「でも、本当に個人的な事だから、佐藤さんに話すのは気が引けるな」
「何言ってるの? 私と田中くんの仲じゃん。ほら、どんと来なさい」
胸を張る佐藤さん。
彼女は本当にやさしくて、友達も多い。それもこういうおおらかで話していて安心できる人柄ゆえだろう。
ただ、そうやって体を張られると、女性的な部分が強調されて目の置き所に困ってしまう。
でも、彼女に話すのはいいかもしれない。女性の意見で解決策を見つけてくれるかもしれないし。
「そうだな。実は、俺好きな子に告白したんだ」
「……へぇ~。田中くん好きな子いたんだぁ~。で? なに? その子に振られて悲しいとか?」
「いや……告白自体はOKしてもらえて、連絡先も交換してもらえたんだけど。ちょっとその子が俺の思っていたより特徴的な子でさ――」
そして、山田さんの事を説明する。
佐藤さんは、俺の話を真剣に聞いてくれた。
「ん~つまり、そのメンヘラ気質な女の子の束縛が異常に厳しいから何とかしたい。そういうこと?」
「まぁ、そうかな。多分、根はやさしい子だと思うんだけどね……。ちょっと愛情表現が特徴的というか、癖があるというか」
「田中くんって、やっぱ優しいよね」
「え?」
予想外の言葉が来たので、驚いて変な声が出てしまった。
「その女の子のこと、本当はやさしいって言えることだよ。だって、普通そんなことされたら、すぐ警察に通報するし、私だったら嫌いになってるよ。でも、田中くんは、その子がまだ高校生だから、将来のことも心配して大事にしないようにしてるんでしょ? 本当にやさしい人だと思う」
通報しないのは、山田さんに何をされるかわからないからなのだが……。
どうやら、佐藤さんはそれを勘違いして、俺がやさしい人だと思ってくれているようだ。
「田中くんはいつもそうだよね。周りの人にやさしくて、他人のために行動しちゃう。それで、結果的に自分が不幸なことになるとしても」
「いや、それは買いかぶりすぎって言うか……。ちょっと俺のこと勘違いしてるよ佐藤さん。俺はそんなこと言われるほどで来た人間じゃないし」
「やさしい人はみんなそう言うんだよ。あの時もそうだったし……」
あの時、というのは多分入学したばかりの時のことだろうな。
初めて佐藤さんと話した日。ちょっとひと悶着あったのだけれど、別に何か特別なことをしたわけでもない。ただ、その日以来、俺と佐藤さんは友達になったというだけだ。
「でも、そういうことなら、田中くんを助けられるかもしれない」
佐藤さんは、カバンから何かを取り出し、俺に差し出してきた。
俺はそれを受け取る。
「これは……お守り?」
佐藤さんが渡してきたものは、神社に行けば買えるよくあるお守りのようなものだった。
「実はね。田中くんが人より優しいのに不幸な目に合うのは、理由があるの……」
理由? どういうことだ?
神妙な面持ちで、語り始める佐藤さんの話に耳を傾ける。
佐藤さんは、こんな俺の悩みにも真剣に答えてくれる聖母のような人だ。
そんな佐藤さんが言う事なら、きっと真実に違いない。
「田中くんは、普通の人より身に宿すカルマが多いの。だから人より不幸な目に遭いやすい。あっ、人より多いって言っても、田中くん自身が何か悪いことしたからとかじゃなくて、この身に宿すカルマは前世の行いによって決まってしまうこの世の誰もが持っているモノなの。これを軽減するには、救済者のアヴァターラである私、つまり佐藤恵と一緒にいることでしか、前世の罪は浄化されない。このスヤマンタカには、私の全力の神通力が籠められているの。これを肌身離さず持ってさえいれば、あなたの中のカルマを打ち消して、幸せな気を体に充填してくれるはずよ。そうしたらきっとその女の子とも別れることができるわ。本来なら非常に高価な代物だけど、田中くんにだけ特別に無料であげる」
なるほど! つまり俺には人より多いカルマが流れていて、それを解消するには、救済者のアヴァターラたる佐藤さんの神通力が籠められたスヤマンタカを肌身離さず持つ必要があるって事か!
何だかよくわからんが佐藤さんありがとう!
「へ、へぇ~そうなんだ。ありがとうね佐藤さん。それじゃ俺はここらへんで……」
「あっ! ちゃんと肌身離さず持っていてね! もし手放したりしたら、神通力が反転して田中くんの体の中で爆発するからね!」
怖っ! なんだそのバイオレンスな設定。
俺はそそくさとその場を立ち去り、教室から逃げ出した。
まさか、佐藤さんがよくわからん宗教に傾倒してるだなんて。
人は見かけによらないとつい最近実感したばかりだが、改めて思い知った。
でも、このスヤマンタカどうしようか?
てかスヤマンタカってなんだよ。
彼女自身には、悪気はないんだろうし、とりあえず持っとくだけ持っとくか……。