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第8話

 楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまうものである。

 時刻は20時を回り、夕食会もぼちぼちお開きだ。

 こんな時間に子供だけで帰すのも、ということで、婆様の車で二人を送っていくことになった。

「車回してくるよ」

 そう言って、婆様は席を立った。


「そういや、雪音も家はこの辺り? 中学の頃はもっと街の方に住んでただろ」

「水森に通うために越してきたのよ、ほら学校の近くにアパートあるでしょ、あそこ」

「えっ、もしかして『すすき荘』ですか? 私もあそこで一人暮らししてるんですよ!」

「あら明里も?」

 露骨に嬉しそうな声色の雪音。この夕食で二人はずいぶんと仲良くなったみたいだ。

「はい! 学校近いし、名前の割にすごい綺麗ですし、気に入ってます!」

 綿貫さんは……、ちょっと、言葉に気をつけた方がいいな!


 玄関先には黄色の軽バンが停まっている。婆様の愛車だ。

「さ、行こうか。ハチロクも付き合いな」

「うっす。雪音もいることだし、車の中で今日の完全再現ライブしようぜ」

「それいいですね!」

「うん、やめて」



 八録と明里が車の中でThrTHの楽曲を熱唱している頃、雪音と同じThrTHメンバーである夕菜と奏もライブの打ち上げを終え、車で帰途についていた。

「すみません貴子さん、送ってもらっちゃって」

 助手席に座る夕菜は、少し申し訳なさそうに言う。

「いいのよ」

 彼女たちのマネージャーである貴子にとって、この程度のことは当たり前で、なんでもないことだった。

「……それにしても雪音さん、どうしたのでしょうか」

「ねー。今日はキレキレだったから、その理由を打ち上げで聞こうと思ったのにさ」

「途中でいなくなってしまいましたね……」

 夕菜と奏が話しているのは、ここにいない雪音のことだ。

「貴子さんは何か聞いてないんですか?」

「用事があるってことだったわ」

 貴子は事由を雪音から聞いていた。

 なんでも明日、おばあちゃんとおじいちゃんが来るので、部屋を掃除しないといけないらしい。そう述べる雪音の目はものすごい泳いでいたが、貴子は大人なので、あえて深く突っ込まなかった。

「えー、せっかくの打ち上げなのに」

「……まあ、用事があるなら、仕方がありませんよ」

 不貞腐れる夕菜を奏がなだめる。

「……てゆーかさあ、なんか最近、雪音ヘンじゃない?」

「ヘン、ですか」

 夕菜は拗ねた表情を一転させ、ニヤリと笑った。

「そう! 絶対なんかある!」

「というと?」

「ほら、最近雪音が買ってきてくれた、やたらうまいパンあったでしょ、あれ! 食べてる時の表情に美味しさ以上の何か感じたもん!」

「はあ……」

「貴子さんもそう思いますよね!」

 確かに、雪音が最近妙にそわそわしているのを貴子も感じていたし、ライブ前日に次のシングルについて話し始めたときは、この子マジ大丈夫か、とも思った。

 それでも、今日のライブは最高の出来だった。だから雪音の変化について、貴子はあまり深刻に考えていなかった。

「はいはい、もう家着くわよ」

「絶対なんかあるってー」


ーーでもまあ、そのパンを売っているお店を訪ねてみる必要はあるわね。


 今は違うとしても、将来的に何か雪音に悪い影響を与える可能性がゼロとは言い切れない。貴子には、彼女たちを常に最高のコンディションに導く、マネージャーとしての義務があるのだ。


ーーパン、すごい美味しかったし。

 そっちが本音だった。

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