第6話
今日、ThrTHがライブをする会場は、市内中心部にあるコンサートホール『みずもりホール』だ。キャパシティは5500人。この田舎には似つかわしくないレベルで大きい会場である。さらに数年前にできたばかりなので非常に綺麗。しかも駅近。
「やっぱすごい人ですね……」
ホール前の芝生広場は人でごった返している。
「やっぱ人気なんだな。並ぶだろうし、早めに受付行っとこうか」
「で、ですね」
チケットを握りしめて頷く綿貫さん。チケットは折らないでください。
「ここ、最前列の可動席じゃないですか! すごい! 近い!」
俺たちの座席はステージの最前列。なんか申し訳ないぐらい良い席だ。
「いやあ、ありがてえ。こんな良い席取ってもらえるとは」
「コネの力ですね!」
言い方!
しばらくすると、会場の照明が落ちた。
「きた……」
綿貫さんがそう囁くと、タイトでノリのいいギターリフ・イントロが流れ始める。
ワンフレーズ繰り返されるごとに、パーライトの光が一本、二本と増え、三筋の光がステージに立つ三人へと注がれる。
そして、声。
「『トレース』!!」
雪音の声が会場を貫くと同時に、幾つもの照明が灯り、重なり、ステージを照らす。観客のボルテージは一気に最高潮まで高まり、歓声は会場を揺らした。
遂にライブが始まったのだ。
俺は雪音を見ていた。
花のような笑顔で歌い、踊るその姿は、本当に輝いていると思った。やはり、俺の知っている雪音とは少し違う。
初めて見る、彼女の強い美しさに、俺は……。
雪音はかつてないほどに気を張っていた。
今までのアイドルとしての仕事の中で、「張り切る」とか「気負う」といった感情を持つことはなかった。
やるべきことをしっかりやっていれば、自然と結果はついてくると雪音は信じていたし、実際今まで、やった分だけ結果はちゃんと出ていたからだ。
しかし、雪音の幼馴染である八録だけは、どうもそうならない。
わざわざ超人気アイドルにまでなってやったというのに、彼は雪音に対し、まるで親戚のおばさんみたいなぬるい温度感である。
けれど、それも今日まで。
ステージの上で輝く自分を見れば、きっと考えを改めるはず! 私を意識せざるを得なくなるはず! そう雪音は思っていた。
ーーだから絶対に外せない! 今日だけは!
かつてないほどに自分のパフォーマンスが高まっているのを、雪音は感じていた。
身体は羽がついたように軽かった。発する声は星まで届くような気がした。
一度ステージに上がったのなら、アイドルは皆のために歌わなくてはならない。
それでも、瞳は最前列の彼を探さずにはいられなかった。きっと自分の声が、姿が、彼の心に響いているから、と。
そして雪音の眼は、彼を捉えた。
ーーえっ、なんであいつ泣いてんの?
そこには、卒業式で我が子の答辞を聴く母親のように、静かに涙ぐむ八録の姿があった。
雪音の想いは八録の心に響いていた、変な方向に。