第5話
「えーっと、給与振り込む口座も書いてもらったし……、あ、保険証は返すわ」
パン屋の事務所、俺は綿貫さんと打ち合わせをしていた。
「あとは、制服か。新品がいくつかあったから、適当に合いそうなやつ着て。で、サイズ合わなかったら教えて頂戴」
この店、婆様と俺しかいないのに、なんで新品の制服をストックしていたのだろうか。
「服はどこで着替えれば……」
「あーっと、トイレ横の物置、あそこを片付けて女子更衣室ってことにしたから。狭くて申し訳ないけど」
「いえいえ」
「せっかくだし、一度着てみたらどうだい」
婆様も顔を出す。
「は、はい」
思えば、女子の制服を見るのは初めてかもしれない。婆様は常に調理服だし。
しばらくして、着替えを終えた綿貫さんが姿を見せた。
「いいじゃないか」
ウンウンと頷く婆様。確かによく似合っている。
「にしても、うちの制服、意外とキュートな感じなんすね」
なんかフリフリついてるし。
「すごく可愛いです!」
「知り合いのデザイナーの意匠でね、そいつの趣味さ」
「こりゃあ、婆様じゃしんどいっすね」
「しばかれたいのかい?」
しばいてから言わないでほしい。
本格的に働いてもらうのは来週からということになった。
「じゃあ、月曜までにシフト表埋めて持ってきて。ま、無理ない範囲で出てくれればいいから」
「わかりました! 明日持ってきますね」
「あー、明日は店閉めちゃうからなあ」
「土曜日ってお休みなんですか?」
「ふふふ、臨時休業だよ。あのThrTHのライブに行くのさ」
そう言って、婆様はチケットを綿貫さんに見せびらかす。なんでこの人そんなノリノリなんだ。
「ThrTHって、あのThrTHですか!? 今、ライブのチケット全然取れないのに!」
予想以上の食いつき。綿貫さん、ファンなのだろうか。
「ハチロクの幼馴染がメンバーなんだと」
「ええっ! すごい!」
「まあ、すごいのは雪音なんだけど……」
「雪音って、あの雪音ちゃん!? あっ、今は水森の生徒だから雪音先輩!? わー!」
「お、おう」
興奮しているのか口数が多い。絶対ファンじゃん。
「はー……」
婆様の持っているチケットを凝視する綿貫さん。
「露骨に行きたそうだね……」
「あっ、いえ、違うんです! すみません!」
「……ほれ、代わりにハチロクと行ってきな、入社祝いだ」
婆様はそう言うと、綿貫さんにチケットを手渡した。入社て。
「い、いいんですか!」
「私のミーハー心はとりあえず抑えておくさ」
「ありがとうございます!」
綿貫さんは深々と一礼した後、「うわー」とか言いながら貰ったチケットを見つめていた。嬉しそうで何よりである。
……ミーハー心ってなんだよ。