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第30話

「けっこー遊んだわね」

 雪音は夕日を向いて、伸びを一つ。

「そろそろ帰るか」

 電車の時間が近い。

「……うん」

 顔はそむけて、目だけちらちらとこちらをみてくる。もうちょっと遊びたい感満載だ。

「……雪……ちゃんはこの後どうやって帰る?」

「貴子さんの車に乗って帰るけど……」

「俺も乗っけてくんね?」

 我ながら図々しいお願い!

「……あっ! そうね! お願いしてみる!」

 雪音はせかせかと携帯を取り出し、電話をかけた。

「……貴子さん? その、車って五人乗りよね?」

 他のメンバーも乗るのか……、高橋に知られたら激怒されそう。

「いい? ありがとう貴子さん! うん、じゃあ連れてくから」

 雪音は通話を切ると、こちらを向いた。満面の笑み!

「オッケーだって!」

「おー、ありがとう」

「貴子さん、用済ませて、みんな乗せてからこっち来るみたいだから……」

 なんかもじもじしている。

「それまでどうする?」

「乗りたいものあるのよ! 夕暮れの空にぴったりのやつ!」

「観覧車?」

「そう! 珍しくまっとうじゃない!」

 俺の手を取り、楽しそうに歩き出す雪音。

 珍しく……。


 俺たち以外のお客さんはいないらしい。係員に促され、ゴンドラの中に入る。

「何年振りかなあ」

「私も久しぶりね」

 そう言って、雪音は俺の隣に座った(「狭くない?」とか言ったら無視された)。

 がこんがこんと、ゴンドラが空を登る。沈む夕日が窓に映る。

「静かね」

「うん」

 観覧車が動く音と、雪音の「これはいけるのでは……」とか「いや、まだ時期尚早……」とかいうつぶやき以外は何も耳に届かない。

「ハチロクは……、先のことって考えてる?」

「先?」

「その、こうなりたいとか、これをしたいとか、こういう人といたいとか……」

 将来の話か。考えたこともなかった。

「どうなるんだろうな……」

「どうなるって、自分はどうなりたいのよ」

「俺、パン以外何もないもんなあ」

 選択肢がたくさんあるようには思えない。

「そんなことないわよ」

「そう?」

「そーよ」

 雪音はあきれたように笑う。

「じゃ、雪音は?」

「うーん、わかんないわね!」

「超トップアイドルになるとか」

「それも楽しそうだけど、なんか違う気がする」

「意外だ」

 なにがなんでもアイドルというわけじゃないらしい。

「だって、これから何にでもなれるじゃない。そう思うと、迷っちゃって迷っちゃって!」

 雪音のその、太陽のように輝く瞳には、いくつの道が見えているのだろうか。

「絶対に()()()()()()()()なんて、一つくらいしかないわ」

 囁くようにそう言って、俺の顔を覗き込む。恥ずかしいんですけど。

「雪音はやっぱすげえなあ」

「ハチロクだって同じよ」

「……同じ?」

「パンを極めたり、好きな音楽で世界に挑んでみたり。それに大学行って違う勉強をしたっていい。ほら、同じじゃない!」


 ――ああ、そうだ。

 俺はようやく、自分の胸の内にくすぶっていた()()に気づいた。

 公園で死にそうになっているところを婆様に拾われて。パン作って。今はなんだかんだでとても幸せに暮らしているけれど、俺はもうそれで終わりなのだと、心のどこかでそう思っていたのだ。

 婆様とパンを作るのはずっと続けていきたい。でも、それ以外をしたっていいのだと、雪音が教えてくれた。


「でしょ……、って、えっ、泣いてる?」

 なんだか、急にこみあげてきてしまった。いわゆるガチ泣きね。

「わ、私、泣くほどいい話したつもりないわよ! ど、どうしたのよ! 大丈夫!?」

 ひとたび決壊すると止まらないもので、俺は雪音に背中をさすられながら、一周が終わるまで泣き続けてしまうのだった。自分でもびっくり!



 銀色のSUVが夜の高速道路を走る。ThrTHマネージャー、杉谷 貴子の愛車だ。

 後部座席ではThrTHメンバー三人が仲良く身を寄せ合って寝息を立てている。

「杉谷さん、運転上手いっすね」

 助手席に座るのは八録である。

「子供に褒められてもうれしくないわよ」

 生意気を言う八録が妙にほほえましくて、貴子は思わず笑みをこぼす。

「寝ててもいいのよ?」

「こういう時は起きてろと教えられたもので」

「店長さんの教えかしら?」

「はい」

「意外と気を使うタイプなのね」

「そりゃあもう」

 肯定する声の調子はなぜかどこまでも平坦で、やっぱ変な子だなと貴子は思う。

「……で、なんかあったの?」

 そんな変な子の目が、暗がりでもわかるくらい真っ赤なのだから、気になってしまうのも仕方がない。

「ちょっと感動的なことがありまして」

「雪音が原因?」

「……すごいですよ雪音は」

「そうね。で、そのすごい雪音がなんでアイドルになったか知ってる?」

「いや……」

「面接で雪音、『認めさせたいヤツがいるから』って言ったのよ」

「認めさせたいヤツ……」

 八録はピンと来ていないようだが、それに気づく日が来るだろうと、貴子は確信していた。



 ――なんで、私の恥ずかしいエピソードがばらされているんだろう。

 途中から雪音は起きていた。

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