第3話
「いやー、雪音ちゃん可愛いわ。アイドルってやっぱ雰囲気違うよなあ」
「そういうもんなん?」
昼時にもかかわらず閑古鳥が鳴いている我が購買部に、俺と高橋の話し声が虚しく響く。今日は食堂の半額キャンペーンの日だから仕方がないのだ。
高橋も食堂で昼食を済ませたらしい。教室戻れよ。
「勉強の方もバッチリ。忙しいだろうに、すごいよな」
やるべきことはやる。雪音は昔からそういうやつだった。
高橋も去り、いよいよ人のいなくなった購買部。
「これはちょっと考えたほうがいいな……」
ぶっちゃけ食堂のキャンペーンがなくても集客で負けている。やはり何か人気商品がないと……。
「あのー」
気付けば、レジ前に女子生徒が立っていた。なんかモジモジしている。商品を持っていないので、会計というわけではないらしい。
「えーっと、どういったご用件でしょうか?」
「こ、ここのパンって、どこで焼いてるのでしょうか!? 工場で作ってるわけじゃないですよね!?」
急に声が大きくなる。緊張するとそうなりがちだよな。
「パンは全部うちの店で焼いてるやつです」
「『うち』というと?」
「あー、柏公園の近くにあるパン屋なんだけど……」
「柏公園なら……、いける!」
彼女はしばらく思案したそぶり見せた後、決意したように言った。
「私を雇ってもらえませんか!?」
「ということがありまして。一度、店に来てもらったらどうかなと」
店に戻り、婆様に購買で会った女子生徒について話した。
「いいんじゃない、一回面接して、よほど変なやつじゃなきゃオッケーさ」
かるーい返答。
「じゃあ今から面接ってことで」
「ずいぶん急だね……」
いや、さっきから店の窓越しに見えてんのよ、なんかうろちょろしている人が。
事務所の机に向かい合って婆様と勤務希望の女子生徒が座っている。
俺は部屋の隅の方に立つ。せっかくだから立ち会わせてもらうことにしたのだ。同僚になるかもだし。
「さて、面接ってことで、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします! 」
「よし、採用!」
「え、ええっ! まだ名前も言ってないですよ!」
驚いている。そりゃそうだ。
「じゃあ、嬢ちゃんの名前はなんだい?」
「綿貫 明里です! 水森高等学校1年、綿貫 明里です!」
「よし明里、あんたは今からうちの店員だ。 細かいところはそっちの坊主と詰めておくれ」
婆様はそう言うと店に戻ってしまった。丸投げかよ。
綿貫さんは購買のパンの美味しさに感動して、うちで働きたいと思ったらしい。
「あんな美味しいパン初めてでした……。一夜にしてパンの城が築かれた! みたいな衝撃だったんです!」
「いやー、照れるなあ」
作ったものを褒められるというのやっぱり嬉しい。例えは全然ピンとこなかったけど。
「だから、ここで働けるのはすごく嬉しいです」
そう言って、綿貫さんは笑った。